Share

再会した元カレ上司は、私の愛娘の父親でした
再会した元カレ上司は、私の愛娘の父親でした
Penulis: キラキラ猫

第1話

Penulis: キラキラ猫
まさか、送り込まれてきた新任の社長が、自分の娘の実の父親だなんて――立花遥(たちばな はるか)は夢にも思わなかった。

ここで九条湊(くじょう みなと)に再会すると知っていれば、死んでもこの会社には入らなかったはずだ。

数日前から、若くて超エリートな社長が着任するらしいと、部署内は騒然としていた。

噂によれば、グループ総帥の息子であり、生まれながらにして富と権力が約束されたような御曹司だそうだ。

その経歴の一つ一つが、地べたを這う社畜の自分たちには到底手の届かない、雲の上の存在であること。

会議室に立つその男は、片手をポケットに入れ、オーダーメイドのスーツを完璧に着こなしている。

すらりと伸びた長身、かつての青臭さは消え失せ、研ぎ澄まされた刃物のような冷徹な威厳を放っている。

すらりと長い指先でリモコンを握り、スライドの内容について淀みなく語っている。

その腹の底に響くような声で会議室を支配している。

誰もが息を潜め、この絶対的な権力者に悪い印象を与えないよう、戦々恐々としている。

遥は叶うことなら今すぐこの場から消え失せたいと願った。

しかし残念なことに、会議室の床は鏡のように磨き上げられている。

入り込めるような「穴」などどこにもないどころか、そこには気まずさと困惑に満ちた自分の顔が、残酷なほど鮮明に映し出されているだけだ。

グループ名が「九条」だと知っていたとしても、まさかあの九条湊の「九条」だとは思いもしなかったのだ。

遥は靴の中で足の指をギュッと縮こまらせ、背中にはじっとりと冷や汗が伝う。

息が詰まるような圧迫感が、正面から押し寄せてくる。

三年だ。

別れてからも三年が経っていた。

「このプロジェクトの責任者は誰だ?」

壇上から、低く冷ややかで、突き放すような声が降ってくる。

湊が冷たい視線で社員たちを見下ろすと、一瞬にして現場は凍りつき、誰も口を開こうとしなかった。

湊は不快げに眉をひそめ、声を荒らげた。

「自分が担当したプロジェクトさえ忘れたのか?」

遥の隣にいた同僚が震えながら立ち上がり、怯えた様子で答えた。

「申し訳ありません……わ、私です」

錯覚だったのかもしれないが、遥が顔を上げた瞬間、湊と視線が交差したような気がした。

全身の血液が凍りつくような感覚に、遥は一瞬、呼吸すら忘れた。

湊はすぐに視線を外し、吐き捨てるように言った。

「内容の詰めが甘い。よくも恥ずかしげもなく、こんなものを提出できたものだな」

遥はほっと胸を撫で下ろした。

彼はたぶん、私を見ていない。

今の遥はもう三年前の自分とは違う。

彼女はうつむき、自分の気配を完全に消そうとした。

視線を床に固定していると、不意に、丁寧に磨かれた高級革靴が視界に入り、目の前で止まった。

まるで深海に突き落とされたかのように、冷たく重い水圧が遥の呼吸を奪い、一瞬にして手足が痺れた。

湊が、遥のすぐ横に立っている。

同僚が必死に弁解する。

「あの、クライアントの承認はすでに得ておりますが……」

湊が手に持っていたリモコンが机の上に放り投げられた。

大きな音に全員が肩を震わせた。

湊は目を上げ、漆黒の瞳に冷徹な光を宿して、遥の隣にいる同僚を睨みつけた。

一語一語、区切るように冷たく言い放った。

「未熟な案は未熟だ。クライアントを盾にするのが、お前の仕事の流儀か?

