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第683話

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まるで服を突き破って、痛む心臓を鷲掴みにするかのように彼は手に力を入れていた。そして呼吸がどんどん荒くなっていった。

その姿は、誰が見ても不治の病に侵されていると疑うほどだった。

あの傲慢で何事にも動じなかった静真が、いつからこんなに苦しそうな顔を見せるようになったのだろう。これでは、誰にでも簡単につけこまれてしまう。

静真は、たとえ痛みで死んだ方がましだとしても、決して他人に弱みを見せるような男ではなかった。相手に敵意がなくとも、自分の苦しみを見て同情されることだけは、彼には耐えられなかったのだ。

それなのに今は、これほどまでにあからさまに弱っている。それは静真にとって、最も許せないことだった。

感情を抑えようとしたのだろう。しかし、あまりにも感情の波が激しすぎて、必死に抑え込んでも、もう隠しきれなくなっていた。

むしろ、溢れ出してしまっている。

そんな親友の姿を見て、一樹はもう面白がっている場合ではないと悟った。真剣な表情で問いかける。「どうしたんだ?落ち着けよな」

静真が顔を上げた。その瞳には激しい痛みと戸惑いが浮かんでいる。彼は、絞り出すような苦しげな声で言った。「俺、心臓の病気になったのかもしれない」

「なんだって?」一樹は呆然とした。

「じゃなきゃ、なんでこんなに痛いんだ?」静真は、さらに強く服を握りしめた。

一樹は彼の手を掴もうとしたが、その手は空中で止まった。

静真がそう言った次の瞬間、なんと彼の目尻から涙がこぼれ落ちた。自分が重い病気かもしれないと疑っている時でさえ、静真は無関心な態度を崩さなかったはずだ。なのに、まさか……泣いているのか?

一樹は、その場で固まってしまった。

そんなに痛いのか?

静真が尋ねる。「なんでこんなことに……」

一樹は数秒黙り込んだ後、低い声で言った。「いつまで自分に嘘をつけ続けるつもりなんだ?

これは心臓の病気なんかじゃない。わかるか?

これは、好きっていう感情だ。

いや、もっと重症かもしれない。

もはや、愛している以外ないだろう」

静真の顔色が、みるみるうちに変わった。その瞳はまるで嵐のように激しく揺れている。ついに彼の心の壁が崩壊した。ほとんど絶叫に近い声で叫ぶ。「一樹、お前何をほざいているんだ?よくもそんなバカげたことを!俺が、月子を愛してるだと?お前は本気で言ってるのか?
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