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last update Fecha de publicación: 2026-06-01 20:49:09

 それでも虚勢を張る健太の背後から、黒服のセキュリティスタッフ数名が駆けつける。2人を完全に取り囲んだ。

「お引き取り願います。これ以上騒がれるようでしたら、警察を呼びます」

 小夜子の目は、微塵も揺らいでいなかった。

「クソッ! なんなんだよ!」

「やめなさいよ!」

 真澄は舌打ちをし、健太は悪態をつきながら、セキュリティに促されるようにして自動ドアの外へと追いやられていった。

 騒ぎが収まり、ロビーに元の静寂が戻り始める。

 小夜子は翔吾と実加の方を振り返って、かすかに頷いた。逃げずに立ち向かった2人への、最大の賛辞だった。

 グラン・ヘリックス日本支社の社長室、白とグレーで統一された、人間の体温を一切感じさせない無機質な空間の中で。

 御子柴玲二は最高級の革張りチェアに深く腰掛けて、デスクの上の大型モニターを眺めていた。

 モニターには、サンクチュアリのロビーで起きた騒動の一部始

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  • 名家の恥と捨てられた娘は、契約結婚先で花開く   339

     SNSのメッセージはなおも続いている。『社内保育所完備とか、アーク・リゾーツって従業員を全力で守る最高の会社じゃん』『炎上した社員をクビにするんじゃなくて、記者会見までして守ってさ。そりゃあ片方は社長の弟だけど、もう1人は他人でしょ?』『過去を乗り越えた兄弟のホテル、絶対泊まりに行く!』『来月の旅行、サンクチュアリに予約入れた! 応援してます!』 SNSのメッセージは、アーク・リゾーツ社へ味方するものばかりに変わっていた。 スキャンダルによってブランドを失墜させるという御子柴の目論見は、完全に崩れ去った。 それどころか、ピンチを逆手にとった彼らの行動は、世間の絶大な共感と支持を集める結果となってしまったのだ。 結果としてアーク・リゾーツ社の株価は急反発を見せている。 傍らの端末では、サンクチュアリへの新規予約が殺到している様子が見て取れる。 予約サイトはあっという間に満室になっていた。 御子柴は忌々しげにネクタイを緩めると、モニターの中の隼人を冷酷な目で見つめた。「綺麗事でいつまで持つか。現場の熱だの、人の情だの、そんな曖昧なもので会社が守れると思っているなら大間違いだ」 薄い唇が三日月の形に歪む。 彼にとって会社の経営とは、ただ利益という数字の追求以外にない。 そのやり方で御子柴はのし上がった。30代にして大手外資ホテルチェーンの支社長にまで成り上がった成果が、正しさを証明している。 だから彼は、アーク・リゾーツの主張を認めるわけにはいかないのだ。 認めてしまえば、自分を構成する経歴が足元から揺らぐ。 切り捨ててきた人々の悲鳴を踏みつけ、犠牲をものともしなかった道が間違っていたなど、到底認められない。 せせらぎ亭の嵐の夜に感じた温かさは、今となっては彼の汚点でしかない。 御子柴のやり方でアーク・リゾーツに打ち勝ち、あの会社を飲み込むことだけが存在意義の証明になる。「次は力でねじ伏せてやる。――TOBの準備を進めろ。奴らの城を、根こそぎ奪い

