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第245話
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去りゆく後 狂おしき涙 第515話
隆之は腹の虫が収まらず、レストランの外に立ち、腰に手を当ててどうしたものかと思案していた。顔色が土気色になっているのを見て、紗季は視線を泳がせ、彼の背中をさすった。「彼女は元々手練手管に長けていて、人の心を弄ぶような女よ。じゃなきゃ、かつて隼人親子があんなに翻弄されたわけないでしょ？どんな人間か分かったんだから、遠ざければいいのよ」隆之は冷たい顔で黙り込んでいたが、しばらくしてため息をつき、言葉にしがたい眼差しで彼女を見た。「お前には分からんよ。俺はあの三浦に腹を立ててるんじゃない。陽向に失望し、心が痛いんだ。どうしてまたあの女のところへ戻れる？あの女のせいでお前がどれほど苦しんだか、知らないわけじゃないだろう？」彼は首を振り、胸のつかえが取れない様子だった。この感覚は、あまりに辛い。そう思うと、隆之は深くため息をつき、瞳に複雑な色を浮かべた。「もういい。あの子なんて最初から産まなかったと思えばいい。まさか絞め殺すわけにもいかんしな」彼の苦しげで後悔に満ちた様子を見て、紗季も何も言えず、適当に相槌を打って彼を先に帰らせた。隆之が会社を去った後、紗季はすぐに隼人のもとへ向かった。今、美琴は陽向を完全に籠絡したと思い込んでいる。陽向は隼人の前でも、今の態度を貫き通さなければならない。だが、隼人は兄よりも激しい反応を示す可能性がある。もう誰にも陽向に指一本触れさせるわけにはいかない。事前に釘を刺しておかなければ。そう思うと、紗季はすぐにアクセルを踏み込み、隼人のもとへ急いだ。彼女が突然社長室に現れたので、隼人は驚きと喜びに満ち、すぐにテーブル席へ案内して座らせた。「どうして急に来たんだ？」彼の期待に満ちた眼差しを受け、紗季は淡々と言った。「もう知っているでしょうけれど、三浦が戻ってきてから、陽向は一心に彼女について行こうとして、また私と決裂したわ」その言葉に、隼人は激しく動揺し、信じられないといった様子で彼女を見つめた。「何だと？」紗季は平然とした表情で言った。「ええ、そうなの。ここへ来たのは、陽向がどう選ぼうと、それはあの子自身の問題だと言いに来たの。あの子があの女と一緒になりたいなら、あの女がいいと思わせておけばいいわ。陽向はもういらない。あなたもあの子に構わないで」その言葉を聞き
去りゆく後 狂おしき涙 第514話
美琴が近づいてくるのを見て、隆之はすぐに警戒心を強め、顔色も極めて不機嫌になった。彼は冷ややかに美琴を見つめ、尋ねた。「何だ？」美琴は彼を無視し、ただ陽向の手を引いて、紗季に優しく微笑みかけた。「あなたもここでお食事だなんて、奇遇ね。陽向くんが前からこのレストランに来たいって言ってたから、一緒に来たの。本当に偶然だわ」紗季は目を細め、冷ややかに陽向を見つめた。その瞳は不満に満ちていた。「そう？前からここに来たかったの？」陽向は何も言わなかった。紗季はふんと鼻を鳴らし、その瞳に氷のような光を宿らせた。「でも、ここへ来たいなんて一度も聞いたことないわよ？ここで食事がしたいの、それとも三浦と一緒に食事がしたいだけ？場所なんてどこでもいいんでしょう？」その問い詰めるような言葉に、陽向は唇をへの字に曲げて黙り込んだ。その様子を見て、美琴はすぐに陽向を背後に守り、瞳の奥に得意げな光を閃かせた。彼女はわざとらしく、困ったようにため息をついた。「子供相手にそんな言い方しなくてもいいじゃない。陽向くんにそんな気はないわよ。ただ、あなたに言ったのを、あなたが忘れてるだけかもしれないでしょ」紗季は立ち上がった。「私が陽向の言葉を覚えていない、母親失格だって言いたいの？」「いいえ、まさか。そんなつもりじゃなくて、ただ……」美琴が言い終わらないうちに、陽向が突然飛び出し、紗季を思い切り突き飛ばした。「美琴さんにそんな口のきき方するな！ママなんて大っ嫌いだ！一緒にご飯なんか食べたくない！」紗季は不意を突かれ、席に倒れ込んだ。陽向は一瞬呆然とした。これほど強く突き飛ばすつもりはなかったのだ。無意識に一歩踏み出そうとした。「このろくでなしが！」隆之は我慢の限界に達し、陽向を掴んで手を振り上げた。「やめて！」紗季は驚いて止めようとしたが、もう遅かった。平手打ちが陽向の頬に炸裂した。隆之の力は凄まじく、陽向はその場に叩きつけられ、口の端が切れ、鮮血が噴き出した。「何するの！まだ子供じゃない！こんなにひどく殴るなんて！」美琴は慌ててしゃがみ込み、陽向の怪我を確認した。紗季は陽向が完全に呆然としているのを見て、唇を噛み締め、焦りと心痛に襲われた。隆之の怒りはまだ収まらず、陽向を指差して怒鳴りつけた。
