Masukそのボディーガードは私に触れるより先に、突然悲鳴を上げ、私の横に激しく倒れ込んできた。驚いて顔を上げた瞬間、心臓がぎゅっと縮む。晴臣が来た。しかも一緒に現れたのは、なんと高司だった。里桜は床にうずくまり、服はすでに引き裂かれて原形をとどめておらず、ほとんど裸同然だった。それに比べて私はまだ服は着ていたが、首元が破れたニットから大きく肌が露わになり、口元には血がにじんでいて、みすぼらしさは彼女と大差なかった。私の姿を見た瞬間、高司のいつも穏やかな目に、鋭い怒りが一瞬よぎった。彼はすぐにスーツを脱いで私にかけ、ゆっくりと体を支えて立たせてくれた。その隣には、晴臣もいる。里桜は全身が青あざだらけで、口元は血だらけ、見ていられないほどひどい状態だった。晴臣の体がかすかに震えた気がした。彼も高司と同じように上着を脱いで里桜にかけ、そのまま横抱きにして近くの椅子にそっと下ろした。周りの目も気にせず、赤く腫れ上がった彼女の頬にそっと触れ、小さな声で言う。「ごめん、遅くなった」それから振り返り、里奈の前に歩み寄って問いかけた。「君がやったのか?」里奈は顎を上げ、強気に言い返す。「それがどうしたの? 外で女囲ってるくせに、まだ文句あるの? 今日この女をズタズタにしなかっただけでも、私が優しいって思いなさいよ!」言い終わるか終わらないかのうちに、晴臣は彼女の頬を平手で打った。里奈は目を見開く。「晴臣、あなた私を叩いたの!?」里奈は彼を指差しながら叫ぶ。「自分が今の立場にいるのは誰のおかげか忘れたの? うちの桐生家がなかったら、あなたなんてとっくに継母と弟に食い物にされて、骨も残らなかったはずよ! あなた……」言い終える前に、晴臣は彼女の顎をぐっと掴み、一語一語かみしめるように言った。「里奈、君さ、自分が本当に江城家の奥さんだと思ってるのか?」里奈の顔色が変わり、さっきまでの勢いは一気にしぼんだ。彼女の後ろにいたボディーガードたちも震えている。というのも、そのとき晴臣の視線が彼らに向けられていたからだ。「里桜に手を出したやつ、前に出ろ!」怒鳴り声が響くが、ボディーガードたちは顔を見合わせるばかりで、誰一人として一歩も前に出ようとしない。そのとき、警察がやって来た。だが高司はそのまま入口に歩いていき、彼らを
「行くよ!みんなにその尻軽な顔、よく見せてやりなさい!」まだスタッフが完全に散っていない撮影現場で、騒ぎを聞きつけた人たちが次々と集まってきたが、誰一人として止めに入ろうとはしなかった。里奈は足を止め、振り返って後ろのボディーガードに命じた。「こいつの服、全部剥がして!男を誘惑するのが好きなんでしょ?今日は思う存分やらせてあげる!」里桜はようやく事の深刻さに気づき、完全に取り乱して、もがきながら私たちに向かって泣き叫んだ。「梨英さん!昭乃さん!お願い、助けてください!」里奈は冷たく笑い、上から見下ろすように私たちを睨む。「今日、余計なことするやつがいたら、まとめて脱がせるから。やれるもんならやってみなさい!」梨英は怒りで顔を真っ青にし、飛び出そうとしたが、私はとっさに腕をつかんで止めた。「今は味方がいない、行っても無駄ですよ」声をひそめて、早口で言う。「梨英さんはすぐに現場の警備に連絡してください。私は警察に通報します。別れて動きましょう」梨英はうなずき、私たちは混乱に紛れてそっと事務室へ戻り、ドアに鍵をかけた。私はすぐにスマホを取り出し、警察に通報した。ドアの外から聞こえる里桜の悲鳴に、怒りと焦りで胸が締めつけられる。通話を切ると、急いで事務室を飛び出した。その瞬間、目の前の光景に頭が真っ白になった。布が引き裂かれる音と、里桜の泣き叫ぶ声が、がらんとした撮影現場に異様に響き渡っている。ボディーガードの一人が里桜の足をいやらしく触りながら、下品な言葉を吐き捨てた。「くそ、柔らけえな。晴臣社長もいい思いしてるじゃねえか!」里奈はスマホを構え、レンズをぐっと近づけて、その口元には深い笑みを浮かべていた。冷静でいるべきだと分かっていた。けれど、里桜の服が今にも剥ぎ取られそうなその光景を見て、ついに我慢できなくなった。同じ女として、不倫相手の存在が許せない気持ちは分かる。けれど、あの「江城夫人」のやり方、立場の力で人の尊厳を踏みにじるその歪んだ振る舞いには、背筋が寒くなった。私はスマホを掲げて言った。「もう警察に通報しました!この現場、監視カメラだらけですよ。あなたたちのやってること、全部はっきり記録されてます!」その言葉に、手を出していたボディーガードたちの動きがぴたりと止まり、目に迷いがよぎる。
