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孤独な夜

Autor: 影畑凛星
last update Fecha de publicación: 2026-04-10 11:22:46

涼が3日連続で深夜の帰宅だった。

唯は広いダイニングテーブルに一人で座り、静かに箸を動かしていた。

今日の献立は涼の好きな煮魚、野菜の煮物、豆腐の冷奴、そして白米。

どれも温め直しが効くよう、味付けを少し濃いめにしている。

時計の針はすでに夜の九時を回っていた。

唯はスマホをチラリと見るが、涼からの連絡は一切ない。

「今日は遅くなる」という朝の一言だけが、昨日の記憶に残っている。

ため息をつきながら、唯は味噌汁を一口飲んだ。

味は悪くないはずなのに、なぜか喉を通っていかなかった。

テレビをつけると、賑やかなバラエティ番組の笑い声が部屋に響いたが、唯の心はどこか遠くにあった。
「羨ましいわね、唯ちゃんの生活。セレブ妻で毎日楽そう」

昨日の夜、親友の美咲から届いたLINEの言葉が頭をよぎる。

唯は苦笑いしながら「うん、幸せだよ」と短く返信したことを思い出した。

本当の気持ちなど、誰にも言えなかった。

唯はフォークを置き、窓の外の夜景をぼんやりと眺めた。

黒崎家のリビングは高層マンションの最上階にあり、街の灯りが宝石のように輝いている。

でもその美しさは、唯の胸に何も響かなかった。

「この家、広すぎる……」

結婚して三年。

最初は「素敵なお家」と嬉しかったこの空間が、今ではただの広い箱のように感じる。

涼の気配がほとんどない夜は、特にそうだった。

唯は立ち上がり、キッチンへ向かった。

冷蔵庫を開け、デザートのフルーツポンチを取り出す。

涼が帰ってきたときに食べられるよう、今日もちゃんと作っておいた。

でも、きっとまた電子レンジで温め直して、一人で食べるのだろう。
そのとき、インターホンが小さく鳴った。唯は少し驚いて玄関へ向かった。

宅配の時間はとうに過ぎている。

ドアを開けると、いつもの宅配ボックスに小さな包みが置かれていた。

差出人は「匿名」。

中を開けると、優しい香りのアロマキャンドルと、心地よいハーブのブレンドオイルが入っていた。

唯が以前、雑誌で「リラックス効果が高い」と見たブランドのものだった。

「……また?」

唯は首を傾げた。

先日届いた高級ハーブティーに続き、今回も送り主がわからない。

会社からの福利厚生だろうか? それとも……。

唯はキャンドルに火を灯し、リビングのテーブルに置いた。

柔らかな炎と、ほのかに漂うラベンダーの香りが、静かな部屋を少しだけ優しく包んだ。

「誰かが、私のことを気にかけてくれているのかな……」

そんな淡い思いが胸をよぎったが、唯はすぐに首を振った。

まさか、そんな都合のいい話があるはずがない。

きっと単なる誤配達か、涼の会社の誰かが適当に送ったものだろう。

唯は再びテーブルに戻り、冷めかけた夕食を一口ずつ食べ続けた。

テレビの音だけが響く中、唯の心は静かに沈んでいった。
「涼さん……今日は、何時に帰ってくるんだろう」

呟いても、答えは返ってこない。

唯はスマホを手に取り、涼に短いメッセージを送ろうか迷ったが、結局やめた。

「遅くなる」と言われたら、それ以上は何も聞かないのが、この家の暗黙のルールだった。

夜十時半を過ぎても、玄関の鍵が開く音はしなかった。

唯は食器を片付け、キッチンを綺麗に拭いた。

フルーツポンチはラップをして冷蔵庫へしまい、アロマキャンドルの火をそっと消した。

寝室に入り、ベッドに横になる。

隣のスペースはまだ冷たく、涼の枕には彼の匂いすらほとんど残っていなかった。

唯は天井を見つめながら、今日も一日を振り返った。

朝の完璧な朝食、義母からの冷たい言葉、記念日の残り香、そして一人きりの夕食。

すべてが、静かに心を削っていく。

「このままじゃ……本当に壊れてしまいそう」

小さな声が、暗い寝室に溶けていった。

 

◇◆◇

 

その頃、黒崎グループ本社。

高倉櫂はデスクの上で唯のことを考えていた。

今日も涼のスケジュールは深夜まで埋まっており、唯がまた一人で夜を過ごしているだろうことが容易に想像できた。

櫂は静かにため息をつき、唯の体調や精神的な負担を気遣う気持ちを、胸の奥に押し込んだ。

彼は涼に10年仕え、秘書として忠実に働いてきた。

結婚中、決して一線を越えない——それが櫂の自分に課したルールだった。

ただ、陰で少しでも唯の孤独を和らげられればと思い、今日もアロマキャンドルを匿名で手配した。

唯があの香りに少しでも癒されることを、櫂は静かに願っていた。

 

◇◆◇

 

黒崎家では、唯がベッドの中で目を閉じていた。

「明日も……頑張ろう」

そう自分に言い聞かせながら、唯はゆっくりと眠りについた。

でも、心のどこかで、今日も「頑張ったね」と自分を慰める声が、少し虚ろに響いていた。

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