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第6話

Author: 詩音
半分ほど残った半熟卵に、半分に切られたソーセージ、そして食べ残しのトーストの耳。それらを雨子の前へと押し出した。

「雨子さん、よかったら私のをどうぞ」

彼女はぱちりと瞬きを交えながら、優しくて寛大な様子を見せた。

その乱れた皿の上の食べ物が目に入り、油っぽい匂いが鼻を刺した。

薬の影響で、もともと胃の調子が悪かった雨子は、胃がむかむかと揺らぐような感覚に襲われた。思わずこみ上げる吐き気に、彼女は小さくえずいてしまった。

美月の顔色がさっと変わると、目尻が瞬く間に赤く染まった。声は今にも泣き出しそうに震えている。

「雨子さん、私のこと、嫌いなの?やっぱり、許してくれてないのね……」

和也の表情がぐっと険しくなる。

蒼ざめた雨子の顔を一瞥したが、彼の目に心配の色などない。ただ不快そうな、いらだった表情が浮かんでいただけだ。

「白洲雨子!」

彼はフルネームで叫んで、怒気を含んだ声を放った。

「美月が好意でやったのに、なんでそんな嫌がらせみたいなことするんだ?」

美月は再び、いかにも親切そうな顔でトレーを押し出した。

「雨子さん、少し食べてよ。今日は大野(おおの)おばさんがいないんだから、今食べないと、何もなくなっちゃうよ」

雨子は込み上げる吐き気を必死に抑え、かすかに声を出した。

「結構よ、体の調子が悪いから、食べられないの」

空気が一瞬で凍りついた。

和也は数秒間、彼女をじっと見つめたあと、突然踵を返し、椅子の背に掛けてあった上着をつかんだ。声は冷え切っていた。「大げさなんだよ」

玄関まで歩いた彼は、ふと足を止め、美月の方を振り返って柔らかく言った。

「家でおとなしくしてろ。あとで迎えを寄こす」

「わかったよ、お兄ちゃん、またね!」

美月は甘い笑顔で手を振った。

ドンッ、と音を立ててドアが閉まる。

雨子は立ち上がって部屋を出ようとした。

だが、振り向いたその瞬間、美月の顔から甘い笑みが一瞬で消え、代わりに冷たい悪意が浮かんだ。

彼女は勢いよく立ち上がり、雨子の髪をつかむと、残飯の皿にその顔を力任せに押しつけた。

「んっ!」

不意を突かれた雨子の顔は、べったりと脂ぎった食べ物の中に沈み込む。

卵液とソースが顔中にこびりつき、鼻と口の中に吐き気を催す匂いが広がった。

美月は彼女の髪をつかんだまま無理やり顔を上げさせ、そのみじめな姿を見下ろして、満足げに笑った。声は相変わらず、甘ったるい。

「言っておくけど、ここは私の家よ。あんたみたいなよそ者が、かわいそうぶってお兄ちゃんを奪おうなんて――ありえないんだから!」

美月は雨子の髪をつかみ、顔を何度も汚物の中へ押しつけた。次の瞬間、ぐいと引き上げる。雨子は息もできず、窒息しかけながら必死にもがく。

「うっ……はな、して……」

全身の力を振り絞って抵抗し、爪で美月の腕にいくつもの血の跡を刻んだ。

痛みに顔をしかめた美月の目が、さらに冷たく光る。雨子の顔色が紫に変わり、呼吸がかすかになるまで、彼女は手を緩めなかった。

そしてようやく、美月がぱっと手を離すと、雨子は力が抜け、床に崩れ落ちた。

美月はゆっくりと手を払って、甘い笑みを浮かべた。「お兄ちゃんは、永遠に私のものよ。

おとなしくしてなさい。私の代わりになろうなんて、思わないことね」

そう言い残すと、美月はくるりと背を向け、部屋を出て行った。

雨子は思った。もう我慢しない。もうすぐここを出ていくのに、どうしてこんな屈辱を受けなきゃいけないの!