撮影現場の入口に着いたばかりで、スタッフたちが機材の片付けに追われているのが目に入った。ちょうどそのとき、里桜が衣装を脱いで戻ってきたところだった。メイクもほとんど落ちた顔にはクランクアップの喜びがあふれていて、手にはさっき受け取ったばかりの花束をしっかり握っている。「昭乃さん!どうして来たんですか?」私に気づくと、彼女はぱっと笑って小走りで駆け寄ってきた。撮影の余韻なのか、まだ生き生きとした空気をまとっている。私が口を開く前に、彼女は自然に腕を伸ばして私を抱きしめ、心からの声で言った。「この脚本、本当にすごくて……演じるたびに楽しくて仕方なかったです。こんな機会をくれて、ありがとうございます!」返事をしようとしたそのとき、顔を曇らせた梨英がこちらに歩いてくるのが見えた。後ろには助手もついている。里桜は彼女のほうへ行き、少し甘えるように冗談めかして言った。「梨英さん、どうして打ち上げ中止にしちゃったんですか?こんなに頑張ったんだから、せめて最後にみんなでご飯くらい食べたいですよ〜」梨英はその言葉を無視し、冷たい表情のまま隣の控室を顎で示した。「中に来て。話がある」里桜は一瞬きょとんとしたが、目に小さな戸惑いを浮かべつつも、私たちと一緒に部屋へ入ってきた。ドアが閉まるや否や、梨英はバッグから封筒を取り出す。そして、それを「パシッ」と里桜に投げつけた。声には抑えきれない怒りがにじんでいる。「これ、ちゃんと見て説明して」里桜はためらいながら封筒を手に取り、中の写真を引き抜いた。ほんの数秒で、その顔色は驚きから真っ青へと変わった。写真を握る指先は震え、呼吸も乱れている。私と梨英は目を合わせ、胸の奥に残っていたわずかな期待も消えた。どうやら本当らしい。取り乱す里桜の様子を見て、私は思わず思った。一見無邪気で大らかに見えるこの子も、結局は優子と同じだ。優子は時生に頼り、里桜が頼っているのは晴臣。里桜は何も言わず、震える手でスマホを取り出した。何度も番号を押し間違えながら、ようやく晴臣に電話をかける。相手が出たらしく、彼女は震える声で言った。「誰かが……私とあなたの写真を、撮影現場に送ってきて……内容が……かなり過激で……」そこまで言いかけたとき、控室のドアが突然、乱暴に蹴り開けられた。入ってきたのは、晴
言い終えると、高司はもう私を一度も振り返らず、そのままドアを開けて出ていった。冷たい風が夜の気配を巻き込みながら流れ込み、ドアは「カチッ」と音を立てて閉まる。ようやく沙耶香と再会できた喜びも、心菜を失ってしまうかもしれないという不安に、あっという間にかき消された。私はその場に立ち尽くしたまま、結局わからなかった。――いったいどれが、本当の高司なのだろう。……翌朝。心菜はぼんやりと目を開け、沙耶香が戻ってきているのを見て、びっくりした。目をこすって何度も確かめたあと、嬉しそうに声を上げる。「沙耶香!いつ……いつ帰ってきたの?」沙耶香は髪をとかしながら、にこにこと答えた。「昨日の夜、高司おじさんが送ってくれたの。ぐっすり寝てたから、起こさなかったよ」心菜は大喜びで、朝ごはんのとき、自分の大好物のエビ煎餅を全部沙耶香にあげてしまった。沙耶香は戸惑いながら言う。「心菜、こんなに食べきれないよ!」「いいから食べて!」心菜がこういうときは、時生にそっくりだ。「全部食べて!じゃないと、怒るよ!」私は苦笑して首を振り、沙耶香に言った。「無理しなくていいよ。食べきれなかったら、私が食べるから」すると心菜は慌てて言った。「じゃあ返して!私が食べる!まだ足りてないんだから!」そのやり取りを見ながら、私は心から幸せだと思った。