それとも、仕事をおままごとか何かだと勘違いしているのか?」

その瞳は、まるで罪人を裁くかのように冷徹に見下ろしていた。

だが、彼が見ているのは報告中の同僚ではなく……遥だ。

誰もが嵐が過ぎ去るのを待つように息を殺して俯き、社長の怒りの火が自分たちのような下っ端に降りかからないことを祈っている。

遥は深く息を吸い込んだ。

できるだけ自分を落ち着かせようと努める。

湊は冷ややかに付け加えた。

「修正してから再提出しろ」

「はい、承知いたしました!」

全員が安堵の息を漏らしたその時、湊の視線もまた、遥を捉えた。

彼女の顔は相変わらず美しかったが、随分と痩せてしまっている。

今はビジネスライクなスカートに身を包み、髪はきっちりと耳にかけられている。

肌はかつてのように透き通るほど白いままだが、目の下のクマと滲み出る疲れだけは、どうしても隠しきれていない。

彼女の視線は彼に向いてはいなかった。

湊の口元があざけるように歪んだ。

「二度とこんな案を持ってくるな。次はただじゃ済まないと思え」

すらりと、湊の長い指が遥のデスクに置かれ、不規則なリズムでコツコツと音を立てる。

遥にはわかる。その仕草は彼が今、非常に機嫌が悪いというサインだ。

漆黒の瞳には読み取れない感情が渦巻いており、ただ一目見ただけで、遥の手のひらには汗が滲んだ。

幸い、彼はそれ以上何も言わず、他のプロジェクトの進捗確認へと移っていった。

しかし、遥の足の震えは、まだ止まらなかった。

会議後。

遥は他の同僚と共に自席に戻り、コップ半分の水を一気に飲み干してようやく落ち着いた。

湊が難癖をつけた中には、遥たちのチームのプロジェクトも含まれていた。

これで、部署全体がほぼ残業確定だ。

隣の同僚が悲鳴のような声を漏らす。

「新任早々厳しすぎるよ、完全に見せしめにされたわ。

ねえ、立花さん、社長なんでずっと私たちのそばに立ってたの?怖くて死ぬかと思ったのよ!」

遥は少し呆然とした。

湊がそばに立っていたのは、おそらく返答をよりはっきりと聞くためだったのだろう。

しかしその後、他のチームが返答している間も、彼はずっと、遥のそばに立ち続けていたのだ。

遥は顔を上げる勇気がなく、会議が終わるとすぐ逃げたように退室したため、彼の方を見る余裕などなかった。

だが、湊の様子を見る限り、あの滑稽で短かった過去など、とうに忘れているはずだ。

でなければ、なぜずっと遥のそばから離れようとしなかったのか。

気にしていないからこそ、平気でいられるというものだ。

かつての湊は帝都大学経済学部の雲の上の存在であり、四年連続で「ミスター帝大」に輝いた伝説的な男だった。

そして、名家の令嬢である遥とのロマンスも当時は周囲を騒然とさせたものだ。

あの頃、彼女は湊をヒモにしていると陰口を叩かれていた。金に物を言わせて、好き勝手に遊んでいるのだと。

遥自身も、そう思っていた。

何しろ当時の湊は、苦学生にしか見えなかったからだ。

だが、彼が遥の渡した金に手を付けることは一度もなかった。

湊の誕生日に、遥は彼が欲しくても手が出せない高価な品をプレゼントしようと、彼のスマホを借りて通販アプリの「お気に入りリスト」を眺めていた。

その時、画面上部にLINEの通知がポップアップした。

その相手は、湊のことを親しげにと呼んでいた。

メッセージには、湊が遥のような女を本気で相手にするはずがない、という嘲りめいた言葉も添えられていた。

そのメッセージを見た瞬間、遥は全身の血の気が引いていくのを感じた。

