Masuk「ん、む……夢、か。久し振りに昔の夢をみたな。ん、んん……!」
ソロはベッドの中で目を覚ますと、のそのそと動き出して思いきり身体を伸ばした。昨日はジャンヌ達とレガリアへ向かうルートの相談をした後、自室に戻って寝てしまったのだが、かつての夢を見たのはそのせいだろう。ソロにとって、5年前のことはまだ何一つ終わっていないことなのだ。
(結局、あの直後にバーン陛下が身まかられたことで、俺達に対する追手は弱まり、なんとか国外へ脱出することは出来た。しかし、あの一年後にはイェルダ様が皇帝に……噂で聞く限りでは、段々とエンデュミオンの内情が酷い物になりつつあるらしいし、急いでいてジャンヌに詳しく話さなかったのは正解だったかもしれないな)
着替えをする動きがいつもより鈍いのは、夢見が悪かったからだろうか。ソロはあの時の事を片時も忘れたことはないが、だからこそ、今の状況でエンデュミオンに立ち入ることはしたくなかった。ジャンヌに相談する形を取ったのは、あくまでポーズである。未だ対抗手段の見つからないイェルダ皇女と出会うリスクは、絶対に避けねばならないこ
それから数年の時が経ち……アクシア公爵領にある。古い教会兼産院は、孤児院としても機能していた。そこでは藍色の髪を揺らした若い女性が、エプロンを纏って子供達を学校へ送り出そうとしている。「皆ー!手洗いとうがい忘れんじゃないわよー?」「はーい!ねぇ、ジャンヌせんせー、きょうのばんごはんなにー?」 「それは帰って来てからのお楽しみっ!ほら、さっさと行ってらっしゃい!道草食って遅刻したら、お仕置きだからねっ!」「はーい!」 まだ十歳にも満たない子供達だが、彼らは元気よく声を上げて学校へ向かう。かつては廃領となり、人がいなくなってしまったアクシア公爵領も、領主であるアクシア家が復活した事で、少しずつ人が戻り始めているのだ。今はまだ小さな集落があるだけだが、ゆくゆくは元の領地と同じ活気を取り戻せることだろう。「……さて、ソロとジーナが来るのは午後からだから、それまでお母さんの手伝いでもしてこようかな。あ、洗濯も終わらせないとかないとね!」 運命すら改変する力を持ったカタストロフは、失われた命さえも復活させることが出来た。そもそも、この|星《せかい》で命を落とした者達の魂は、封印されていたにも関わらずカタストロフの中に取り込まれていたからだ。それは、かつてはモンスターを永続的に生み出すダンジョンコアとしての機能であったらしい。 ジャンヌはカタストロフの中でそれを知り、エルドレッドを除く人々を蘇らせた。中には復活を拒む者達もいたので、全てという訳ではないが、ほとんど全ての人々が戻ったと言っていいだろう。そして、再びカタストロフは封印され、今は地の底で眠りについている。今度の封印は、パルテレミー家ではなく、ハバキリとムラクモを使ったものだ。その二振りが破壊されない限り、封印が解ける事はない。永遠を生きる彼らだが、新しい役割を与えられたことで満足しているらしい。ハバキリもムラクモも、もう創星者を待つだけの存在ではなくなったのだ。 ジャンヌは復活した母を手伝い、アクシア領の復興を目指しながら、現在はMIRAを辞め、親を失った子供達を
「ジャンヌッ!」 ソロがジャンヌの名を叫び呼ぶが、ジャンヌは動かない。エルドレッドとジャンヌは、肩口から胸を通り、腹までを互いに切り裂かれていたが、不死身であるエルドレッドの方に軍配が上がったらしい。ジャンヌの超再生回復能力をもってしても、そのダメージはゼロには出来ないのだ。「っく、ククク……ハハハッ!やった、勝ったぞ、この僕が!ムラクモよ、誇るがいい!君が選んだ僕こそが、創星者に導かれし究極の超越者となったのだ!」「そんな……ジャンヌが……」 ソロはジャンヌの元へ駆け寄りたかったが、ジーナに撃ち抜かれた傷が癒えていない今、動く事はできなかった。それ以前に、意識を失っているジーナを手放す訳にもいかず、ソロはただジャンヌの名を呼び続ける事しかできそうにない。 少しの間、しゃがみ込んでいたエルドレッドは、おもむろに立ち上がるとジャンヌの元へ歩き始めた。トドメを刺すつもりかとソロは緊張したが、意外にも、エルドレッドはジャンヌの手からハバキリを拾い上げて叫ぶ。