――ただ、この幸せが、あとどれくらい続くのかはわからないけれど。幼稚園へ向かう車の中、心菜と沙耶は後ろの席に並んで座り、ずっとおしゃべりを続けていた。ふと心菜が何かを思い出したように言う。「そういえばさ、あの日ママに連れていかれたあと、叩かれたりしなかった?」沙耶香は首を横に振り、少し無邪気な口調で答えた。「ううん。おじいちゃんとおばあちゃんの家に送られただけ」しかし少し間を置いてから、しょんぼりとうつむく。「ただ……おじいちゃんたちも、あんまり私のこと好きじゃないみたい」心菜はすぐに眉をひそめ、手を伸ばして沙耶香の肩をぽんと叩いた。どこか頼もしい調子で言う。「そんなの気にしなくていいよ!私とママが好きならそれで十分!これからはうちの仲間ね!」そう言ってから、私に尋ねた。「沙耶香って、もうママのところに戻らなくていいんでしょ?」私は一瞬言葉に詰まり、少し弱い声で答えた。「うん……し
沙耶香の小さなリュックは、肩に斜めがけされたままだった。初めて会ったときと変わらない。ただ、あのうさぎのチャームだけがなくなっている。胸の奥がツンと痛み、喉元までせり上がっていた不安がすっと落ちていく。気づけば目の奥がじんわり熱くなっていた。「沙耶を送り届けた。ちゃんと面倒見てやれ」彼の声は、夜風のようにひんやりしているのに、どこか落ち着いていて頼もしかった。私は高司を見つめ、喉が詰まりながら「……ありがとうございます」と、かすれた声でつぶやいた。彼は手を上げ、指先でそっと私の目の下の涙をぬぐった。その仕草には、どこか抑えた優しさがにじんでいる。思わずその手を避けて、体をずらし、彼と沙耶香をリビングへと通した。私はしゃがみ込み、沙耶香をぎゅっと抱きしめると、頭から足先まで確かめるように見回して尋ねた。「沙耶、誰かにいじめられたりしてない?」沙耶香は何もわかっていない様子で、にっこり笑って小さな八重歯をのぞかせる。「昭乃おばさん、誰にもいじめられてないよ!高司おじさんがね、会いたがってるって言って、こんな夜なのにパパに送ってもらったの!」そう言ってから、不思議そうに私を見上げる。「昭乃おばさん、どうして泣いてるの?」「ううん、なんでもないの……ただ、沙耶に会いたくて」私は鼻をすすり、涙をぐっとこらえて、沙耶香の肩に手を添えて立ち上がった。高司に目を向けると、彼もこちらを見ていた。しかし、視線がぶつかった瞬間、その深い瞳はすぐに逸らされた。そのとき、沙耶香があくびをひとつした。もうこんな時間なんだ、とようやく気づく。「眠い?」とやわらかく聞く。沙耶香は目をこすりながらうなずいて、「心菜は?もう寝てるの?」と尋ねた。私はうなずいた。沙耶香はもう一度あくびをして言う。「じゃあ、私も寝るね。そーっと行くから、起こさないよ」こんなにいい子を、あのとき見捨てなくて本当によかった。もしあのまま手放していたら、きっと一生後悔していたと思う。そうして沙耶香は、足音を忍ばせながら心菜と一緒の寝室へ入っていった。リビングには、また私と高司、二人きりが残る。あの夜のようにここに留まることはなく、彼はあっさりと「もう行く」と言った。立ち去ろうとしたそのとき、私は思わず声をかけてしまう。「桐生家には…
高司は椅子の背にもたれ、冷たい声で言った。「よくそんなこと聞けるな。だったら自分で沙耶香を桐生家から連れ戻してみろよ。こんなに長い間、君は里奈と中途半端なまま引きずって、今になっても何の結論も出てない。あの子が君についてるなんて、ただの苦労だ。どうしても無理なら、その養子縁組の契約、変更できないか見直せ。昭乃のところにいたほうが、まだましだ」晴臣は少し間を置いてから言った。「あの日、里奈が沙耶香を連れて行ったときから、俺はずっと桐生家を見張らせてる。あいつらがあの変態ジジイに沙耶を差し出そうなんてしたら、絶対に俺が止めるつもりだった。でもまさか、君がこんなに早く動いて、先に首を突っ込んでくるとはな」高司はその言葉に苛立ち、こめかみがぴくぴくと動いた。「今さらそんな後出しの言い訳して、何になる? もっと早く動けただろ!」電話の向こうで、晴臣はふっと笑った。どこかからかうような口調だった。