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再婚、そしてまた再婚......気づけば御曹司に溺愛された
再婚、そしてまた再婚......気づけば御曹司に溺愛された
Author: かけるに

第1話

Author: かけるに
「海渡さんと梨沙さんが結婚して2年の間に、私たち、500回もしたんだよ?ねえ、海渡さん、梨沙さんってこれを知ってるのかな?」

甘ったるい声が、ドアの隙間から漏れ聞こえてきた。

秋谷梨沙(あきや りさ)はその場に立ち尽くした。

全身の血が、一瞬で冷え切っていく。

耳が聞こえるようになったことを飛田海渡(ひだ かいと)に伝えたくて、浮き立つ気持ちのまま彼のオフィスへ来たのに。

そこで聞かされたのは、海渡の裏切りだった。

相手は他の誰でもない。

海渡の義妹――そして、弟を植物状態に追い込んだ元凶でもある、露木明里(つゆき あかり)。

梨沙は目を伏せた。

――聞こえるって、こんなにも苦しいことなんだ。

部屋の中から、途切れることなく声が続く。

「海渡さん、もう結婚して2年も経つのに、毎晩私のところに来るよね。どうして梨沙さんで我慢しないの?」

懐かしい声。

幼さを失い、低く艶を帯びた男の声が返る。

「汚いからだ」

明里は色っぽく笑った。

「だよねぇ。梨沙さんって年上のおじさんと結婚したことあるし、きっともう散々遊ばれてるもんね」

梨沙は拳を強く握り締めた。

指輪の冷たさが、四肢の隅々まで染み渡る。

――汚い?海渡が、自分を?

梨沙は唇を引きつらせ、声もなく笑った。

自分を売って得た1億円。

それは、海渡が事業を始めるための資金だったのに。

ドアノブに置いた手が、力なく滑り落ちる。

震える指でスマホを取り出し、録画を開始する。

そのままドアの隙間へ差し込み――

海渡の不倫を証明できる映像を撮った。

梨沙はふらつきながら二歩後ずさりし、振り返ることなく立ち去った。

......

帰りのタクシーの中。

スマホが震えた。

画面を見た彼女は深く息を吸い込み、喉に込み上げたものを押し殺して通話に出る。

「......お母さん」

秋谷芳江(あきや よしえ)の開口一番は――

「補聴器つけた?海渡はそばにいる?敏彦さんへの第二期資金、いつ振り込むのか聞いて。会社中がその金を待って回してるんだから」

「......」

「最近、病院に琉生(るい)のお見舞い行ってないでしょ?生命維持装置のレンタル料、また支払いの時期よ。海渡にちゃんと払わせなさい。一分でも止まったら、あの子は死ぬのよ」

梨沙は静かに目を閉じた。

琉生が植物状態になって2年。

今も命を繋いでいられるのは、海渡が海外の最先端バイオ研究所から、高額で独占開発の機器を借りているからだ。

特許技術を含むその装置の年間レンタル料は、数億円にも及ぶ。

梨沙が黙ったままだったせいか、芳江の声はさらに鋭くなる。

「それとね、この前奥様方と買い物してたら、海渡が知らない女と歩いてるのを見たって言われたの」

梨沙は鼻をすすった。

「お母さん......もし、本当に海渡が浮気してたら、私、離――」

最後まで言わせてもらえなかった。

「あんた馬鹿なの!?」

怒鳴り声が飛ぶ。

「耳の聞こえないあんたが飛田家に嫁げたのは、ご先祖様のおかげよ!どれだけの人が望んでも手に入らない幸運だと思ってるの?

浮気くらい何よ。相手の女が相手の女が子供を身ごもって乗り込んできても、あんたは大人しく世話すればいいの!飛田家の奥様の座さえ守れれば、一生贅沢できるんだから!