  • 名家の恥と捨てられた娘は、契約結婚先で花開く   338

    「アーク・リゾーツには、従業員のための素晴らしい社内保育所があります。保育士さんたちが愛情を持って理玖の面倒を見てくれているからこそ、アタシは夜遅くまで安心して働くことができるんです。育児放棄なんかじゃない! 理玖を立派に育てるためなら、トイレ掃除でもベッドメイキングでも、なんだって全力でやります。それがウチの母親としての責任です!」 実加の飾らない、心の底からの叫びだった。 その言葉はカメラのレンズを越えて、画面の向こう側にいる同じように働く母親や、理不尽な状況で苦しむ人々の心に強く響いた。 会場の空気が完全に反転したのを確かめて、隼人が立ち上がる。「アーク・リゾーツは、過去の出自や経歴で人を切り捨てるような会社ではありません」 隼人の声は、会場の隅々にまで響き渡る重みを持っていた。「過去の出自や経歴で人を見限るのではなく、今、現場で汗を流し、お客様のために全力を尽くす彼らこそがアーク・リゾーツの誇りです」「ええ、そのとおりです。アーク・リゾーツ社は責任感のある人を歓迎します。真面目に働くのであれば、過去は関係ありません。採用試験は随時行っておりますよ」 小夜子が微笑む。「我々の言いたいことは、以上です」 4人が立ち上がって一斉に頭を下げた。 フラッシュの嵐が再び巻き起こる。 けれど向けられているのはもはや好奇の目ではなく、明らかな称賛だった。「素晴らしい理念です。悪意のある世論に惑わされず、芯を貫いている」「感銘を受けました」 記者たちが拍手を始める。 鳴り響く拍手の中、4人は深く頭を下げ続けていた。◇ 同じ頃、グラン・ヘリックス日本支社の社長室。 ――ガツンッ! 白とグレーで統一された無機質な空間に、硬質な音が響いた。 御子柴玲二が、手元のクリスタルグラスを乱暴にテーブルに叩きつけたのだ。 氷が激しく揺れて、琥珀色の液体がテーブルに飛び散る。「……ふ

  • 名家の恥と捨てられた娘は、契約結婚先で花開く   337

     フラッシュの光が一段と激しくなる。 翔吾の言葉は淡々としていたが、それだけに真実味があった。「やがて父は別の女性と再婚――いえ、母と結婚していなかったので改めて結婚し、新しい子供が生まれました。僕は家の中で完全に異物でした。継母からは当然のように疎まれ、家の中のどこにも僕の居場所はなかった。子育ての手間と出費だけを押し付け、さらに金をせびる生みの親を憎み、孤独に耐える日々でした」 翔吾はそこで一度言葉を区切り、肺に新しい酸素を取り込む。 喉の奥にこみ上げる熱い塊を飲み下した。「父からの最後の温情として、大学の学費を援助してもらいました。学費だけです。実家は追い出されてしまったので、家賃を含めた生活費はすべて、アルバイトで賄っていました。しかし、それすらも母に使い込まれました。退学の危機に直面し、すべてに絶望しかけた僕に、兄である黒崎隼人が手を差し伸べてくれました。アーク・リゾーツという職場と、生きる道を与えてくれたのです」 会場は完全な静けさに包まれていた。 記者の誰もが、翔吾の生々しい告白に引き込まれている。「僕は今、このホテルで試用期間の社員として一からやり直しています。過去の恨みに囚われるのではなく、兄や義姉が与えてくれたチャンスに報いるために。アーク・リゾーツで働く今の充実感と、ホテルマンとしての誇りを胸に、お客様のために全力を尽くす覚悟です」 翔吾が深く頭を下げると、会場から感嘆のようなどよめきが漏れた。 次に、最前列に陣取っていた記者がマイクを握り立ち上がる。「山内実加さん。あなたには、子供を放置しているという育児放棄の疑いがかけられていますが、それについてはどうお考えですか!」 悪意を含んだ棘のある質問だった。 実加はマイクを引き寄せて、記者の顔を鋭い視線で睨みつけた。彼女の背筋はピンと伸び、少しの怯えも感じさせない。「育児放棄なんて、ふざけたこと言わないでください」 実加の凛とした声が、マイクを通して会場に響く。「ウチは元夫の暴力から逃げてきました。あの男はギャンブルで多額の借金を作って、理玖の、息子のミル

