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同窓会の通知

Author: 中岡 始
last update Last Updated: 2025-07-27 17:24:54

朝の光が、カーテンの隙間から細く差し込んでいた。

唯史は、ベッドの上で目を覚ましたまま、しばらく動かなかった。

天井を見つめたまま、呼吸だけを繰り返す。

胸の奥には、昨夜の重さがまだ残っている。

眠ったはずなのに、身体の疲れはまるで取れていなかった。

枕元のスマホが震えた。

かすかなバイブ音が耳に触れる。

唯史は、重い腕を動かしてスマホを手に取った。

画面を見ると、中学三年生の時のクラスグループLINEに通知が届いていた。

「十五年ぶりに、みんなで集まろうや!中学卒業15周年同窓会、開催します」

短いメッセージとともに、開催日時と場所が記されていた。

地元の居酒屋。あの頃、よく名前を聞いていたチェーン店だ。

駅前のロータリーから少し外れた場所にある。

店の名前を見ただけで、懐かしい風景が頭の中に浮かんだ。

唯史は、スマホを持つ指先をじっと見つめた。

画面には、既に何人かが「出席」と返信している。

「久しぶりやなあ」

「みんな老けたかな?」

「やっぱ来るやろ?唯史」

そんな軽いコメントが並んでいる。

ふと、佑樹の顔が浮かんだ。

バレー部のエースで、背が高くて、誰からも好かれていた佑樹。

中学の頃は、毎日のように一緒に遊んでいた。

放課後、河川敷で缶ジュースを飲みながら、どうでもいい話をしていた時間が、昨日のことみたいに思い出される。

唯史は、小さく息をついた。

「あいつ、来るんやろか」

声に出して呟いてしまった。

自分でも、それが無意識だったことに気づく。

誰にも聞かれていないのに、言葉が漏れた。

その瞬間、胸の奥が少しだけざわめいた。

スマホを持つ手が、微かに震えた。

「出席」の文字をタップする指先が、ゆっくりと動く。

迷いながらも、唯史は出席の返信を送った。

送信ボタンを押した瞬間、胸の中に小さな波紋が広がった。

同窓会なんて、もうどうでもええと思ってたはずやのにな…
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