「さぁ、この僕の元で一つになるがいい。天のハバキリと地のムラクモよ……お前達が雌雄を決した今、真の姿に戻るのだ!」「一つに……?一体、何をする気だ」 ——ああ、ジャンヌ。ごめんなさい、私があなたを見出したばかりに……せめて、生きて、生き延び、て…… ハバキリの声がかすれていくと同時に、ムラクモとハバキリはエルドレッドの魔力を受けて、強烈な光を放ち始めた。そして、その輝く二振りの刀を、エルドレッドは一つに重ね合わせていく。やがて光が消えると、ハバキリとムラクモは全く別の、一本の刀へと変化していた。「|神《・》|剣《・》|ク《・》|サ《・》|ナ《・》|ギ《・》……!これが、ハバキリとムラクモが一つになった、本当の姿だ!これを持つ者こそ、創星者が求めた戦士の証……ククク、遂に僕は、この|星《
「ジーナ!ソロッ!」 ジャンヌは二人を闇が包むと同時に傍へ駆け寄りしゃがみ込んだ。外から見えているのはソロとジーナの顔だけだが、ジーナの方は意識を失っているものの、表情は安らかだ。ひとまず心配はいらなさそうだが、問題はソロの方である。彼は何度も、ジーナの攻撃を受けていたはずだ。心配そうな顔をしたジャンヌに、ソロは苦笑いを返している。「俺の傷なら大丈夫だ。このくらい、じっとしていれば魔法で治療できる。それと、ジーナの胸にあった宝石が砕けたようだ。これが彼女を操っていたんだろう、もう心配ないさ」「……そ。なら良かったわ。それにしても、どうしてあそこで私の名前を出すのよ。そこはあんたの名前だけでいいでしょ?女心が解ってないのね、ソロは。そんなだからイェルダ陛下とも拗れたんだからね」「冗談じゃない。あれは勝手に言い寄られただけで、俺に落ち度などあるものか。……まぁ、女心を理解しているかは自信がないが」 ソロはそういうと苦虫を嚙み潰したような顔で、眠っているジーナの顔を見た。まだ若干十三歳という子供だからと思い、ソロは彼女の気持ちを理解しようとしていなかったのは事実だ。だが、子供であっても、いや、無垢な子供だからこそ純粋な気持ちで人を好きになる事もあるだろう。流石に子供相手に付き合おうとは思わないが、彼女の気持ちを蔑ろにせず、正しく大人として向き合う事は出来るはずだ。むしろ、そうせねばならない。それは、彼女の傍にいる人間として、大切なことなのだから。 一瞬の間が空いて、ソロはジャンヌに視線を戻し、しっかりとした目で言った。「ヤツはまだ何かを隠している……気を付けろよ、ジャンヌ」「誰に言ってるの、心配いらないわよ。そっちこそ、ジーナを頼んだわよ」 ジャンヌはそう答えて、ソロの目を見返した。互いの視線が絡み、それ以上の言葉はなくとも十分に思いは伝わった。後は、エルドレッドを倒すだけだ。そうして見つめ合った後、ジャンヌは決意を秘めて立ち上がり、エルドレッドを睨んだ。すると、それまで黙って様子を見ていたエルドレッドの身体が震え出し、大声で笑った。「ぷっ、ククク……アハハハハッ!面白い、実に面白い見世物だったよ!これがくだ
ダンジョンの最奥へとひた走るジャンヌとソロ。二人はお互いに黙ったまま、ただ、前だけを見て走っている。先程のライナスの様子から、彼が敵を引き付けようと囮になったのは明らかだ。本来であれば一緒に戦ってやりたかったのだが、それこそがエルドレッドの目論見だと思うと、それに乗る訳にはいかなかった。「…………っ!今の、何の音?」「爆発音……ライナスか?無事でいてくれればいいが」 一瞬、足を止めるほどの轟音と地響きがして、二人はライナスの身に何かが起きたことを察した。しかし、今更戻って確認する訳にもいかないだろう。今はただ、彼が無事に追い付いてくるのを祈るばかりだ。ライナスとはさほど長い付き合いではなかったが、一緒に行動してみれば、そう悪い人間ではなかったと思える。シーザーのような気安さはなくとも、彼は黙って気遣いをするタイプだ。ソロはほとんど一緒に行動していないが、数日見ていただけでも、彼が根っからの悪人でない事は解った。出来れば、シーザーのようにはなって欲しくないというのが、ソロとジャンヌの共通する思いである。 