まるで頭から冷水を浴びせられたかのように、指先まで冷え切ったのを覚えている。

それでも、遥は自分に言い聞かせた。

湊が返信したわけではないのだから、と。

遥は動揺を押し殺し、予定通りにプレゼントを買ってしまったのだ。

誕生日のパーティーでプレゼントを受け取った時も、湊は驚きもせず、喜びもせず、淡々と「ありがとう」と言っただけだった。

トイレに行くふりをして、遥は会計を済ませた。

戻ってきた時、個室の中から耳障りな嘲笑が聞こえてきた。

「あの立花のお嬢様が恥も外聞もなくすり寄ってこなけりゃ、湊さんがあんな俗っぽい女を相手にするわけないだろ」

「そうだよ。ちょっと小銭持ってるからって、いい気になりやがって」

湊の一言がはっきりと遥の耳に届いた。

「俺にとって、立花なんてどうでもいい存在だ」

周囲の爆笑が彼の語尾をかき消した。

「ほら、やっぱりな!湊さんがあんな親の七光だけの女を本気にするわけないって言ったろ!」

心臓が張り裂けそうなほど痛み、指先まで凍りついたように痺れた感覚を、遥は今でも忘れられない。

ちょうど実家でトラブルがあり、父は彼女を海外へ送り出した。

それから三年。

三年後に帰国して、まさか新しく赴任してきた上司が湊だなんて、誰が想像できただろう?

かつては食事代すらバイトと奨学金で工面していた湊が、まさかグループ総帥の一人息子だったなんて、夢にも思わなかった。

だが、さっきの態度を見る限り、彼はおそらく赤の他人を装うつもりなのだろう。

なら、それでいい。

社長室にて。

湊は柔らかな本革のソファに座り、繊細で長い指でマウスを操作し、社員たちの情報を軽々と呼び出している。

そこには、立花遥の情報もあった。

一年前、彼女はこの会社に入社していた。華やかな経歴と優れた実務能力を武器に、短い時間で正社員になったどころか、プロジェクトリーダーにまで昇進していた。

湊は不快げに目を細め、指でコツコツと机を叩いた。

秘書の木下健太(きのした けんた)が傍らに立ち、上司の顔色を窺う。

「社長、何かご指示でしょうか?」

湊は手元のコーヒーカップを手に取り、優雅に飲むと、落ち着いた声で言った。

「着任したばかりでプロジェクトの詳細は把握していない。この数名のリーダーについて説明してくれ」

健太は意図を理解し、順に説明していった。

最後に、遥の番になった。

「立花さんはまだ若いですが、本部に異動してまだ一年目です。以前、海外事業部で実績を上げていました」

実績だと?

湊の口元が、あざけるように歪んだ。

あの立花家のお嬢様が、わざわざ平社員に身をやつして働いていただと?

その「実績」とやらも、どうせ立花家の金で買ったものに違いない。

何しろ、彼女は札束で人の横っ面を叩くような女だったから。

そして何より、二人の仲が深まった矢先に、何も告げずに去るのが得意だ。

湊が黙っているのを見て、健太はその顔色を窺いながら言葉を続けた。

「このプロジェクトは彼女が一人で取り仕切っており、役員会でも評価は高いです」

健太は小さく溜息をついた。

遥は入社ばかりの時から健太の下についており、彼が手塩にかけて育てたようなものだった。

余計なことをせず、仕事には手際と実力がある遥のような若者を、彼は高く評価している。

それゆえ、つい余計なことまで口にしてしまった。

「もし彼女のやり方に不備があれば、厳しく叱ってください。ただ、チャンスは与えてやってほしいのです」

湊は冷ややかに顔を上げ、その瞳には、見る者を震え上がらせるような冷気が満ちている。

たった一年で、自分のために口添えする味方を作ったのか?