去りゆく後 狂おしき涙 第513話
「将来、お前が桐山さんと結婚して子供を産めば、お前を心から愛し、真心で接してくれる子供ができる。陽向に関しては、あの女にすっかり毒されてしまったんだ。前回は改心できたとしても、今回またあっちへ戻ったのなら、もう無理強いはするな。お前とあの子の縁は尽きた。それだけのことだ」隆之は完全に失望していた。その様子を見て、紗季の瞳が揺れた。ふと、芝居が少し行き過ぎたのではないかと心配になった。だが、この手のことは全員に信じ込ませなければ、真実味が薄れる。そう思い、紗季は無理に笑いを作り、隆之に話を合わせた。彼女はため息をついて言った。「そうね、お兄ちゃん。こういうことは、どうにもならないって分かったわ。だから、こうしましょう」彼女は気を引き締め、真剣に隆之を見つめた。「陽向はもういらないし、未練もないわ。好きにすればいい。私をどう扱おうと構わない。母親と認めないなら、無理強いもしない」紗季はそこで口調を変えた。「でも、子供は所詮子供よ。以前、私のためにあれだけ尽くしてくれたんだから、心から悔い改めたはずだわ。今回は三浦がどんな手を使ったのか分からないけど。お兄ちゃん、関係を切るのをそんなに急がないで。もし子供が一時の迷いで、また私のところに戻ってくるかもしれないし。私たち、もっとちゃんと……冷静になって、どうすべきか考えましょう」隆之はさらにやるせない気持ちになった。なぜか、紗季は今、どんなことに直面しても、無意識に良い方向へ考えようとする。それは良いことでもあり、そうでないことでもある。隆之はため息をついた。「分かった、分かったよ。お前が昔から情に脆いのは知ってる。何が起きても、前向きに解決しようとするのもな。この件について、これ以上説得するつもりはない。ただ、お前がやりたいようにやればいい。俺にとって一番大事なのは、お前が楽しく幸せでいることだ」紗季は笑って頷き、それ以上は何も言わず、彼と談笑しながらその場を離れ、ひとまずこの件を棚上げにした。ただ、紗季には分かっていた。どう言おうと、どう考えようと、周りの人々が陽向に対して良い印象を持つことは二度とないだろうと。今回、陽向は本当に身の危険を冒して、自分を心痛めるようなことをしたのだ。紗季は唇を噛み、考え込みながら背を向け、隆之と共に食事に向かった。
去りゆく後 狂おしき涙 第512話
紗季は隆之を見て、少し困ったように言った。「お兄ちゃん、もう何も言わないで。あなたが私のために言ってくれてるのは分かってるけど、本当に、これ以上は必要ないの。子供のことは、どう対処すればいいか分かってるから」その言葉を聞き終え、隆之も言葉を失った。彼はため息をついた。「お前は本当にどうかしてる。まあいい、俺が何を言っても聞かないなら、もう言わん。ただ覚えておけ。何が起きても、今はお前を助けられる奴らなんていないんだ！俺たちにできるのは、お前のそばにいることだけだ。分かってるな？」紗季は笑って頷いた。「分かってるわ。私のことなら心配しないで。今は、このことで悲しんだりしてないから」隆之は何も言えず、紗季を一瞥して首を振り、ため息をついた。紗季は瞬きをし、瞳に異様な光を宿らせた。兄がこんな反応をするのも理解できた。今、陽向が二度も自分を毅然と見捨てたのだ。心から自分を案じてくれる人なら、黙っていられないのも当然だ。彰もまだソファに座ったまま、信じられないといった様子で首を振っていた。「まさか陽向くんがそんなことをするとは思いませんでした。あの子はずっと心の底では、あなたを母親として慕っていたはずなのに、どうして急に三浦のところへ行ったのでしょう。あの女は本当に人の心を惑わすのがうまいですね。大人の心さえ籠絡できるのですから、ましてや子供なら……」彼が紗季のために義憤に駆られているのを聞き、紗季は少し可笑しくなった。紗季は慰めた。「あなたも彼女に嵌められましたから、お分かりになるでしょう？彼女の手段は防ぎようがありませんわ。ましてや子供なら、なおさらコントロールできません。ですから、気楽に考えましょう」彰には理解できなかった。なぜ彼女はこれほど淡々としていられるのか。子供が再び堕落することを、最初から知っていたからか？彰は彼女を深く見つめた。その瞳は心痛に満ちていた。「この件は、あなたにとって本当に辛いことでしょう」紗季は一瞬言葉を切り、満面の笑みを浮かべた。「実は、それほど辛くもありません」「本当ですか？」彰は意味深長に彼女を見つめた。「私にはそうは思えませんが、あなたがそう仰るならそうなのでしょう。今のあなたを見ていると、この件に関して他に思うところもなさそうですし」紗季も彼の
