LOGINほのぼの短編ホームコメディ。 技術者として働く24歳の麻倉優香は、ある日、56歳の父・光司の異変に気づく。 急に機嫌がよくなり、母・祐実を目で追い、妙に優しくなった父。 母も父の変化を不審に思っている。 まさか、浮気? 家族を守るため、優香は技術者らしく父親の行動を分析する。しかし、証拠を集めれば集めるほど、父親の行動には不可解な矛盾が増えていく。 そして、ついに判明した父親の秘密。 56歳の父は、○○に恋をしていた。 しかも、本人は大真面目だった。 父親の浮気疑惑から始まった調査は、やがて優香自身が知らなかった両親の姿を明らかにしていく。
View Moreその日の夕食は光司が作ることになった。 祐実の体調が少しずつ戻ってきたとはいえ、まだ疲れやすい様子が続いていたため、優香が家事を分担しようと提案したのだ。すると光司が珍しく自分から手を挙げた。「今日は俺が作るよ」 祐実は少し驚いた顔をしたものの、素直に頷いた。「じゃあ、お願いしようかしら」「任せておけ」 光司は張り切って台所に立った。冷蔵庫を開けて食材を確認し、献立を考えながら包丁を手に取る。慣れない手つきではあったが、以前よりもずっと積極的だ。優香が横を通ると、父は鍋の中を覗き込みながら得意げに笑った。「今日はちょっと頑張ってみるか」「いつもそれくらい頑張ればいいのに」「うるさいな。たまにはいいだろ」 口ではそう返しながらも、光司はどこか嬉しそうだった。 やがて食卓に料理が並んだ。焼いた肉に野菜炒め。それに味噌汁とご飯。特別な献立ではないが、光司なりに工夫したらしい。野菜の切り方もいつもより丁寧で、皿の盛りつけまで気にしていた。「いただきます」 三人が食事を始める。祐実は野菜炒めを一口食べ、少し目を見開いた。「おいしい。ありがとう」 何気ない一言だった。 ところが光司は箸を持ったまま固まった。「……そうか?」「ええ。味付けもちょうどいいわ」 祐実はもう一口食べて微笑んだ。 その瞬間、光司の顔がぱっと明るくなった。頬が緩み、目元まで嬉しそうになる。さっきまで料理の出来を気にしていた様子が嘘のようだった。「そうか。いや、よかった」 光司は照れくさそうに笑った。だが、すぐには食事に戻らず、祐実がもう一度料理を口に運ぶのを眺めている。 優香は箸を止めた。 また始まった。 母が料理を褒めただけだ。特別な言葉でもなければ、大げさに喜ぶような出来事でもない。それなのに父は、まるで長年の努力が報われたかのような顔をしている。「お父さん、そんなに嬉しいの?」 優香が尋ねると、光司は慌ててこちらを向いた。「別に。作ったも
蒸し暑さで目が覚めたのは深夜だった。 祐実は布団の中で寝返りを打ったものの、なかなか眠り直せなかった。首筋に汗が滲み、胸元から顔にかけて急に熱がこみ上げてくる。掛け布団を足元へ押しやり、しばらくじっとしていると、少しずつ熱が引いていった。 けれど、ようやく落ち着いたと思った頃には目が冴えていた。時計を見ると午前三時を過ぎている。隣では光司が静かな寝息を立てていた。 祐実は起こさないようにそっと起き上がり、枕元の水を飲んだ。最近はこういう夜が増えている。日中はいつも通り動けているつもりでも、夜中に目が覚めると翌朝まで疲れが残った。 翌朝も、すっきりしない頭を抱えたまま台所に立った。朝食を用意し、洗濯機を回し、出勤の準備をする。いつもと同じ手順をこなしているのに、今日は一つ動くたびに体が重かった。 「祐実。大丈夫か?」 食卓についた光司がこちらを見ていた。 「ええ。ちょっと寝不足なだけよ」 「顔色が悪いぞ。どこか具合でも悪いんじゃないか?」 「大丈夫。昨日ちょっと寝つきが悪かったの」 祐実は味噌汁を置きながら笑ってみせた。心配してくれるのはありがたいが、詳しく説明する気力がなかった。光司はまだ何か聞きたそうにしていたものの、祐実が席につくとようやく箸を取った。 その日の仕事は普段より長く感じられた。午後になると頭がぼんやりし、同じ書類を何度も確認してしまう。帰宅してからも夕食の支度と洗濯物の片づけが待っていた。ひと通り済ませた頃には、足が重くて立っているのも億劫になっていた。 祐実はリビングのソファに腰を下ろした。冷房はついているのに、体の内側にはまだ熱がこもっている気がする。目を閉じて少し休もうとしたところで、台所から光司が顔を出した。 「祐実。冷たいお茶を持ってきたぞ」 「ありがとう。そこに置いておいて」 光司はグラスをテーブルに置いた。祐実が礼を言うと、いつものように嬉しそうな顔をしたが、すぐに眉を寄せる。 「まだ暑いのか? 冷房を下げた方がいいか?」 「ううん。このままで大丈夫」 「そうか。でも、顔が赤いぞ。熱があるんじゃないか?」 「熱はないと思うわ。ちょっと休めば平気だから」 祐実は目を閉じた。これでようやく静かに休める。そう思ったのも束の間、光司が再び動き