どうやら、人の心を手玉に取る手腕は相変わらずらしい。

健太は湊の表情に気づかなかった。

溜息交じりに続ける。

「立花さんはいろいろ大変なんです。

お父様は他界され、お母様は重病、さらに病弱な娘さんまで抱えて、それなのに旦那さんは……」

湊は冷たく言葉を遮り、鋭い視線を突き刺した。

「木下、給料を払っているのは、下らない噂話をするためか?」

健太は激しく身震いし、何度も謝罪した後、湊にそれ以上追及する気配がないのを見て、一礼して退室した。

この新社長の気性は、まだ掴みきれない。今後はもっと慎重に振る舞わなければならないようだ。

オフィスに再び静寂が戻った。

湊は先ほど誤ってこぼしたコーヒーのしずくを拭き取り、マウスを滑らせて画面をスクロールした。

クリックして開いたのは立花遥の社員データだ。

写真は大学時代のままだ。湊に付き合えとせがみ、無理やり撮らせた写真だ。

スクロールして、婚姻状況の欄に目を落とす。

既婚だ。

Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi
Komen (1)
goodnovel comment avatar
関山麻美子
読んだ所に戻してください
LIHAT SEMUA KOMENTAR

Bab terbaru

  • 再会した元カレ上司は、私の愛娘の父親でした   第968話

    「それ、私を脅してるの?」琴子は信じられないような顔で蓮を見た。「一生結婚しないって言うなら勝手にすればいい。でも、あの子と結婚するのだけは絶対に認めないわ!」さっきの披露宴でも、凛は琴子に少しも遠慮していなかった。あれだけ気の強い娘が嫁に来たら、この先も何かと面倒が増えそうだった。琴子には、どうしても凛を受け入れる気になれなかった。それに、蓮が琴子にこんな口を利くことも、昔はほとんどなかった。これも凛の影響に違いない。琴子はそう決めつけていた。蓮はしばらく琴子を見つめてから、静かに口を開いた。「俺が言ってるのはそこじゃない。凛が俺と付き合ってたってだけで、母さんがあいつにあんな言い方したことを言ってるんだ」琴子にとって、蓮の結婚相手は自分が認められる女性でなければならなかった。相手がどう思うかより、自分が気に入るかどうかのほうが大事だった。そして凛だけは、どうしても気に入らなかった。蓮が一生結婚しないと言ったことも、琴子は本気にはしていなかった。今はまだ凛に夢中になっているだけで、あと数年もすれば考えも変わる。その頃には、きっと凛のことだって忘れている。凛のために一生独身を貫くなんて、そんなことが本当にできるはずがない。琴子はそう思い込んでいた。蓮は、これ以上何を言っても無駄だと思うと、急にどっと疲れが出た。披露宴で凛に向けられたあの冷たい視線を思い出すと、胸の奥がまた鈍く痛んだ。琴子にも、自分にも腹が立った。それでも凛には、少しくらい自分の言い分を聞いてほしかった。それなのに凛は、最初からいつか別れることまで考えていたのではないか。そんなことまで思ってしまった。別れたばかりなのに、もう別の男と連絡を取ろうとしていた。自分のことなんて、もうどうでもいいのではないか。そんなふうにさえ思えた。息苦しくなり、喉の奥にかすかに血の味がした。蓮はネクタイを緩め、大きく息を吐いた。……「本当に行っちゃうの?」「àl'aube」の本社で、遥は凛から差し出された退職届を見つめ、寂しそうな顔をした。けれど、凛が昔から向上心が強く、やりたいことには迷わず挑戦してきたこともよく知っていた。「うん。先生からも何度も連絡をもらってたし、今度こそ向こうで勉強を続けるって決めたの

