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第7話:境界線

Penulis: Sunny
last update Tanggal publikasi: 2026-04-29 19:20:01

そのあと自宅に戻ると、静けさがやけに重く感じた。

靴を脱いで、そのままリビングに入る。

視線の先にあるものを見て、足が止まった。

——残っている。

樹のものが、私の部屋に。

ソファにかけたままのジャケット。

洗面所に置きっぱなしのシェーバー。

クローゼットの中のスーツ。

三年分の痕跡が、まだここにある。

最後に来たのは、2週間前だった。

お互いに忙しくて、社外であまり会うことが最近はなかったけれども。

こうなるなら、もっと会う時間を作るべきだった。

でも、後悔しても、もう遅い。

「……」

一瞬だけ、迷う。

それでも、やることは決まっている。

私は無言でクローゼットを開けた。

ハンガーを外す。

畳む。

箱に入れる。

ただそれだけの作業なのに、やけに手が重い。

思い出があるからじゃない。

——気持ちの整理が、終わっていないからだ。

でも、止めるわけにはいかない。

靴も。

小物も。

引き出しの奥に残っていたネクタイピンも。

全部、段ボールに詰めていく。

最後に、ガムテープで封をした。

「……これで、全部。」

小さく呟く。

部屋を見渡す。

少しだけ、広く感じた。

スマホを手に取る。

段ボールを撮る。

それから、メッセージ画面を開いた。

——樹。

婚約発表のあったあの日は、ずっと既読もつかなかった。

あの発表の日から、何も。一度も、連絡がついていない。

浅井さんの言葉がよぎる。ふと、

“完全には嘘つけない状態だから”

——本当に?

指が一瞬止まる。

それでも、打つ。

あなたの私物、まとめました。送ります。

そちらにある私の荷物も、まとめて送ってください。

写真を添付する。

送信。

既読は、つかない。

……やっぱり。

少しだけ、息を吐く。

——無理かもしれない。

そう思った瞬間。

画面が、光った。

既読。

「……早い」

思わず呟く。

その直後。

着信。

樹の名前が表示される。

一瞬だけ、躊躇う。

でも。

出る。

「……もしもし」

自分の声が、思ったよりも冷静で驚く。

少しの沈黙。

それから。

「……愛海」

樹の声。

その一言で分かった。

——震えている。

わずかに。

「荷物、見た」

低い声。

でも、抑えきれていない。

「送るって……急だな」

「急じゃないよ」

即答する。

「もう、うちにある必要がないから」

短く言い切る。

沈黙。

向こうが言葉を探しているのが分かる。

「……わかった。俺のほうも、まとめるから」

ようやく出た言葉。

「....送るから」

「うん」

それだけの会話だった

それ以上の会話は、ない。

——はずだった。

「……あのさ」

樹が続ける。

「少し、話せないか」

一瞬、間が空く。

「直接」

その言葉に、浅井さんの声が重なる。

——“聞いてきて”

「いいよ」

答えていた。

自分でも驚くくらい、迷いがなかった。

「どこで」

「……いつものところでいいか」

少しだけ、言い淀む。

「家の近くのカフェ」

ああ。

付き合っていた頃、よく行っていた場所。

付き合っていた頃、とは言っても。

私は3日前までは付き合っているつもりだったからこそ。

こんなに急に過去形になんて、まだ出来ないのだけれども。

「分かった」

「明日、夜」

短く伝える。

「……ありがとう」

樹が言う。

その言葉が、やけに軽く感じた。

「じゃあ」

通話を切る。

画面が暗くなる。

私はしばらく、そのまま立っていた。

——会う。

もう一度。

あの人に。

何を聞くかは、決まっている。

なぜ、私を切ったのか。

どこまでが、意図だったのか。

そして。

——誰のために。

ソファに腰を下ろす。

ふと、さっきの声を思い出す。

震えていた。

あの、樹が。

弱音を見せることなんて、ほとんどなかった彼が。

声色が確実に少しだけ、震えていた。

「……」

目を閉じる。

違和感は、ある。

でも。

考えない。

今は。

必要なのは、答えだけだ。

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