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第390話

Author: 木真知子
「さすがだね、栩兄。でも、ちょっと遅かったかな?」

桜子は笑みを浮かべながら、眉を軽く上げて言った。

「これでも早い方だろ!それに、なんで檎に頼まなかったんだよ?こういう裏仕事、彼が一番得意じゃないか。やっぱり、専門家に任せるべきだよ」

栩は不満そうに文句を言う。

「数日前に連絡したけど、今は重要な任務中で忙しいみたい。邪魔するわけにはいかないわ」

桜子は肩をすくめながら、さらりと答えた。

「でも桜子、君だって十分腕が立つじゃないか。確か、君のハッキング技術は檎にも負けないんだろ?君がやってれば、昨日のうちに解決してたんじゃないのか?」

樹が首をかしげながら、疑問を投げかける。

桜子は大きく欠伸をして、肩をすくめた。

「だって......めんどくさいんだもん」

「......」

栩は黙り込んだ。

自分が『便利な兄』扱いされていることに気づき、なんとも言えない気分になった。

桜子はモニター画面を見つめ、Twitterアカウントの内容をじっくりと確認した後、冷笑を浮かべた。

「へぇ......この記者、正義感が溢れてるみたいね。普段は猫や犬の喧嘩なんかの記事を書いてるくせに、急にうちのホテルの結婚式を晒すなんて、どう考えてもおせっかいが過ぎるでしょ」

「桜子、つまり誰かに頼まれて動いたってこと?」

樹は眉をひそめて尋ねる。

「頼まれたっていうより、金をもらって動いたんでしょ。記者って自分の専門分野があるから、普通なら芸能ネタなんて触らないのに」

桜子は画面に映る「優花」という名前を見つめながら、小さく呟いた。

「優花......優花......この名前、どこかで見たことがある気がするけど......」

突然、桜子の目が輝き、表情が一変した。

「分かった!この人、成谷の娘よ!」

「成谷?誰それ?」

栩はぽかんとした表情で聞いた。

「昔、お前がクビにして、その後、刑務所送りにした元副部長だよ」

樹は楽しそうに眉を上げながら答えた。

「そう!その人の娘!」

桜子は記憶を遡り、成谷に関する資料を思い出していた。

「もし彼女がやったことなら、まぁ納得がいくわね」

「そりゃ納得だよな。だって、君のせいで彼女の父親は破滅して刑務所行きだもんな。社会面トップに載せら
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