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第27話

Author: 青山米子
何か言いかけた言吾の表情が一瞬で凍りついた。

口を開きかけたものの、結局は何も言わずに、まるで理不尽な子供を見るような、諦めと許容が混ざった目で一葉を一瞥して立ち去った。

その眼差しに、一葉は吐き気を覚えた。

部屋から皆が出て行ったのを確認すると、すぐさま優花が手を差し出してきた。「見せて」

一葉が本当に録画していたのかを確かめたいようだ。

一葉は昨夜の映像を惜しげもなく再生して見せてやる。

お誕生会で優花の面目を潰し、評判を地に落とした後、彼女が簡単には引き下がらないだろうことは一葉にも分かっていた。人気のない場所で休んでいたのは、静けさを求めてというより、優花の来訪を待っていたからだ。

ただ、あれほど大勢の目がある中で命を狙ってくるとは一葉も思わなかった。

あと少しで命を落とすところだった。

一葉の傍に近づいてきた時から、プールに突き落とすまでの一部始終がくっきりと映し出される。優花の顔が見る見るうちに土気色に変わっていく。

この映像が外部に流出すれば、両親は彼女の本性に気付き、今までのような寵愛は望めなくなるだろう。いや、これを持って警察に行けば、彼女を逮捕することさえできる。

長い沈黙の後、優花がゆっくりと顔を上げた。「一葉、私、あなたを見くびっていたようね」

一葉は頷いた。確かに、自分のことを甘く見すぎていた。

「まさか、あの崖からの転落で頭が良くなるとは」優花は歯を食いしばるように言った。

あの場所は何度も下見をして選んだはずだった。表面上は深い水場に見えても、実際は暗礁が密集している。落ちれば岩に打ち付けられ、死なずとも不具になるはず。

なのに一葉は生き残り、しかも......

「そんな映像を持っていながら公表せず、私と話し合うということは......何が欲しいの?」さすがの優花も、一時は青ざめた顔をすぐに取り繕った。

「言吾さんとの離婚を早めてほしいの」一葉にとって、視野を広げれば、敵も助力になり得る。

その言葉に、優花と沙耶香は目を見開いて固まった。まさかそんな要求が出てくるとは、予想だにしていなかったようだ。

暫しの沈黙を破って、二人は息を合わせたように叫んだ。「一葉、本当に頭を打ったのね!」

さっきまで一葉の変化を「賢くなった」と評していた二人が、今度は「頭を打って正気を失った」と言い出す始末だった。

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