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№07・嘆きのミセリコルデ・1

last update publish date: 2026-10-13 20:56:56

「おはようございまーす!」

 元気よく酒場の扉が開いたと思ったら、朝から騒がしい声が響いた。またひとつ増えた賑やかさに苦笑しながら南野が返す。

「おはようございます、キーシャさん。まだ六時ですよ」

「早寝早起きは得意なんです!」

 南野もついさっき起きて雑用を始めたばかりだった。モップを片手に突っ立っていると、キーシャはにこにことカウンター席に座る。

 店主はまだ寝ているのでなにか出すこともできない。仕方なくモップで床をこすっていると、キーシャから声がかけられた。なんだかとても目をきらめかせている。

「南野さんって、異世界から来たんですよね。異世界ってどんなところですか?」

「どんなところ、って……」

 そういえば今まで聞かれたことがなかった。『緑の魔女』は知っているようだったし、メルランスは興味がなさそうだったので。

 しかし、改めて聞かれると返答に困る。南野は、うーん、とうなってから、

「魔法の代わりに科学が発達した世界、ですかね……空を突くような建物や、一瞬で世界中の人とつながれる板や、馬車よりも頑丈で速く走れる乗り物があります」

「すごい!」

 キーシャは目をきらきらさせて南野の話に聞き入った。学生ゆえに探求心旺盛らしく、話す方は悪い気はしない。

 それからしばらく、南野は雑用の合間に異世界の話をした。そのたびにキーシャは驚き、感嘆した。もっともっととせがみ、なんだか寝物語をせがまれている親の気分になる。

「俺からも聞きたいんですが」

「はい、なんでしょう?」

 芋の皮むきをしながら話していると、店主が起きだしてきて仕込みの手伝いを任される。昼前だ、そろそろメルランスも来る頃だろう。

 南野はキーシャに疑問をぶつけた。

「教会学校の学生、って言ってましたよね? 教会って、この世界にはなにか宗教があるんですか? ほら、呪文を唱えるときにも『創生神ファルマント』なんて言ってるじゃないですか」

「ああ、教会についてですか」

 うんうん、うなずき、キーシャは説明を始める。

「この世界は、創生神ファルマントによって作られたとされているんです。ファルマントは原初であり、全知全能である。世界を覆うほどの大きさの象の上に魚を泳がせ、その魚のひとつひとつに世界を作り、魚の上に蛇を置いて大地としました。そして海という生命のスープからあらゆる動物を作り、最後に人間を作った」

 なるほど、宗教の逸話は全世界で割と似通っているところがあると聞くが、この世界もご多分に漏れず元の世界の神話をミックスしたような宗教観らしい。黙って続きを聞く。

「唯一絶対神のファルマントは今も世界を作り続けています。すべてはファルマントのお導き……私が南野さんに出会ったのも、そうなのかもしれませんね」

「神のお導き、か……」

「教会では神に仕える神官たちが祈りをささげています。それとは別に、教育機関としての役割もありますね。読み書きや計算を教えるところから始めて、適性のある子には魔法学科への進学も認められます。魔法もファルマントの作った偉大なるちからですからね」

 宗教のことはだいたいわかった。この世界の宗教は魔法と密接に関係しているらしい。だからこそ、呪文の中にも創世神の名前が出てくるのだ。

 ついでに聞いてみた。

「あなたも適性を認められて魔法学科に?」

「はい!……って言っても、落ちこぼれなんですけどね……」

 現実を思い出したのか、キーシャは肩を落としてため息をついた。なんとか慰めようと、南野は仕込みの手を休めてキーシャに向き直る。

「卒業研究で見返してやりましょうよ。レアアイテムの研究だなんてなかなかできることじゃない。きっとみんなキーシャさんのことを見直しますよ」

「……ですよね!」

 すぐさま立ち直った。この切替えの早さ、見習いたいものだ。

「それで、今日のターゲットはどんなアイテムなんですか?」

「それはあたしも聞きたい」

 そんなとき、あくびをかみ殺した声が横合いから聞こえた。

「メルランスさん、おはようございます」

「おはよー。キーシャ、早いね」

「やる気満々です!」

 まだ眠そうなメルランスに対して、キーシャははきはきと答える。

 今回がキーシャにとって初めての蒐集だ。

 お手並み拝見といこうか、と、このときの南野はまだのんびりと構えていた。

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  • 南野コレ式!~蒐集狂の無能営業、レアアイテムコンプするまで元の世界に帰れま100~   №06・スライムゼリー・5