  • 再会した元カレ上司は、私の愛娘の父親でした   第967話

    相沢グループがここまで成長してきたことなら、遥たちが誰よりもよく知っていた。琴子の言葉などまともに取り合う気にもならず、遥は笑って流した。ただ、あそこまで言われれば、凛も黙ってはいられなかったのだろうと、遥には分かっていた。蓮は険しい表情のまま席を立つと、琴子のいるテーブルへ大股で向かった。凛は気にした様子もなく、手元のカップに口をつけていた。遥は声を潜めた。「海外に行くこと、蓮さんにはまだ言ってないの?」「遥は?あの時、海外に行くって湊さんに言った?」遥は一瞬言葉に詰まった。もちろん、言っていなかった。あの頃は海外で医師を探すことで頭がいっぱいだったし、湊とはもう別れていた。よりを戻すつもりもなかったのだから、わざわざ自分の予定を知らせようとも思わなかった。凛もきっと同じだったのだろう。ここまで迷いなく準備を進めていたのなら、蓮への気持ちにも、もう区切りをつけていたようだった。蓮は琴子のところまで行くと、その腕をつかんで連れ出そうとした。けれど琴子は椅子に座ったまま、すぐには立とうとしなかった。「あの子があなたに言いつけたんでしょ?やっぱりそうだったのね!」「真理から聞いた」琴子は言葉に詰まった。今度は真理にまで腹が立ってきたらしい。九条家と佐原家は親戚同士なのに、真理はいつも他人の肩ばかり持っていた。こんな時くらい自分たちの味方をしてくれてもいいのに、と琴子は腹を立てた。蓮は冷えた声で言った。「まだここで揉めるつもりなら、俺は別に構わないけど」その表情を見て、琴子もさすがに蓮を怒らせたと気づいた。これ以上ここで騒ぐのはまずいと思ったのか、ようやく席を立った。「喧嘩なんてする気ないわよ。一週間も顔を見てないのに、会って早々そんな言い方するの?ここにいたくないなら、もう帰りましょ」蓮は琴子をちらりと見ただけで、先に歩き出した。琴子も慌ててそのあとを追い、二人はそのままホテルを出ていった。同じテーブルにいた美和は、呆れたように首を振った。「あの人、本当に誰のことも気に入らないのね。しっかりした子は気に入らない、そうじゃない子も駄目。あれじゃ、子供たちだって結婚できないわよ」「ほんとよね」美和が凛を気に入っていたのも確かだった。けれど、それ以上に腹

  • 再会した元カレ上司は、私の愛娘の父親でした   第966話

    本当に、今夜は何もできそうになかった。真理は妊娠したばかりで、まだ安定期にも入っていなかった。朝からあれだけ式の予定をこなしてきただけでも十分大変だったのだから、誠もこれ以上無理をさせる気はなかった。誠のそんな言い方に、真理は耳まで赤くなった。入籍した日の夜も、誠はその日が二人の初夜だと言い張り、少し羽目を外しすぎた。そのせいで、あとが大変だった。あの時、真理は結婚式を挙げた夜こそ自分にとっての初夜だと言ったのだが、誠はそれなら両方とも初夜でいいと平然と言ってのけた。初夜が二回あるなんて、そんな理屈を堂々と言えるのも誠くらいのものだった。真理はまだ披露宴の料理をほとんど口にしていなかった。着替えを済ませて会場へ戻ると、遥たちも真理を待っていたらしく、テーブルの料理にはほとんど手をつけていなかった。席はあらかじめ決めてあったはずなのに、戻ってみると、凛と蓮の間が二人分ぽっかり空いていた。真理は首をかしげた。「あれ?私たち、ここだっけ?」蓮は口元を引き結んだまま、顔色も冴えなかった。凛は平然と答えた。「私が席を替えたの。二人はここでいいよ」もう蓮とは必要以上に関わらない。そんな凛の意思が、態度にもはっきり表れていた。実は凛は、すでに海外へ行く航空券を取っていた。学生の頃、先生からはそのまま現地に残って、さらに勉強を続けないかと声をかけられていた。けれど当時は湊の件もあり、相沢家から帰国するよう強く言われ、途中で学業を中断していた。今度こそ、途中になっていた勉強をやり直すつもりだった。遥にはもう話してあり、会社のことも任せることになっていた。数年かけて、もう一度じっくり勉強に向き合い、自分を磨きたいと思っていた。もともと、いつかやりたいと思っていたことの一つだった。ただ、蓮と付き合っていた間は、離れることにどうしても迷いがあった。けれど今は、もうその迷いもなかった。出発日も決まり、向こうでの準備もほとんど整っていた。この予定を知っていたのは、遥たちほんの数人だけだった。真理は席につくと、何気ない調子で言った。「さっき千田さん、息子さんを紹介したいって言ってたでしょ?気が合いそうなら、一度会ってみてもいいんじゃない?」「まあ、縁があればね。何か月かしたら考えるわ」今の