少しの間立ち止まった後、二人は後ろ髪を引かれる思いで再び進み始めた。これ以上、仲間の命を失う訳にはいかない。この先で、ジーナが二人の助けを待っているのだ。その想いが、二人を先へを歩ませたようだった。 それから程なくして、ジャンヌ達は大きな広い空間に辿り着いた。広さとしては、一般的な運動場くらいはありそうだ。高さも十分にあって、ここが最奥と見て間違いないだろう。ちなみに、このベヘモトの大顎の中は、ある程度地下に入ると、それなりに内部が明るくなっていた。光源らしい光源は見当たらないので、どうやら洞窟自体が発光しているらしい。だいたい、曇天の夕方くらいの明るさである。 その広い空間の一番奥には、遠くからでもはっきりと解る大きな扉がそびえ立っていた。あれは一体、なんなのだろう。だが、その疑問は、扉の前に立つ人物の姿で消え去った。「エルドレッドッ!ジーナはどこ!?あの子は返してもらうわ!」「来たか、ジャンヌ・パルテレミー。それに、バーソロミュー・サマーヘイズか。君達がここへ来た、ということは、グレッグは敗れたようだね。しかし、この場所で戦う彼を
「はああああっ!」 ライナスが裂帛の気合を込め、強く一歩を踏み出す。地面に小さな亀裂が走るほどの踏み込みは強烈な加速へと転化し、あっという間にグレッグの懐へと潜り込んだ。そして、右手に握った剣で、グレッグの胴へと斬り込んだ。「むぅっ!?」 強烈な斬撃が、グレッグの鎧に触れた瞬間、グレッグは大きく開いた手を下ろしてライナスの肩を掴もうとした。 (なんだ!?この感覚……マズいっ!) 既に加護を発動させていたライナスは、彼の身体が見せた異様な筋肉の動きと、その行動の先が読めない事に恐怖を感じ、攻撃の手を途中で止めて咄嗟にそこから離れた。そのせいで、傷がついたのは鎧の表面だけだ。きっちりと攻撃を叩き込んでいれば、鎧を抜けただろうが、その時にはあの異常な何かにやられていただろう。ライナスの頬に冷たい汗が落ちていく。 グレッグは舌打ちをして、ライナスの顔を睨みつけている。「小僧、よく躱したな。今の攻防、普通であれば何も感じずに終わりだったはずだが……これが勝負勘というものか?」「さぁ、な……いや、な予感がした……だけだ」 ライナスの先見は、発動するとまるでレントゲンやCTスキャンをしたかのように相手の鎧や服を透過し、筋肉の動きを視られるのだが、それで視た今のグレッグの動きはかなり奇妙だった。ライナスの肩をただ掴むだけのような動作だったというのに、わずかに|全《・》|身《・》|が《・》|沈《・》|ん《・》|だ《・》|よ《・》|う《・》|に《・》|見《・》|え《・》|た《・》のだ。それが何を意味しているのか、ライナスにはまだその答えが解らない。すると今度は、グレッグが動き出す。「ふん。今のを単なる運の良さで済ますのは愚か者のすることよな。小僧、貴様は我が力の本質を見抜いていると考えるべきだろう。ならば、手の内を隠す必要もない……!」「な、に……?っ!?」 グレッグはそう言い放つと、両手をダランと下げて構えを解いた。その直後、グレッグの身長がどんどんと縮んでいく。「背、が……いや、違うっ!身体が、沈んで……!?」「フハハハハッ!その目でとくと見ろ!そして味わうがいい、我が加護『|岩間《ガンマ》』の恐ろしさを!」 グレッグの巨体が縮んだように見えたのは間違いであった。グレッグの両足が、まるで水に沈んでいくように音もなく地面の中へと入っていくのだ。
ベヘモトの大顎……それは、パルテレミー領の北部に位置する巨大な地下洞窟を指す言葉である。 モンスター達が跋扈していた500年前には既に、その遥か昔からこの|星《せかい》の全てのダンジョンはここから生まれたのだと噂されていたらしい。それをいつ誰が言い出したのかは定かではなかったが、パルテレミー家の先祖・銀の魔女ジェニファーが、このダンジョンの最奥でダンジョンコアからカタストロフを創った為に、それが真実だと証明された形だ。 今そこへ足を踏み入れようとしているのは、ジャンヌ、ソロ、ライナスの三人だけだ。ダルクとメイヴァはそれぞれ帝都に残り、未だ襲撃の続く貴族達への攻撃を防ぐ為に指揮を執っている。