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第6話:条件

Autor: Sunny
last update Data de publicação: 2026-04-29 19:19:51

「条件付きで」

浅井さんの声が、頭に残る。

...なんだろう。

彼の姿はもう、部屋にない。

けれど、この条件を聞かずに今日も眠れない夜を過ごすわけには、いかなかった。

慌てて追いかけると、彼はまだ廊下にいた。

急いで追いかけて、話しかける。

「浅井さん!...条件って、何ですか」

彼は、ピタッと止まり。振り返って、足音が一歩、近づく。

「感情で動かないこと」

短く、諭すようにそういった。

「怒りとか、仕返しとか。そういうのは、ここではノイズになる」

「……」

「あと、勝手に動かない」

続けて言う。

「見つけたものも、仮説も、全部出す。抱え込まない」

命令に近い言い方だった。

私は一瞬だけ言葉に詰まる。

「それ、できないなら——」

彼の目は、冷たい。

できないなら、協力できない。

そうとでも言いたいような目をしていた。

だからこそ。

「やめますか」

先に言った。

自分でも驚くくらい、声は落ち着いていた。

浅井さんと、不意に目が合う。

少したじろぎそうになるが、冷静に目を合わせながら言う。

「最初から、そのつもりでやってます」

「証拠を集めて、事実で崩す」

「感情で動くつもりはありません」

私は、もう十分な理解の出来ない仕打ちを受けた。

こんな理不尽な目に遭って泣き寝入りするくらいなら。

何が起きているのか、知りたい。

その気持ちは変わらない。

数秒の沈黙。

それから、浅井さんは小さく頷いた。

「じゃあいい」

それだけ。

肯定とも、評価ともつかない。

「で」

私の持っているパソコンに視線を落とす。

「データは、どこまで見た?」

「改ざんの入り口までは」

「承認フローが途中で変わってます。ログも——」

「うん」

遮られる。

「合ってるよ」

あっさりと言い切る。

「……知ってるんですか」

「知ってるというか」

一瞬、間。

「俺が追ってるやつと同じライン」

——同じライン。

胸の奥が、わずかに動く。

「じゃあ、どうして——」

言いかけて、止まる。

“どうして私がいる部署までわざわざ来たのか?”

“どうして私が調べていることが分かったのか?”