  • 再会した元カレ上司は、私の愛娘の父親でした   第965話

    その日の真理は薄化粧で、笑うとぱっと表情が明るくなり、いっそう可愛らしく見えた。美和も思わず目を輝かせた。美和はもともと、見た目がきれいで、さっぱりした性格の若い女性が好きだった。ひとしきり笑った真理は、凛や紗月、それに新郎側の二人と一緒にその場を離れた。ところが歩き出してすぐ、背後で琴子が鼻を鳴らすのが聞こえた。美和は聞こえなかったことにして、楽しそうに息子へボイスメッセージを送り、せっかくのチャンスなんだから絶対に逃さないようにと念を押していた。真理は凛の手を握ったまま、笑いをこらえるのに必死だった。「千田さんってほんと面白いわね。琴子さん、すっかり機嫌悪くなってたじゃない」「別に怒らせたかったわけじゃないわ。今まで黙ってたのは、蓮さんのことを考えてただけよ」普段の凛は、蓮本人にだって言いたいことは遠慮なく言っていた。琴子に何も言わずにいたのは、年長者だったことに加え、最初は穏やかで品のある人に見えたからだった。けれど、もう蓮とは別れていた。今さら琴子に遠慮する理由もなかった。真理はまだ笑いをこらえながら言った。「結婚式って、こんなに楽しいものなのね。これなら、何回か結婚してみたくなるかも」隣にいた誠が、にこりと笑った。けれど、その目は少しも笑っていなかった。「へえ。じゃあ次は誰と結婚するつもりだ?」「誠さんがもう少し年取ったら、今度はもっと若くて格好いい人にしようかな」「そうか」誠はそれだけ返した。新郎側の二人は、どちらも現役の軍人だった。ちょうど休暇が取れたため、今回の式に参加していた。二人には、誠の笑顔を見ただけで機嫌を損ねたのが分かったらしい。一人がそっと一歩後ろへ下がった。「真理さん、俺ちょっと用事を思い出したんで、先に失礼します」それを見て、もう一人もすぐに口を開いた。「俺も失礼します。凛さん、紗月さん、行きましょう」四人は逃げるようにその場を離れ、気づけば部屋に残っていたのは誠と真理だけだった。真理は、背後からじっと見られているような気配を感じた。そっと振り返ると、誠が黙ってこちらを見つめていた。真理はごまかすように笑った。「あはは……今のなし。冗談だから、冗談」「真理、俺が年上なのがそんなに嫌か?」誠は一見おおらかな男だったが、こう