マーロによると、現時点でメタノイアには力のある幹部はほとんど残っておらず、貴族への襲撃を行っているのは、ゴーシュやリリィのような|Neck《賞金首》を雇い入れて仕立てた雑兵達なのだそうだ。雑兵と言っても、彼らは幹部として祀り上げられていないだけで、実力はそこそこあるので油断は出来ない。Neckは元々が腕利きの犯罪者達なのだから、当然だ。 ちなみに、何故Neckを使うのかと聞いてみると、それは後腐れがないからだという答えだった。狙われている貴族達とは、いわゆる為政者だ。領民や領地を守る彼らにとって、Neckはそれらを食い物にしようと狙う悪質な捕食者なのだ。当然、権力者として放置することはないし、MIRAに頼らず官憲が直接捕まえて刑に処す場合もある。それはつまり、Neckから見れば、貴族はMIRAと同等以上の敵であるということだ。そうした彼らを勧誘して戦力に使うのは、貴族廃滅を謳う彼らにとって非常に都合が良かったのだろう。 仲間にするのが簡単で、しかも使い捨てにするのも問題ないとなれば、エルドレッドがNeckを利用しようと目を付けたのは、良い着眼点だったとも言える。 そういう訳で、ここに挑むのはジャンヌ達三人(とアーデ)だけなのだ。厄介な幹部クラスの駒が少ないのなら、こちらも少数精鋭で強襲をかけようというのがソロの立てた作戦であった。「凄いわね。これが大昔に出来たダンジョン?とても信じられないわ。天井……は、高すぎてよく見えないけど、壁なんて全然風化
「――今の所、被害状況はこのくらいだ。メタノイアか、奴ら思っていたよりもずっと大きな根を張っていたようだな」 テーブルの上に広げられた書類を見つめて、ダルクが呟く。正面の椅子にはソロが座っていて、同じように書類を見て、顔をしかめている。メタノイア首領、エルドレッドの襲撃から一週間、この間に彼らはその宣言通り、複数の国に対して激しい攻撃を始めていた。狙いはもちろん、各国の王侯貴族達だ。「以前、シーザーから聞いた話では、奴らは10年前から活動していたらしいからな。いや、そもそも|奴《・》が500年前から生きているのなら、時間は十分過ぎるほどあったはずだ。反王侯
「さぁさ、ご来賓の皆様!遠路はるばるようこそおいで下さいました!本日は、我らが皇帝イェルダ・ディフ・エンデュミオンの結婚式、並びに披露宴にご参列賜りまして、誠にありがとうございます!司会は私、内務大臣のコルネオが勤めさせて頂きます。宜しくお願い申し上げます!」 やけに軽いノリの内務大臣による挨拶だが、参列している人々は特に気にも留めていないようだ。太陽が燦々と輝く最中、新郎新婦はにこやかに笑みを浮かべ、参列者達は二人の門出を少し困惑しながら祝福していた。 午後三時に始まった結婚式は、月を信仰の対象とするこの|星《せかい》では異例の時間帯である。永遠の愛を神に誓
「あんたは、あの時のっ……!アネット、どうして」 どうしてこの女と一緒にいるのか?そう問い質そうとして、ジャンヌはその質問に意味がないことに気が付いた。レイモンドとの戦いで彼にトドメを刺そうとしたあの時、彼を救う為にこのヴィヴィアンとエルドレッド、そして、もう一人の大柄な男が割って入ってきた。その際、エルドレッドはレイモンドを友人と呼んでいたはずだ。つまり、彼らは元より仲間だったのだ。そのヴィヴィアンとアネットが一緒にいるのは、レイモンドとの繋がりだろう。それは、今更聞くまでもなく解り切ったことだった。「あら、ヴィヴィアンを知っているの?それに、ヴィヴィア
帝都・フォルトゥナ。ここは、代々エンデュミオン皇国の皇帝が住まう皇国最大の都市であり、多くの臣民達がこの都市を支え暮らしている場所だ。また、各地に散らばっている魔法兵や騎士達を統率する騎士団長や魔法師団長もこの都市に居を構えている。皇帝やその側近達が住む大きな城とその城下町は、何とも言えない重厚な威圧感を持っているようだ。 ジャンヌ達は、ダルクの運転する|魔力車《クルルス》を使い、半日ほどかけてここまでやって来た。法律上、都市の中では|魔力車《クルルス》を使えない為、近くの森に車を停めて、徒歩でフォルトゥナへ入る所だ。 フォルトゥナは都市全体が巨大な防壁







