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第104話

Author: 小円満
ちょうどそのとき、高司の助手・亮介がこちらへ歩いてきて言った。

「優子さん、ここにいらしたんですね。探しましたよ!お聞きしたんですが、ピアノにお詳しいようですね。今日お呼びしていたピアニストが飛行機の遅延でまだ到着していなくて……もしご都合よければ、舞踏会が始まるときに一曲お願いできませんか?」

「えっ……」

優子は明らかに乗り気ではなく、断るように言った。「ごめんなさい、最近仕事が立て込んでいて、しばらくピアノを練習していなくて。それに、最近手首を腱鞘炎で痛めちゃってて、とても弾けそうにありません」

「そうですか……」

亮介は困ったように眉を寄せたが、それ以上強引には出なかった。

この晩餐会の舞踏曲は、ピアニストと楽団が生演奏する決まりだ。ピアニストがいなければ、仕方なく音源を流すしかない。それではどうしたって気の抜けた印象になってしまう。

だからこそ、亮介は頭を抱えていた。

優子が断った以上、また会場中を回って代わりの人を探すしかない。

亮介が去っていったあと、義母の声が耳に飛び込んできた。

「神崎家って、ほんと空気読まないわね!うちの優子は大スターよ?それでピアノ弾を弾かせて場を盛り上げろなんて、私たちを何だと思ってるの!」

優子の母は鼻高々に言う。「今の優子のランクなら、出演をお願いするのに半年は前から押さえないと無理よ。神崎家ってほんと、自分たちの立場を分かってないわ!」

ただひとり、時生だけが淡々と優子に向かって言った。「さっき、引き受けておけばよかったのに。ちょっと調べれば分かるだろう?神崎家が帝都でどういう存在か」

明彦が不満そうに妹をかばう。

「時生さん、それは言いすぎだよ!まさかうちの妹を、あんたのコネづくりの駒にでもするつもり?神崎家がどれだけすごかろうと、いまは潮見市なんだから、ここはあなたの縄張りでしょ!」

その瞬間、私はふと思い出した。

以前、高司がひと言発しただけで、時生との取引があっさり打ち切られ、彼が頭を抱えていたこと。そのことを思えば、神崎家の立場が黒澤家より上だということは、明らかだった。

時生は抜け目がなく、状況判断も早い。神崎家との縁をつなぎたいと思うのは当然だ。

ただ、津賀家の人たちはあまりにも視野が狭く、その利害が全く見えていない。

そんなとき、晴人が足早にこちらへ来て言った。「亮介
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