  • 再会した元カレ上司は、私の愛娘の父親でした   第964話

    琴子はこれまで、凛のような娘に会ったことがなかった。若い娘なら、ひと目見ればだいたい何を考えているか分かるものだと、琴子はずっと思っていた。佐原家の力を借りて、仕事でも立場でも有利になりたい――結局はそれだけで、凛も同じだと思い込んでいた。同じ女同士なのだから、凛の考えていることくらい簡単に分かるつもりでいた。それなのに今さら、自分の前で何をそんなに気取っているのか。琴子はふんと鼻で笑い、年齢を感じさせないほど白く滑らかな手で、髪を軽く整えた。「凛さん、そんなこと言ってるけど、あなたの会社、本当に蓮に何ひとつ助けてもらってないって言い切れるの?」凛は琴子を静かに見返した。これまでは蓮の母親で、年長者でもあるからと、それなりに気を遣ってきた。こんなことで蓮を困らせたくもなかった。けれど、もう二人は別れていた。今さら琴子に何を言われたところで、心を乱される理由もなかった。凛はわずかに目を細め、冷ややかな視線を返した。「相沢グループが佐原家に頼っているとお思いなら、どうぞ好きに調べてください。うちのグループに、佐原家から一円でも資金が入ったことはありません。それに、àl'aubeとアンサンブルのことなら、琴子さんは息子さんをずいぶん高く見てるんですね。まあ、ずっと専業主婦だった琴子さんに仕事のことが分からなくても、仕方ないかもしれませんけど」琴子の表情がさっと変わった。何か言い返すより先に、真理が口を挟んだ。「『àl'aube』はうちの兄だって関わってないのよ。蓮さんならなおさら関係ないわ。前に蓮さんから工場を売る話を持ちかけられた時だって、凛が断ったんだから」琴子は思わず目を丸くした。真理はのんびりした調子で続けた。「『àl'aube』も『アンサンブル』も、蓮さんに助けてもらわなくたってちゃんとやっていけてるの。琴子さん、本当にこの件に蓮さんは関わってないわよ」琴子は何も言えなくなった。真理にそこまで言われれば、信じないわけにもいかなかった。それまでは、凛の仕事がここまでうまくいっているのも、蓮が陰で手を貸しているからだとばかり思っていた。そうでなければ、凛一人であれほど順調に事業を広げられるはずがないと思っていた。佐原家の祖父でさえ凛をすっかり気に入り、いつ家に連れてくるのかと

  • 再会した元カレ上司は、私の愛娘の父親でした   第963話

    再び蓮を目の前にすると、凛は思っていたほど平静ではいられなかった。朝から晩まで一緒に過ごしてきた相手だけに、互いのことは知りすぎるほど知っていた。視線や仕草を見れば、蓮が何を言いたいのかもすぐに分かった。だから、最近の蓮がかなり疲れていることにも気づいていた。以前のような明るさも余裕も、すっかりなくなっていた。今日は披露宴のためにきちんと身なりを整えていたからまだましに見えたものの、それでも隠しきれない疲れがにじんでいた。それでも、凛は情に流されたくはなかった。隣にいた紗月が口を開いた。「ほんとに、もう一回だけチャンスあげる気ないの?」「何のチャンスよ。蓮さんに?それとも、また蓮さんのお母さんに好き放題言われるチャンス?」このまま付き合いが続けば、いずれ結婚を考えるようになるのは自然なことだった。けれど、結婚となれば話は別だった。少なくとも凛たちのような家では、結婚すれば嫌でも相手の家族と付き合っていかなければならなかった。凛は落ち着いた口調で言った。「蓮さんのお母さんだって、その気になればいくらでもやり合えるわ。でも、なんでそんなことのために、わざわざ私が時間も気力も使わなきゃいけないの?」何より、そんなことを繰り返していれば、二人の関係そのものが少しずつ駄目になってしまうように思えた。またいつか、あの日と同じように、蓮が事情も確かめないまま母親の肩を持つことだってあるかもしれなかった。そうなれば、結局一人で抱え込むことになるのは凛のほうだった。紗月は呆れたように息をついた。「ほんと、こういう家の人たちって、恋愛するだけでも大変ね。私みたいにしがらみがないほうが、よっぽど気楽だわ」「藤堂さんとは、最近どうなの?」「たまに一緒にご飯食べて、手つないで、たまにキスするくらいかな」最近、朔は二人の関係をはっきりさせようとは言わなくなっていた。二人ともそれ以上は何も言わず、今の関係をそのまま続けていた。凛はふっと笑った。恋愛に関しては、紗月のほうが自分よりよほど割り切っていた。凛は何かと先のことまで考えては不安になり、もともと面倒なことから逃げるところもあった。答えを出しにくいことや、どうしていいか分からないことがあると、つい避けたくなってしまった。思えば、最初は蓮から逃げ

Bab Lainnya
Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status