優香は父の行動を記録するノートに新しい項目を追加した。 帰宅時間。休日の外出。家にいるときの様子。 浮気をしているのなら、誰かと会うために家を空ける時間があるはずだ。仕事を理由に帰宅が遅くなったり、休日に一人で出かけたりすることも考えられる。もちろん、それだけで浮気と決まるわけではないが、これまでの父の変化を考えれば確認しておきたい点だった。 優香はまず、帰宅時間から調べることにした。 光司は平日の夕方になると、ほぼ決まった時間に帰ってくる。仕事が長引いた日は少し遅れることもあるが、母が夕食の支度を終える頃には玄関の鍵が回る。帰宅してからも、特に用事がなければ外へ出ることはなかった。 以前と比べて帰りが遅くなった様子もない。 優香はノートに記録をつけながら眉を寄せた。 仕事帰りに誰かと会っている可能性はある。しかし、帰宅時間だけを見れば不審な点は見つからなかった。 次は休日だ。 土曜日の朝、優香がリビングへ行くと、光司はソファで新聞を読んでいた。テーブルには飲みかけのコーヒーが置かれ、テレビからは天気予報が流れている。いつも通りの光景だった。「お父さん、今日どこか行くの?」 新聞をめくっていた光司が顔を上げた。「いや。特に予定はないけど」「ふうん」「優香は出かけるのか?」「私は午後から買い物」「そうか。気をつけてな」 会話はそこで終わった。光司は再び新聞へ目を落とす。休日に一人で出かける予定もなく、誰かと会うために準備をしている様子もなかった。 優香は台所へ向かいながら考えた。 父は最近、身だしなみを気にするようになった。スマホを見て笑うことも増えた。母への態度も明らかに変わっている。それなのに、外出の予定は以前と変わらない。 何かを隠しているように見えるのに、行動には不自然な空白がない。 その日の午後、優香が買い物から帰ると、光司はリビングでテレビを見ていた。着替えた様子もなく、朝とほとんど同じ場所に座っている。祐実は台所で夕食の下ごしらえをしていた。「ただいま」「おかえり。買い物はどう
父の光司が母の祐実に対して妙に優しくなったのは、それから数日後のことだった。 仕事から帰ってきた光司は紙袋を手にしていた。リビングでくつろいでいた優香が顔を上げると、父は袋を持ったまま台所へ向かい、夕食の支度をしている祐実のそばへ立った。「これ。好きだっただろ?」 光司が差し出したのは和菓子屋の紙袋だった。中には祐実が以前から好んでいる菓子が入っているらしい。「あら、どうしたの?」「帰りに見かけたから買ってきたんだ」「覚えててくれたの? ありがとう」 祐実が笑顔を向けると、光司の顔が一気に明るくなった。「いや、まあ。たまにはな」 照れくさそうに頭をかく父を見て、優香は手元のスマホを持ち直した。 今の反応は記録しておこう。 菓子を買ってきたこと自体は何もおかしくない。長年連れ添った妻の好みを覚えているのも自然なことだ。問題は、礼を言われた瞬間の光司の様子だった。まるで予想以上のご褒美をもらったかのように、頬が緩みきっている。 祐実が紙袋を開けて中身を確かめている間も、光司はそばを離れなかった。何かを期待するように妻の顔を見ている。「あとでお茶と一緒にいただこうかしら」「うん。そうするといいよ」 光司は満足そうに頷いた。 優香は画面に短く入力した。 十八時二十分。母の好きな菓子を購入。母がお礼を言うと非常に嬉しそうな反応。 記録を終えたところで、光司がこちらを見た。「何してるんだ?」「スマホ見てるだけ」「そうか」 父はそれ以上聞かず、再び祐実の方へ向き直った。 その視線を見て、優香は小さく息を吐いた。母に喜んでもらいたいだけなら、あんなに何度も反応を確かめる必要はないのではないか。 翌日には、さらに奇妙なことが起きた。 優香が大学時代から使っている資料を整理していると、台所から水の音が聞こえてきた。覗いてみると、光司が食器を洗っている。祐実は少し離れた場所で翌日の食材を確認していた。「お父さんが洗い物してるの?」 優香が思わず声をかけると、光司は