彼女は地面から勢いよく立ち上がり、全身の力を込めて美月に突進した。

美月の肩をつかみ、反対の手で思いきり頬を打った。

パシンッ!

美月は顔を押さえ、信じられないというように目を見開き、悲鳴を上げた。「あんた、私を叩いたの!?」

周囲を一瞬見回すと、彼女は突然、花瓶をつかみ上げた。

あれは、和也が雨子にただ一度きりオークションに付き添い、ついでに落札して贈った品だった。

その夜、雨子は花瓶を抱きしめて眠れないほど嬉しかった。あの氷のような彼が、初めて少しだけ心を開いてくれた気がしたのだ。

だが今、その花瓶は美月の手に高く掲げられ、雨子の頭めがけて勢いよく振り下ろされた――!

ガンッ!

花瓶が彼女の額に砕け散り、破片が四方に飛び散った。

温かい血が瞬く間に流れ出し、視界をぼやかせながら床に滴り落ちる。

激痛が波のように押し寄せ、体が支えきれず、彼女はそのまま崩れ落ちた。

意識が遠のく最後の瞬間、彼女は美月がそばにしゃがみ込むのを見た。

細いヒールのかかとが容赦なく負傷した手の甲を踏みつけ、骨の髄まで刺さるような痛みに小さなうめき声が漏れる。

「死にたいの?」

美月の声は、まるで遠くから響いてくるようだった。

彼女はスマホを手に取り、素早く番号を押すと、ほとんど瞬時に通話がつながった。

美月の声は震え、涙を含んでいた。

「お兄ちゃん……怖いの……雨子さんが……私を殴ったの……」

雨子は口を開こうとしたが、声が出なかった。

血だまりの中に倒れ、暗闇が完全に意識を飲み込んでいく。

目を覚ましたとき、雨子は主寝室のベッドに横たわっていることに気づいた。

額の傷は包帯で覆われており、鈍い痛みが時おりずきりと走る。

和也はベッドのそばに座っていた。

まだ食事会から戻ったばかりのフォーマルなスーツ姿で、珍しく焦りの色を浮かべている。

雨子が窓の外に目をやると、夜はすでに深く沈んでいた。

「目が覚めたか?」

和也は彼女が目を開けるのを見るなり、身を乗り出した。

「大丈夫か?」

雨子は何も言わず、ただ静かに彼を見つめた。

その視線に、和也は少し居心地悪そうに息を吐く。

「雨子……美月のこと、お前が怒っているのはわかってる。でも、あいつは離婚したばかりで、今はすごく繊細なんだ。

お前があの子に手を上げるべきじゃなかった。あの子もわざとお前に物を投げつけたわけじゃない。もう俺がきつく叱っておいたから、これで終わりにしよう」

雨子は心の中で小さくため息をついた。

叱った?

また子どもをあやすみたいに、軽く言葉をかけただけなのだろうか。

彼の口ぶりからして、リビングの監視映像はもう確認したに違いない。

それでも彼は、美月をかばうことを選んだ。

雨子はずっと沈黙したままだった。

何を言えばいいのか分からない。いや――何を言っても、きっと意味がない。

ただ、ここでの最後の二日間を静かに過ごしたいだけだ。

けれど残念なことに、美月はどうやら、そのまま引き下がるつもりはない。

ノックもせず、美月が部屋に入ってくる。そのまま真っすぐ雨子のベッドのそばまで来て、彼女の腕にしがみついた。

雨子は反射的に押しのけようとしたが、全身に力が入らなかった。

「雨子さん、約束してくれてありがとう!」

美月は顔を上げ、涙に濡れた瞳で感謝を込めて見つめてくる。

雨子は呆然とし、ただ戸惑うばかりだった。

――自分、いったい何を約束したっていうの?
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