  • 名家の恥と捨てられた娘は、契約結婚先で花開く   336

     実加もまた、両手の拳をきつく握り込んだ。「ウチも逃げないよ。理玖のために、ここで堂々と胸を張る。悪いことなんて一つもしてないんだから」 小夜子は微笑んだ。「ええ、その意気です。大丈夫、あの暴力男やマスコミの悪意は、私たちが必ず防ぎます。あなたたちは堂々と真実を語ればいいのです」「……はいっ! 師匠!」 実加がパチンと自分の頬を叩き、気合を入れた。 まだ緊張は残っているが、それ以上の闘志がある。 翔吾はネクタイの結び目を直して、顔を上げる。彼の瞳に、迷いはもうなかった。「時間だ。行こう」 隼人の声に促され、四人は会見場へと続く重い扉を開けた。◇ 扉の向こう側は、目が眩むような光の氾濫だった。 パシャッ、パシャッ! 無数のカメラのフラッシュが、容赦なく4人の姿を切り取っていく。シャッター音が嵐のように会場に響き渡る。 長机に4人が並んで座ると、司会進行の合図を待たずに、記者たちの矢継ぎ早な質問が飛び交い始めた。「黒崎社長! 週刊誌の報道は事実ですか!」「ホテル内で暴力沙汰があったというのは本当ですか!」「動画の映像と、警察が出動した事実もありますが!」 隼人がマイクを引き寄せて、会場全体を見渡した。「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。一部報道について、当事者の口から真実をお話しいたします。どうか皆さん、静粛に」 他を圧倒するような威厳だった。 隼人の言葉と態度を受けて、会場のざわめきが波を引くように収まっていく。 隼人の目配せを受けて、まずは翔吾がマイクを握った。 マイクの冷たい金属の感触が、手のひらに伝わってくる。彼は大きく息を吸い込み、口を開いた。「週刊誌の報道にあった通り、僕は、父の妻の子ではありません。婚外子です」 会場にどよめきが走る。 ノートPCのキーボードを叩くタイ

  • 名家の恥と捨てられた娘は、契約結婚先で花開く   335

     翔吾は深く思い悩んでいた。 かつての彼は、家庭に自分の居場所はないと完全に絶望していた。 数字と効率だけを信じ、他人の感情などノイズでしかないと考えていた。 そうしなければ、心が壊れてしまいそうだったから。 本当は優しく愛されたかった。でもその願いは叶わなかった。 だから感情をいらないものと切り捨てることで、心を守っていたのだ。 しかしせせらぎ亭の現場仕事で汗を流して、サンクチュアリの現場でお客様の笑顔に触れた。必死に働く仲間たちの熱意を知った。 彼の中には、いつしか確かな感情が芽生えていた。 彼はもう、親の愛を欲しがるだけの子供ではない。 ようやく「自分の居場所」と呼べる場所を見つけたのだ。 だからこそ怖くて仕方がない。 自分の汚れた過去が、兄や小夜子、大切なアーク・リゾーツというブランドを壊してしまうのではないか。(やっと見つけた居場所を、尊敬する兄さんと義姉さんの作り上げたホテルを、僕のせいで駄目にしてしまうのでは) 1人の人間としての責任と感情が、彼の胸を激しく締め付けていた。 緊張と重圧のあまり、手のひらにじっとりと汗がにじんでいる。「翔吾さん、実加さん。緊張していますか」 澄んだ声が部屋の空気を変えた。 静かに現れた小夜子が、翔吾と実加の前に歩み寄る。 今日の彼女は、アッシュグレーのテーラードスーツにシルクのボウタイブラウスの装いだ。 フォーマルなグレーカラーの品格の中にも、オフホワイトのシルクブラウスの柔らかさが添えられた、上品な服装だった。小夜子の気品をよく引き出している。 少し後ろにはダークグレーのスーツに身を包んだ隼人の姿も見える。 彼は一歩下がった場所で、彼らを見守っていた。 小夜子は翔吾の顔を正面から見据える。 穏やかだがしっかりとした強さを持った口調で語りかけた。「親権だけを盾にして養育費の支払いを逃れ、あなたをお父様に押し付けて金をせびり続けたお母様。あなたは子供の頃から、理不尽極まりない環境

