第3話

部屋に戻った後、真夏は眠れなかった。隣の部屋から真夜の抑えきれない声が聞こえてきたからだ。

一晩中、ほとんど途切れることはなかった。

真夏は本当に驚いた。景吾がこんなに凄いなんて思わなかった。

何しろ、彼女が全力を尽くしても、彼は一度も彼女に手を出したことがなかったのだ。

翌朝、真夏は身支度を整えて階下に降りると、景吾がエプロンを着けてキッチンで料理をしているのを見た。

真夜は彼のそばで、蜜柑を食べさせながら汗を拭いてあげていた。

その光景を目にした瞬間、真夏の胸は思いがけずチクリと痛んだ。

ここに住んでいる間、景吾の毎日の食事はすべて彼女の手作りだった。

景吾は料理ができるにも関わらず、彼女の誕生日にはごちそう料理すら作ってくれなかった。

それなのに、真夜のために、潔癖症の彼は自ら料理をしているのだ。

真夏は階段に立ったまま、しばらく動けなかった。

やがて、スマホが鳴った。

「おじいさま」

「真夏、結婚式が近づいたが、成田家には嫁入り道具を整えてくれる者もいない。お金を送るから、必要なものを自分で買いなさい」

「いいです。私はただ一着のウェディングドレスが欲しいだけです……」

真夏がそう言いかけた瞬間、電話から機械音が流れ出した。

「二十億が振り込み済みです」

真夏は驚いた。武雄がこんなに太っ腹だとは思わなかったのだ。

「ありがとうございます、おじいさま」

電話を切り、真夏は外出の準備をした。

「お姉さん、景吾が朝食を作ったよ。一緒に食べる？」

真夜は彼女を見つけて、笑顔で誘った。

景吾は冷たい声で答えた。

「食べたいなら、来て座れ」

真夏は無視して、足を踏み出した。

彼女はウェディングドレスショップに行き、自分に合うドレスを選ぼうとしている。

気に入ったものを見つけた瞬間、景吾と真夜、そして彼の親友たちと鉢合わせした。

ウェディングドレスショップで真夏に会った景吾は、顔色を曇らせた。

「ここで何をしている？」

真夏が答える前に、彼の親友たちは口々に騒ぎ出した。

「景吾、真夏さんが婚約を取り消すって言ってたんじゃないか？どうしてここでドレスを選んでるんだ？」

「真夏さんの言うことを信じるのか？彼女は景吾に長年尽くしてきたんだ。ようやく結婚できるのに、取り消すわけがないだろ」

「今日、お前が真夜とウェディング撮影に行くって知って、こっそり邪魔しに来たんじゃないか？」

その言葉を聞いて、真夏はようやく理解した。

結局、景吾は真夜とウェディング撮影に行くつもりだったのだ。

彼女は笑いそうになった。

結婚式まであと一か月のとき、真夏はすでに景吾に頼んで、一緒にウェディングフォトを撮ってほしいと言っていた。

しかし、景吾は断り、嘲るように言った。本当にウェディングフォトが欲しいなら、誰かに画像加工してもらえばいい。彼は一生、真夏とは撮らない。

ところが、あっという間に彼は真夜を連れてウェディングフォトを撮りに来たのだ。

「お姉さん、誤解しないで。私はただ一度もウェディングフォトを撮ったことがないだけ。景吾が記念に一緒に撮ろうと言っただけなの」

真夜は真夏の手を握り、説明した。

「お姉さん、安心して。私は絶対にあなたたちの結婚式を壊したりしないわ」

彼女は卑屈な口調で話したが、景吾はすぐに彼女を抱き寄せた。

「彼女に頼む必要はない。俺はお前に約束した。この一生、お前とだけウェディングフォトを撮る。仮に本当に彼女と結婚したとしても、一枚も写真は撮らない！」

景吾の言葉は、まるで刀のように真夏の心臓を深く突き刺した。

本来なら痛むはずなのに、真夏はうつむいて微笑んだ。

「あなたたちが何をしようと、私には関係ない」

彼女は振り向き、店員に向かって言った。

「このウェディングドレスにします。包んでください」

「景吾、そのウェディングドレス、私も好きなんだけど……」

真夜が口を開いた。景吾は何も言わずカードを取り出し、店員に渡した。

「そのドレスをくれ。支払いはカードで」

「景吾、このドレスは私が先に見つけたのよ！」

真夏は眉をひそめ、顔色を曇らせた。

どうして彼女が好きなものは、いつも真夜に奪われるのか。

景吾だけでなく、ウェディングドレスも奪われるのか？

「真夏、わざと真夜に嫌がらせをするのか？俺はお前と結婚するって言ったじゃないか。真夜はただ写真を撮りたいだけ、別にいいだろ？」

「彼女が好きなら好きなだけ撮ればいいよ。景吾、もう一度言うけど。私はあなたと結婚しないわ！」

「本当？」

真夜は信じられずに目を見開いた。

真夏は冷笑した。

「ええ、私があなたたちを応援してあげるよ。私生児同士だから、お似合いね」

「お前！黙れ！」

景吾は手を上げ、真夏を叩こうとした。

その動作を見て、真夏の視線は冷たかった。

「打てるものなら打ってみなさい」

「俺は女を叩かない」

「そう？今日を逃したら、機会もないわよ。後悔しないでね」

真夏はそう言い残して去った。

周囲の人々は唖然とした。

「彼女の言うこと、本当なのか？」

「もちろん嘘だ。でなければ、ここでウェディングドレスを選ぶ理由がない。結局、景吾と結婚したいんだろ」

「景吾、確認の電話をしたほうがいいんじゃないか？」

景吾は眉をひそめ、石崎家に電話をかけた。

電話に出たのは石崎家の大村（おおむら）執事だった。

「大村、石崎家と成田家の婚約は予定通り進んでるか？」

「景吾様、その話なら予定通りです。大旦那様がすべて手配していました。あとは、結婚式の日に、真夏様を石崎家に迎えるだけです」

「ふん」景吾は電話を切った。

「やはり、彼女は嘘ばかりな。長年俺を想ってきた。今はようやく結婚できるのに、婚約を取り消すはずがない」

真夜は景吾を抱きしめて慰めた。

「大丈夫、景吾。ウェディングフォトを撮れるだけで十分満足よ。他のことは気にしない」

「真夏が戻ってきて、また何かやらかす前に、早く写真を撮ろう」

彼の親友たちが催促した。

二人は丸一日かけてすべての写真を撮り終えた。