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第67話:太陽の嵐

Author: 秦江湖
last update publish date: 2026-11-05 12:18:55

地下工房の重い鉄扉が、勢いよく開け放たれた。

「Bonjour! ここが噂の『BLANC』? 想像していたよりずっと素敵じゃない!」

静かな地下工房に、場違いなほど軽快で、高らかな声が響き渡った。 現れたのは、写真で見た通りのプラチナブロンドをゆるやかに波打たせた美女、エミリア・クロードだった。鮮烈なカナリアイエローのジャケットを羽織り、自由奔放な風を纏って、迷いのない足取りで階段を降りてくる。

真白は、息を呑んで彼女を見つめた。 悪意など微塵もない、ひまわりのように爛漫な笑顔。だが、エミリアがその胸元に飾っていた大きなブローチが、真白の目を強烈に奪った。 アメシスト、シトリン、トパーズ、そして不揃いなサファイア。色も形も、まるで意志を持って喧嘩しているかのような多色使い。それでいて、全体として一つの爆発的な調和を生み出している。 伝統を真っ向から破壊するようなアシンメトリーと、圧倒的な色彩の暴力。それが、彼女の自作であることは、一目でわかった。 真白は、その作品から放たれる天賦の才のきらめきに、胸を突かれるような衝撃を覚えていた。

「あなたが白河真白? やっぱりね、創るジュエリーと
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  • 冷酷総帥の身代わり花嫁 〜植物状態のはずの億万長者に溺愛され、私を見捨てた偽りの家族を地獄に落とします〜   第68話:光の多重奏

    嵐のようなエミリアの襲来から二日後、パリ国際デザイン・ビエンナーレ日本代表選考の第一次課題が正式に通達された。――課題テーマ:『光の多重奏(ポリフォニー)』。単一の宝石の美しさに頼ることを禁じ、三種以上の異なる鉱物を組み合わせ、互いの輝きを殺すことなくひとつの小宇宙へと調和させること。 それは、色彩の配置、硬度の差を埋める留め構造、屈折率の異なる光の響き合いなど、ジュエリーデザインにおける総合的な力量を冷酷に炙り出す難題だった。「多重奏……」地下工房のアンティーク彫金机の上には、幾枚ものトレーが並べられていた。 サファイア、ルビー、トパーズ、エメラルド、ペリドット。 真白はピンセットで石をつまみ、デザイン画の上に並べては、深く眉をひそめる。「駄目だわ……」単一の青翡翠であれば、石の持つ歪みや色むらを「命の息吹」として掬い上げることができた。 だが、複数の石を合わせようとすると、途端に色同士が主張し合い、互いの長所を打ち消してしまう。色を合わせれば無難で退屈なグラデーションになり、冒険すれば悪趣味な玩具のようになってしまうのだ。シャッ、シャッ、と消しゴムをかける手が擦れる。 紙はすでに毛羽立ち、ゴミ箱には丸められたスケッチが山を成していた。(エミリアなら……あの胸元のブローチのように、鮮烈で自由な色をいとも簡単に選ぶんだろうか)脳裏をよぎるのは、あのカナリアイエローのジャケットと、眩しいプラチナブロンド。 悪意など微塵もなく「欲しいものは全部手に入れる」と言い切ったあの瞳の強さ。 焦燥が、胸の奥でじくじくと熱い澱となって沈殿していく。――スッ、と指先から鉛筆が抜き取られた。「あ……」顔を上げると、いつの間にか階段を降りてきていた蓮が立っていた。 上着を脱ぎ、ワイシャツの袖をまくったその姿は、相変わらず冷ややかな威厳を放っている。だが、真白を見下ろす瞳の奥には、過熱した頭を鎮めるような深い静けさがあった。「机の上が戦場のようだな」「黒羽さん……すみません。どうしても、石たちが喧嘩してしまって。調和させようとすればするほど、どれも死んだ石になってしまうんです」「当たり前だ」蓮は抜き取った鉛筆を机の上にカチリと置いた。「お前は他人の顔色を窺うように石を並べている。調和とは、互いに遠慮し合い、妥協することではない」「妥協……?」「自然界

