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第13話:切り替わらないまま

Author: Sunny
last update publish date: 2026-04-29 21:42:15

店を出たあと。

「行くよ」

浅井さんが、そう言って歩き出す。

駐車場の奥。

停まっていたのは、黒の外車だった。

この街には、少しだけ似合わない。

無駄のないフォルム。

「……浅井さんの車ですか」

「そうだけど」

短い返事。

それ以上は、何も言わない。

助手席のドアが開く。

促されるままに、乗り込む。

車内は静かだった。

匂いも、ほとんどしない。

ちょっとだけ、ミントのような香りがする。

車内には、余計なものがない。

彼らしい車。

エンジンがかかる。

そのまま、滑らかに走り出す。

静かで、ブレがない。

「……運転慣れしてますね」

思わず言う。

「仕事で使うから」

それだけ。

でも、納得するしかないくらい自然だった。

街灯の少ない道を抜ける。

気づけば、伝えていたホテルの前に着いていた。

「着いた」

「ありがとうございます」

ドアを開けて降りる。

「また、連絡する」

「はい」

それで終わる。

車は、そのまま静かに走り去る。

テールランプが消えるまで、少しだけ見ていた。

——なんなんだろう、この人。

そう思いながら、ホテルに入る。

***

部屋に戻る。

静か。

さっきまでの空気が、少し残っ
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