疑問がいくつも浮かぶ。

でも。

「それ、伊藤には関係ない」

先に切られた。

私の名前を認識していることも、今この場で知る。

なぜ、彼は私を知っているのだろう。

視線はパソコンの方を向いたまま。

「俺は俺で....調べてることがあるだけ」

「伊藤さんの部署が持っている情報に不審な動きがあって。」

「偶然調べていたタイミングが、重なったから声かけただけ」

突き放すような言い方。

「……そうですか」

それ以上、踏み込まない。

踏み込めば、拒まれるのが分かる。

それに。

今は、優先順位が違う。

——理由は、後でいい。

私は意識的に思考を切る。

浅井さんが続ける。

「もう、この部署にいる時間って。ほとんどないよね」

「あひるの、いつから?」

「来週です」

「じゃあ、今やること1個」

指を軽く動かす。

「高山に会って」

——樹。

一瞬だけ、呼吸が止まる。

「……会って、何を」

「聞いてきて」

即答。

「今回の異動の“理由”」

「表の説明じゃなくて、本音のほう」

視線が、初めて私に向く。

「どうして伊藤さんを切ったのか」

「誰の判断で、どこまで決まってたのか」

言葉が、静かに刺さる。

「直接、言わせて」

「データの履歴を探るより、速いから」

——速い。

確かに。

でも。

「……話してくれると思いますか」

口にすると、浅井さんは少しだけ眉を動かした。

「話すよ」

「完全には嘘つけない状態だから」

「……どういう意味ですか」

「高山は、追い込まれてるってこと」

短い説明。

「綺麗に切ったつもりでも、歪みは残る」

「その歪み、本人が一番分かってる」

だから。

「聞き方次第で、漏れる」

淡々とした分析。

感情は一切ない。

「……」

樹の顔が浮かぶ。

あの場での、あの言葉。

——個人的な関係はありません。

でも。

本当に、全部切れているなら。

あんな言い方はしない。

「分かりました」

答える。

浅井さんは小さく頷く。

「明日、時間取れる?」

取ってこい、と言わんばかりの言い方。

「……取ります」

「じゃあ行って」

それだけ。

「結果だけ教えて」

「ログはそのあとでいい」

——即実行。

無駄がない。

「はい」

短く返す。

浅井さんはそれ以上何も言わず、背を向けた。

数歩、歩いてから。

「あと」

止まる。

「録音、できるならして」

振り返らないまま言う。

「使える可能性あるから」

——そこまで。

「分かりました」

今度は、迷いなく答えた。

浅井さんは軽く手を上げて、そのままフロアを出ていく。

静寂が戻る。

私は元の席にある、椅子に座った。

パソコンの画面は閉じたまま。

代わりに、スマホを取り出す。

樹の名前。

連絡先は、まだ消していない。

指が、一瞬だけ止まる。

——どうして、あの人は私を切ったのか。

——どこまでが計画的な、裏切りだったのか。

考えれば、いくらでも疑問は出てくる。

それでも。

今は、考えない。

必要なのは、答えだ。

——なぜ、私は恋人にも親友にも、裏切られなければいけなかったのか。

あまりにも突然のことで、どこか自分以外に理由があると思わずにはいられなかった。

そうでないと、心が死んでしまうから。

私は...樹に会わなければならない。

彼に会って、少しでも納得できる答えを探すしかない。

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  • 全てを奪われた私が、復讐の共犯者と会社を壊すまで   第35話:揺れ

    数日後。現場で業者に詳細を聞くための準備をしていた間。樹に話しかけられることが、増えた。仕事目的であるのは明確ではあるが、明らかに。まるで、全てが起きる前の距離に。何事もなかったかのように戻ったかのように。私と樹は、かつてと同じように作業を一緒にしていた。「ここのデータ、もう見た?」樹が声をかける。自然に、昔みたいに。「……はい」分析した資料を渡して、確認を促す。距離が近い。それでも、前とは違う距離。「わかりやすく分析できてる」さらっと言う。「こういう視点が自然に出せるところ」「変わってないね、愛海は」そのまま。少しだけ、口元が緩む。柔らかい笑い方で。作らない、優しい笑顔。昔、何度も見た表情。「……」胸が、きゅっとする。(こういうところ)好きだった。一瞬で、思い出す。何気ない仕草。何気ない声のトーン。「……」仕事中なのに、苦しい。今さら。こんなところで。なんで、こんな想いをしなければいけないのか。「データから導いた、ロジックと論理」樹が続けて。「相変わらず、わかりやすい」「愛海がいなくなって」「希少なスキルだったんだなって実感する」「……」分かってる。褒めている。でも。それだけじゃない。距離が近い。「……近いので離れてください」やっと言う。少しだけ強く。「……」樹が少しだけ笑う。「そんな近く感じるような距離だった?」「……」言葉が詰まる。「仕事として普通の距離だよ」淡々と。「評価とフィードバック出して」「直接伝えただけなんだけどな」「……」正しい。正しいから、余計に逃げ場がない。「意識してる?」畳み掛けるように、聞いてくる。「俺としては」「その方が、嬉しいけど」「……」なんと返すべきか、迷ってしまう。そのときだった。「伊藤」浅井さん。今日は外出があったはず。オフィスに戻り次第、私を呼ぶ。早い。少しだけ。不自然なくらい。そのまま、会議室の扉が開く。...ノックもせずに。一瞬樹の方を見て。すぐに、私を視線で捉える。「これ」資料が、そのまま渡される。自然に部屋に入って、扉を閉じて。私の隣で、樹との間の椅子に座る。樹との距離が、切れる。「……」助かった。そう思う。「ここの部分、どう思う」浅井さん。

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