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    「……次は、『BLANC』白河真白代表、前へ」厳かな声に背筋を正し、真白は一歩壇上へと歩み出た。 視界の端では、七色のサファイアの余韻に酔いしれる審査員団の興奮がまだ冷めやらずに残っている。その熱狂の只中で、審査員席の最前列に座る一条麗華だけが、微動だにせず、氷のように研ぎ澄まされた視線を真白へ注いでいた。真白は黒いベルベットの覆いに手を掛け、静かに息を吸い込んだ。「これが、私の『光の多重奏』です」覆いが外された瞬間、スポットライトを浴びて現れたのは――エミリアの放った華美な閃光とは対照的な、息を呑むほど静謐なネックレスだった。題名は『朝露のグラデーション』。 中心に据えられたのは、淡い青紫を帯びた小粒の糸魚川翡翠。その周囲を、氷のようなアクアマリン、朝靄の光を宿したトパーズ、そしてごく淡いペリドットが取り囲んでいる。 石同士は決して同じ主張をせず、互いのエゴをぶつけ合いながらも、日本の深い森の夜明けに滴る「朝露」の一瞬を切り取ったかのように、幽玄な陰影を織りなしていた。「……美しい。極細のプラチナ枠が見事に石の輪郭を引き締め、光が互いの色を殺さずに重なり合っている」 「派手さこそないが、鉱物の持つ静かな息遣いが聞こえてくるようだ」審査員たちから感嘆の声が漏れる。 真白の胸に安堵が広がりかけた――だが、次の瞬間、欧州から招聘された特別審査員が顎に手を当て、淡々と口を開いた。「確かに極めて高度な職人技だ。だが……エミリア氏の放った『現代アートとしての圧倒的な革新性と爆発力』と並べたとき、この静けさは、世界の広い会場で埋もれてしまわないだろうか?」その言葉に、審査員席の空気がわずかに揺らいだ。 伝統的な工芸としての完成度は完璧。だが、世界最高峰のビエンナーレという「巨大な舞台」を想定した際、エミリアの放った太陽のような色彩の暴力に比べ、真白の光はあまりにも繊細で、小さく見えてしまうのではないか――という懸念だった。審査が終了し、別室で行われた第一次選考の開票結果がボードに掲示された。――首位通過:一条麗華。 ――二位通過:エミリア・クロード。 ――三位通過:白河真白。通過は果たした。だが、エミリアの後塵を拝したという事実が、真白の胸に冷たい棘のように突き刺さった。控室へ戻る廊下。一人佇む真白の背後に、蓮の重厚な足音が響いた。「……黒羽さん。

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    表参道の『BLANC』新本店が軌道に乗り始めた矢先、宝飾界の勢力図を根底から揺るがす特大のニュースが列島を駆け巡った。――パリ国際デザイン・ビエンナーレ、日本代表選考会の開催決定。 世界各国のトップジュエラーが一堂に会し、国家の威信と審美眼を競い合う世界最高峰の舞台。その本戦への切符は、日本からはわずか「二枠」しか用意されていなかった。一枠は、長年日本の美を背負ってきた絶対の女王・一条麗華の選出が確実視されている。 となれば、残る最後の一枠を巡り、新進気鋭のジュエラーたちが血で血を洗う選抜戦を繰り広げることになる。その最右翼として、一条麗華に「生涯唯一の好敵手」と言わしめた真白の名が、業界紙のトップを飾っていた。「世界、か……」新本店の地下工房。真白は、一条麗華から贈られたヴィンテージの彫金机に両手を置き、深呼吸した。 机の奥には、海外から取り寄せた希少鉱物の標本がずらりと並んでいる。 糸魚川の青翡翠で学んだのは、石の歪みや傷すらも命の証として愛し、引き出すこと。だが、世界基準の審美眼に挑むとなれば、それだけでは足りない。硬度も結晶構造も異なる多種多様な世界の鉱物を、自分の手足のように理解する必要があった。真白は指の火傷の痕を庇いながら、顕微鏡を覗き込み、徹夜で鉱物の劈開面(へきかいめん)のスケッチを描き連ねていく。――コンコン、と重厚な靴音が階段を降りてきた。「朝まで籠もるなと言ったはずだが」白檀の微かな香りを纏い、蓮が現れた。 だが、その端正な顔立ちには、いつもの冷徹な落ち着きとは異なる、微かな険しさが張り付いている。「黒羽さん。……何かあったんですか?」真白がペンを置いて顔を上げると、蓮は無言のまま、手挟んでいた海外の業界誌を机の上に広げた。「選考会の勢力図が変わった。……最後の一枠を巡る争いは、国内のデザイナー同士の小競り合いではなくなったぞ」雑誌の紙面には、燃えるようなプラチナブロンドの長い髪をなびかせ、悪戯っぽく微笑む若き美女の写真が大きく掲載されていた。『――パリ宝飾界の神童、エミリア・クロード。電撃の日本国籍取得とビエンナーレ選考会への緊急参戦決定!』「エミリア・クロード……?」「日仏ハーフの二十二歳。老舗クロード・メゾンの総帥の愛娘であり、十代でヴァンドーム広場のコンクールを総なめにした天才だ。伝統に囚われない色彩感