    「さ、まずはこのスライムをすりつぶします!」 むんずとスライムをつかんだキーシャはすりこ木とすり鉢を用意してスライムをすりつぶし始めた。時折ぶちぶちと何かがちぎれる音がしたり、ぐじゅるぐじゅるとうごめく音がするが気にしないでおこう。 メルランスが煮溶かしておいた寒天らしきものにすりおろしたスライムを投入すると、青色の粘液がこぽりこぽりと鍋で煮えた。まるで魔女の釜だ。 しばらく煮てからバットに流し込み、氷室へと運ぶ。小一時間待って、ようやく完成だ。「できましたー!」 じゃじゃーん!とバットを差し出すキーシャだったが、まだゼリーがうごめいているような気がする。スライムが死んでいないということはこれはこれでいいことなのだろうか。「スライム自体に毒性はありませんから、食べても問題はないですよ!」 そこはさすがに魔法学生、モンスターにも詳しい。切り分けて、半分をもとの瓶に戻しておく。「あの、賞味期限とかは……?」「スライムが生きてる限り大丈夫です!」 冷や汗を流す南野の問いかけに、キーシャは快活に答えた。 残り半分のスライムゼリーを前にしていると、彼女は屈託なくそれを差し出してくる。「せっかくですし、食べてみませんか?」「え? 俺が?」「ええ、さっきも聞きましたけど、異世界のゼリーとなにが違うのか感想を聞きたいです」 氷室で冷やしている間に南野の素性はあらかた話し終えた。作り手としてはわからないでもない心理だ。「じゃあ、ちょっとだけ……」 スライムゼリーのひとかけらをつまみ、口に運ぶ。 次のリアクションまでは秒だった。「おrrrrrrrrrrr」 南野は盛大に吐いた。吐き散らした。胃の中のものまですべて床に嘔吐する。「大丈夫ですか!?」「…………まっず…………」 蚊の鳴くような声でつぶやくと、キーシャは首をひねる。「おっかしいなあ。ちゃんと作ったのに……あ、そうだ、お砂糖とか入れなかったからですかね?」「……そういう、もんだいじゃ、ないとおもいます……」 えぐみと酸味と苦みと生臭さが絶妙なハーモニーを奏でて、これまで食べたものの中で一番のマズいものとなった。ここまでマズいものは食べたことがない。「メルランスさんもいかがですか?」「あ、あたしお腹減ってないから……」 微妙に目をそらすメルランス。話題を変えるようにしてキ

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    「いいじゃないですかメルランスさん、手伝ってもらいましょうよ」「……探索の経験は?」 対してメルランスは渋い顔だ。キーシャは言葉に詰まったように黙ってから、ぽつりとこぼした。「……ないです」「足手まといがふたりに増えるってこと? 冗談じゃない」「メルランスさん……!」「いくら魔法が使えても、ダンジョンで役に立たないんじゃ話にならない。ただでさえこいつで手一杯なのに、ふたりになってどうすんの?」「うう……! けど! 私がんばりますから!」「がんばりでなんとかなるほど、ダンジョンは甘くないよ」 一人前の冒険者が言うと重みが違う。キーシャはしゅんとして肩を落とした。「わかったらさっさと学校に帰りな」「…………」 しかしキーシャは動かない。わなわなと拳を震わせ、メルランスにぐっと詰め寄る。「私には魔法やモンスターの知識があります! きっとお役に立てるはずです! 足手まといだと思ったらすぐに放り出してもらっても構いません!」「まあ、それは強みだけど……」「ほら、メルランスさん、そこまで言うんだからちょっとくらい……」「あんたは黙ってて」 ぴしゃりと言われて南野は慌てて口を閉じた。「魔法生物についての知識があるって言ったね?」「はい!」 問いかけたメルランスが少し意地悪そうな顔をする。それからスライムの入った瓶を掲げ、キーシャに笑いかけた。「こいつをゼリーにしたいの。食べられるやつ。できるんなら、考えてあげてもいいよ」「これを、ゼリーに……? スライムですよね、これ?」「そうだけど?」 どうせできやしない、と高をくくっているのか、メルランスはどこまでも意地悪だ。しかしキーシャは腕まくりをし、スライムの瓶を手に取った。「やってみます……!」「は? え、ちょっと、あんた、できるの……?」「やるだけやってみます!」 どうやら情熱は本物らしい。しかし情熱とできるできないは別物だ。魔法学を学んだ魔法使いの卵、お手並み拝見と行こうか。 シンクを明け渡したメルランスの前で、キーシャは首をひねった。「うーん、普通のスライムですけど……ゼリー……食べられるやつ……」 さすがの魔法学生もモンスターを調理するのは初めてのことなのだろう、悩んでいる。「そうだ! まずは瓶ごと温めてみましょう!」「殺してヘドロにしたら許さないからね」「

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