海渡と別れたら、琉生も、あんたも、私も、敏彦さんも、みんな飢え死によ!」

甲高い声がスマホ越しに漏れ、運転手の耳にも届いた。

バックミラー越しに向けられる視線には、同情と哀れみが滲んでいた。

梨沙は一瞬だけ黙り込み、ふっと口角を上げる。

「だったら、みんな死ねばいい」

そう言って通話を切った。

冷たい涙を拭い、別の番号へ発信する。

「結婚前に海渡と交わした婚前契約書、そちらにありますよね?それと、離婚協議書も作成してください。明日、一緒に持ってきてもらえますか」

相手は了承した。

梨沙は苦く笑う。

海渡は、もう忘れているのだろう。

結婚前、自分の誠意を示すと言って、彼がどうしても署名したあの契約を。

――もし婚姻中に海渡が不貞を働いた場合、彼名義の全財産は梨沙に譲渡される。

彼は一銭も持たず、無一文で家を出る。

――

梨沙は深夜二時までリビングで待っていた。

ようやく海渡が帰宅する。

薄暗い灯りの下に座る彼女を見て、彼は少し驚いたように歩み寄ってきた。

「まだ寝てなかったのか?今日は残業だって言っただろ」

男の長く綺麗な指が、空中で優雅に手話を描く。

梨沙はふと思い出した。

父が海渡を庇って亡くなり、自分がショックで聴力を失ったあの日。

海渡は不器用ながら必死に手話を学び、寝る間も惜しんで一ヶ月で習得してみせた。

そして彼女と弟の琉生にも教えてくれた。

あの頃の海渡は、一生大切にすると言ってくれていた。

梨沙は顔を上げ、彼の首筋に残る赤い痕を見つめた。

「大丈夫だった?」

海渡は一瞬目を瞬かせ、すぐに笑う。

彼女の指先を取って軽く口づけると、まるで手品のようにブレスレットを取り出した。

薄暗い照明の下で、ダイヤモンドがまばゆく輝く。

結婚してから2年間。

これは海渡が梨沙へ贈った、500個目のプレゼントだった。

彼は自ら彼女の手首につける。

「似合ってるよ。とても綺麗だ」

優しい眼差し。

対して彼女の目尻は濡れていた。

500回、繰り返された愛情だと思っていた。

けれど実際は――

500回の裏切りのあとに与えられた、罪悪感と埋め合わせだった。

梨沙はそっと手を引き戻す。

静かに笑いながら尋ねた。

「三日後が何の日か、覚えてる?」

海渡は辛抱強く手話を続ける。

「会社が上場する日だ。企業価値も倍になる。それに、俺たちの結婚二周年でもある。

梨沙、その日は君にプレゼントを用意してるんだ」

梨沙は頷いた。

「私も、海渡のために大きな贈り物を用意してるよ」

――自由を。

もう明里のもとへ隠れて通う必要なんてなくなる、そんな贈り物を。

海渡は彼女の手を軽く叩いた。

「もう寝よう。明日は叔父さんの命日だ。墓参りに行こう」

――

翌日。

雪が激しく降っていた。

墓地へ向かう途中、海渡のスマホが鳴る。

梨沙は彼といる時、補聴器をつけない。

だから海渡も隠そうとはしなかった。

「どうした?」

電話の向こうで、明里が怯えた声を上げる。

「海渡さん、あの酔っ払いの隣人がまたドア叩いてるの......怖い、来てくれない?」

海渡はわずかに眉を寄せた。

「草場(くさば)を向かわせる」

明里の声に、僅かな失望が滲む。

「そう......ありがとう、海渡さん」

通話が切れる。

梨沙は服の裾を握りしめながら、自嘲気味に思った。

――少なくとも、お父さんへの恩は忘れていないみたいだ。

少しだけ安堵した。

だが車が走り出して二分も経たないうちに、再び着信音が響く。

海渡は眉間に皺を寄せながら電話を取った。

「海渡さん、怖いよ......鍵こじ開けてる......」

明里の甘く震える声。

次の瞬間、海渡は急ブレーキを踏み込んだ。

不意を突かれた梨沙の身体が勢いよく前へ投げ出される。

額をぶつけかけたところで、シートベルトに引き戻された。

激しい揺れに、頭がくらくらする。

彼女は眉を寄せ、静かな目で海渡を見た。

海渡は表情を和らげる。

【梨沙、ごめん。会社で急用ができた。今日は一緒に墓参りできそうにない。早く終わらせて、あとで必ず行く】

胸の奥が焼け焦げるように痛む。

それでも梨沙は聞き分けよく笑った。

「ううん、大丈夫。仕事、行ってきて」

海渡は罪悪感を滲ませ、手を伸ばす。

髪を撫でて慰めようとしたのだろう。

だが梨沙は身を引いた。

空を切った手のひらに、妙な虚しさが残る。

胸のどこかも、ぽっかり空いた気がした。

それでも海渡は深く考えなかった。

彼は車のドアを開ける。

梨沙が降りた途端、待ちきれないように車は走り去っていった。

彼女は咄嗟に手を伸ばす。

「あっ――」

コートが車の中に置きっぱなしだった。

吹きつける寒風が肌を刺し、梨沙は大きく身震いした。

タクシーで父の墓地へ向かう。

雑草を抜き、線香を供える。

そして墓前に座り込み、父へ取り留めもなく語り続けた。

背後に人影が落ちるまで。

梨沙は振り返る。

「森下(もりした)さん、お願いしていたものは......」

森下は頷いた。

彼女の頭や肩に積もった雪を見て、急いで鞄を開いて、書類を差し出した。

梨沙は両手で受け取る。

冷えた指先が震えた。

「ありがとうございます」

森下はスマホで文字を打とうとする。

しかし彼女は顔を上げた。

「話してください。聞こえるんです」

森下は目を見開く。

「......聞こえるようになったんですか?」

梨沙は小さく頷いた。

彼は少し考えたあと、穏やかに言った。

「寿永(すなが)さんには恩があります。寿永さんの息子さんの面倒を見てる以上、私はあなたを助ける義務があります。必要なら、いつでも連絡してください」

梨沙は顔を上げる。

人形のように整った顔には、深い哀しみが滲んでいた。

「......ありがとうございます」

彼女の迷いを見抜いたように、森下は静かに続ける。

「人を信仰のように崇めていた場合、その信仰が崩れたあと、人は道を見失うものです」

――信仰。

そうだ。

海渡はずっと、彼女の信仰だった。

彼女の命そのものだった。

あの日、今まさに自分が座っているこの場所で。

目を真っ赤にした海渡は、地面に一文字ずつ誓いを書いた。

【梨沙のお父さんの命は、一生かけて返す。俺の命は、君のものだ】

彼の命なんて欲しくなかった。

なのに海渡は、彼女の半分の命を奪っていった。

スマホが震える。

梨沙は画面を確認した。

【梨沙、明里の家に少しトラブルがあった。しばらくうちに泊めることにした】

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