去りゆく後 狂おしき涙 第511話
ニュースは瞬く間に広まった。紗季は家でそれを見て、何度も何度も真剣に読み返した。そんな時、あいにく家のチャイムが鳴った。紗季がドアを開けると、そこには怒りを爆発させそうな目つきの彰と隆之が立っていた。彼女は苦笑いしながらドアを開け放った。「どうしたの？そんな怖い顔で私を見て。変な感じ」彰は低い声で尋ねた。「陽向くんはいったいどうなってるんです？どうしてまた三浦のところへ行ったのです？彼女とはもう仲違いしたはずでしょう？あの女の本性に気づいたはずなのに、今さら戻るなんてどういうつもりですか？まさか、あの女が改心したふりをしただけで、陽向は情にほだされてまたあの女のところへ戻ったのですか？」隆之もその言葉を聞き、怒りが収まらなかった。彼はようやく陽向を気楽な子供として、本当の白石家の一員として扱うようになっていたのに。それなのに陽向は、突然またあの胸糞悪い女のところへ戻ってしまった。到底受け入れられることではなかった。紗季も、兄が情に厚い人間だからこそ、この件を聞けば怒るだろうと分かっていた。だが、長期的な計画のためには、兄にすべてを明かすわけにはいかなかった。彼女はそっとため息をつき、背を向けてソファに座るしかなかった。紗季は気楽な様子で言った。「どうしてもそうさせたいわけじゃないけど、今見たところ、あの子が三浦のところに戻りたがったのは、私のせいかもしれません」彰はハッとして顔を上げ、聞き間違いかと思った。「あなたが悪い、ですか？」「ええ。母親である私が十分な安心感を与えられず、あの子が楽しく暮らせる方法を見つけてあげられなかったから、迷わず出て行ったのです。もう慣れてるから、大丈夫ですよ」紗季は目を伏せ、自嘲気味に笑った。「あなたは慣れていても、私たちはそんなことに慣れていないし、絶対に起こってはならないことです。受け入れられません！」彰は話すうちに焦り出し、紗季の前に立ちはだかった。「紗季さん、聞いています？」紗季は彼を真剣に見つめた。そして静かに言った。「何があっても、もうその話はしないでください。私自身、どうすべきかは分かっていますから、心配なさらないでください。彰さんとお兄ちゃんは健康でいて、嫌なことはさっさと忘れてしまえばいいんです。何が起きても、私はちゃんと
去りゆく後 狂おしき涙 第510話
隼人は、まるで紗季に誓うかのように言った。「何とかして、必ずお前のもとへ連れ帰る。安心しろ」そう言って電話を切ると、美琴の理不尽な振る舞いを思い出し、ハンドルを殴りつけた。車を路肩に停めたが、なかなか気持ちが静まらなかった。その時、隆之からも電話がかかってきた。隼人は深く息を吸い込み、冷静さを取り戻してから電話に出た。受話器から隆之の声がした。「陽向が家を出たと聞いたが、どこへ行ったんだ？あの子からメールが来て、『これからはおじさんと呼ぶのは最後だ』とか言ってきたんだが、どういうことだ？俺をもう叔父さんとは認めないつもりか？」彼の言葉の端々には明らかな疑念が含まれており、明らかに陽向が隼人に唆されたのだと考えていた。隼人は頭を抱え、こめかみを揉んだ。「違う。あいつはまだ子供で、主体性がないんだ。ただ一時的な感情で訳の分からないことを言っただけだ。心配するな、お前たちから離れたりしない」そう言って、隼人は一方的に電話を切った。これ以上、隆之に説明したくなかったからだ。説明すればするほど、ボロが出るのを恐れていた。今は、子供の現状を知る人間は少なければ少ないほどいい。隼人はゆっくりと冷静さを取り戻し、息を吐き出すと、それらのことは一旦忘れることにした。彼は急いで会社に戻り、到着するなり神崎蓮に電話をかけた。蓮は電話を受けて少し驚いた。彼からかかってくるとは思わなかったのだ。彼は眉を上げ、鼻で笑った。「今さら電話してきて、どういうつもりだ？」隼人は詰問した。「お前の妹がいったい何をするつもりなのか、聞いてみたらどうだ」「妹？」蓮はチッと舌打ちし、気にする様子もなく言った。「あいつに何ができる？自分のやるべきことをやってるだけだろ。君を怒らせたわけでもないのにな」「今朝、桐山彰とのとんでもないスキャンダルを暴露したかと思えば、今度は俺の子供まで引き込みやがった。言っておくが、何があろうと、これ以上俺たち家族三人の仲を裂こうとするなら……」「待て」隼人の言葉が終わらないうちに、相手に遮られた。蓮は滑稽だと思った。「そんなくだらないこと言って、何になる？面白いか？君たち家族三人の絆がそんなに強固なら、わざわざ電話してきて俺を脅す必要なんてないだろ？」その一言に、隼人は返す言葉もなかった。