  • 冷酷総帥の身代わり花嫁 〜植物状態のはずの億万長者に溺愛され、私を見捨てた偽りの家族を地獄に落とします〜   第65話:永遠の誓約

    ペントハウスのテラスを吹き抜ける風が、かすかに契約書の端を震わせた。 破棄する、という蓮の硬質な言葉。その真意を測りかね、真白の喉の奥がきつく引き絞られた。「破棄……って、黒羽さん、私は……」身代わりとしての役目が終わったなら、この居場所からも去らなければならないのか。胸の奥に冷たい棘が突き刺さる。 だが、蓮は何も言わず、テラスに備え付けられたバイオエタノールの暖炉へと歩み寄った。静かに揺らめく蒼白い炎。 蓮は迷うことなく、自らの手でその書類を火の中へと差し入れた。「あっ……!」紙の端が赤く燻り、やがて炎が紙面を舐め尽くしていく。 『身代わり婚姻契約書』――白河宗助への復讐と、偽りの夫婦を演じるために交わされた紙切れは、真白の目の前で音もなく灰へと変わり、夜風に吹かれて宙へと散っていった。「……これで、終わりだ」蓮が暖炉の前から振り返る。その相貌には、冷徹な取引相手としての影は微塵も残っていなかった。 漆黒の瞳に灯るのは、どこまでも深く、熱い、一人の男としての意志。「利害関係も、偽りの名目も、すべて灰にした。……俺が欲しかったのは、従順な身代わりの妻ではない」蓮は長い足で真白の前へと歩み寄り、膝をついた。 あの傲岸不遜で、誰の前にも頭を垂れたことのない黒羽グループ総帥が、夜空の下、真白の前にただ一人の男として跪いている。 蓮はポケットから、小さなベルベットの小箱を取り出した。 パチン、と開かれた箱の中央で瞬いたのは――純白のプラチナに抱かれた、奇跡のように澄み渡る大粒のブルーダイヤモンド。真白がかつて糸魚川の激流で掴み取った青翡翠を思わせる、深遠で気高い黎明の青だった。「身代わりの契約は、今この瞬間をもって消滅した」蓮の低く掠れた声が、真白の震える胸を打つ。「白河真白。……俺の生涯で唯一の女として、俺の隣で生きてくれ。お前の光を、誰よりも近くで一生見守らせてほしい」「黒羽、さん……っ」視界が涙で滲んだ。 虐げられ、偽物として捨て石にされるはずだった自分の人生。 その泥の中から掬い上げ、本物の光を見出してくれたのは、他ならぬこの人だった。 真白は溢れる涙を拭おうともせず、蓮の差し伸べた手に自らの手を重ねた。「はい……! 私でいいのなら、あなたの隣にいさせてください……!」蓮の顔に、これまでの人生で一度も見せたことのない、崩れるような優

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