  • 名家の恥と捨てられた娘は、契約結婚先で花開く   334:逆転の兆し

     タブレットの画面が、無数のテキストを乗せて滝のように流れ続けている。 ブルーライトの光が、アーク・リゾーツ社長室のデスクを照らしていた。 隼人と小夜子はデスクの前で、それらの文字を見つめていた。 数日前までは、アークリゾーツ社に関するメッセージは「反社ホテル」「育児放棄」「不買運動」といった罵詈雑言で埋め尽くされていた。 けれど今や全く別の色合いの言葉が次々と流れ込んでいる。『おい、あの動画見た? ホテルの支配人、美人なのに強すぎないか? 合気道か何か?』『元旦那のほうから手を出そうとしてたじゃん。これ完全な正当防衛でしょ。警察も男の方を連行してたし』『清掃員の女の人、DVから逃げてきたって叫んでたよ。あの暴力男の顔、マジでヤバかったし。どう見てもホテル側が被害者でしょ』『なんか週刊誌の記事、一方的すぎない? 育児放棄とかも怪しくなってきた』『ホテル側がヤンキーをかばってるんじゃなくて、理不尽な暴力から従業員を守ってるだけのような気がしてきた』『支配人の「従業員とその家族に指一本触れさせない」ってセリフ、痺れたわー。あんな上司の下で働きたい』 小夜子が健太を制圧したあの騒動から一夜が明けると、SNSの風向きは明らかに変わり始めていた。 居合わせた客がリアルタイムで配信した動画は、週刊誌の悪意ある切り取りを覆すだけの生々しい真実を映し出していたのだ。 無責任な炎上は戸惑いに変わり、行き場をなくした正義感は反転しようとしている。 世間の意見など勝手なものだ。 けれどそれが有利になるならば、隼人は利用するつもりだった。「世論の潮目が変わりつつある」 タブレット端末から顔を上げて、隼人が口火を切った。その声は力強く迷いがない。「世間の憶測が飛び交っている今このタイミングこそが、最大のチャンスだ。我々の口から、真実を発信する」 隼人の視線の先には、翔吾と実加が立っていた。「緊急記者会見を開く。我々が盾になる。君たちは自分の口で、真実を語りなさい」「分

  • 名家の恥と捨てられた娘は、契約結婚先で花開く   205

     実を言うと、隼人は小夜子にはどこまでも甘い。彼女のためならば億単位の金をぽんと出してしまう。 が、彼にも分かっていた。 今の小夜子は総支配人として、ビジネスの話をしている。 であれば、隼人もアーク・リゾーツ社長としてしっかりと応えなければならない。 隼人は企画書を一読した。そして口の端を吊り上げた。「悪くない投資だ」 ここ最近の人手不足は深刻で、アーク・リゾーツ社も人材採用に苦戦している。 ホテル業界はITでの省力化を進めても、重要な部分は人間が担わなければならない。

    last updateÚltima actualización : 2026-04-05
  • 名家の恥と捨てられた娘は、契約結婚先で花開く   203:保育園を作ります

     翔吾と実加がホテル・サンクチュアリの従業員として採用された、翌朝。 従業員通用口の前には、重苦しい沈黙が漂っていた。 黒崎翔吾は腕時計を見た。 7時55分。8時から開始される新入社員研修の開始まで、あと5分しかない。 几帳面な彼としては、こういう場合は15分前にきっちりと準備を整えておくべきものだと考えている。 だが、しかし。「何をしているんですか? 遅刻ですよ」 翔吾は目の前の人物に問いかけた。そこにいたのは、翔吾の同期となる山内実加だった。 けれど彼女はまだ制服に

    last updateÚltima actualización : 2026-04-05
  • 名家の恥と捨てられた娘は、契約結婚先で花開く   199

    (異父弟……) 小夜子は内心で首を振った。 隼人の母親がロクデナシであることは、彼女もよく知っている。 不倫か浮気か、男遊びをしてできた子なのだろう。 隼人は苦い顔で言った。「あの母親の息子で間違いない。戸籍は確認した。弟だが、会うのは今日が初めてだ。彼は生まれてすぐに父親に預けられて、父の元で育った」 兄の言葉に、翔吾はうつむいた。 翔吾は安物のスーツを着ていた。サイズが合っておらず、肩が落ちている。 革靴のつま先は擦り切れて、手入れが行き届い

    last updateÚltima actualización : 2026-04-05
  • 名家の恥と捨てられた娘は、契約結婚先で花開く   158

     小夜子は音を立てないように寝室へ戻り、毛布を持ってきた。そっと近づいて、寝顔を覗き込む。(この方は、ずっと一人で戦ってきたのだわ) 小夜子は思った。彼の強引な求愛も、強い独占欲も。 その前の、誰も寄せ付けない冷たく厳しい態度も。 裏を返せば、それは失うことへの恐怖と冷たい孤独の裏返しなのかもしれない。(旦那様は、ずっと孤独だったとおっしゃっていた) 隼人が話してくれた過去を思い出す。 幼い頃に母親に見捨てられ、冷え切ったアパートで震えていたこと。 生き延びるのに必

    last updateÚltima actualización : 2026-03-31
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