「なあ、昭乃さんに連絡されたんだろ? 俺のこの動き、ある意味君にチャンスを作ってやったってことじゃないか? 彼女の前でいい顔できるようにさ。沙耶を助けるためにここまでやったって知ったら、感動して泣き崩れて、そのままなんでも君の言うことに従うんじゃないのか?」高司は眉をきつく寄せ、低く言った。「そういえば聞き忘れてた。君、あいつに何を吹き込んだ?」晴臣は一瞬言葉に詰まり、とぼけたように返す。「いやあ、いろいろ話したけど? どのことを言ってるんだ?」「これからは、俺のことに首を突っ込むな」高司の声にはわずかな怒気が混じっていた。「もう一度でもあいつの前で余計なことを言ってみろ。本気で縁を切るぞ」そう言い終えると、晴臣の返事を待たずに電話を切り、スマホをテーブルに放り投げた。目の奥にはまだ消えない苛立ちが残っている。……夕方、私は心菜を迎えて家に帰ったけど、二人とも食欲がなかった。適当にうどんを作って、心菜は食べ終わると部屋にこもってレゴを組み始めた。私はというと、ずっと高司からの連絡を待っていた。気がつけば、もう日付はとっくに回っていて、深夜十二時を過ぎてもスマホは静まり返ったまま。どうしても落ち着かなくて、頭の中でいろんな可能性が次々に浮かんでくる。高司は気が変わったんじゃないか? 沙耶香はもうあの変態に渡されてしまったんじゃないか
私は彼女の芝居に付き合う気にもなれず、時生にそのまま聞いた。「あなた一体、病院に行くの?行かないなら、私は一人で行くから」そのとき、心菜が時生の首に腕を回して抱きつき、甘えた声を出した。「パパ、もうずっとママと私と遊んでくれてないでしょ!今日は週末なんだし、一日くらい一緒にいてよ!」時生の目には、娘を気遣う優しさがにじんでいた。「パパ、今日はちょっと用事があるんだ。終わったらすぐに一緒に遊ぶから、いい子にしてて?」「やだもん!今がいいの!ママは泣いてるんだよ?パパがちゃんと慰めてあげなきゃダメ!」心菜はそのまま時生の首にしがみついて離れない。私は口元を引きつらせただけで、最
このセリフ一つひとつが、話題を沸騰させる火種を抱えていた。瞬く間に、雅代のライブ配信の視聴者数は数千人から数千万人へと急増した。コメント欄は凄まじい勢いで流れていく。雅代は涙ながらに訴えた。「うちの娘も息子も、昭乃にめちゃくちゃにされたのよ。今になって、夫まで昔の愛人とよりを戻そうとしているの」優子のファンが私と母のことを罵っている一方、冷静なファンも少しはいる。【いやいや、さすがに話がドラマすぎるでしょ!息子さんは自業自得じゃないの?植物状態のお母さんがどうやって男を誘惑すんのよ?】すると雅代は古い写真を何枚も取り出した。「見て、私たちが結婚して間もない頃、彼の母親がうち
彼はいったい、誰を侮辱しているつもりなの?私は悔しくて彼をにらみつけ、外を指さした。「出てって!」時生は動かず、逆に聞いてきた。「これからどうするつもりだ?」「婚姻届受理証明書をそのまま出すわよ。一言も説明しなくても、みんな全部理解する」そう言い終えた瞬間、時生の目が鋭く光った。低い、不満を隠さない声で言う。「ライブ配信を始めたのは優子の母親だ。優子とは関係ない。証明書を出して何が証明できる?」私は鼻で笑った。「優子こそが浮気相手で、あの雅代が全部嘘をばらまいてるって証明できるじゃない」「昭乃、やめておいたほうがいい」時生は一語ずつ区切るように言った。「最近、黒
私はふと気づいた。もう、こういう言葉は私を傷つけなくなっている、と。何度も同じ罵りを繰り返しているだけで、読むのも飽き飽きした。もうこれ以上スクロールする気にもなれない。そのとき、スマホが鳴った。母が入院している病院からだった。胸がざわつき、すぐに電話に出た。すると、医者の重々しい声が聞こえた。「昭乃さん。今朝、黒澤グループのほうから二人担当者が来まして、お母さんが使っている機器に不具合の可能性があるから、再検査とメンテが必要だと言いまして。今、その機器は停止しています」「……え?」心が、音を立てて落ちていく。あの機器は、ずっと何の問題もなかった。どう見ても







