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君が白髪になるその日を待ち、愛が燃え尽きるまで
君が白髪になるその日を待ち、愛が燃え尽きるまで
Author: キョウキョウ

第1話

Author: キョウキョウ
帝都では誰もが知っている――雨宮涼介(あまみや りょうすけ)が妻の雨宮澪(あまみや みお)を心の底から憎んでいることを。

結婚にしがみつく澪が煩わしく、束縛されることに嫌気が差していた。

だから涼介は、これまでに九十九回も離婚を切り出してきた。

そして迎えた百回目。今回も拒まれると思いきや、澪の声は氷のように冷たかった。

「分かった。離婚する」

「本気なのか?」

「涼介、おめでとう!ついに自由の身だな!」

個室では数人の友人たちが冗談を飛ばしていた。目には驚きが浮かび、まだ信じられない様子だった。

そんな中、涼介自身も「離婚する」という言葉を聞いた瞬間、一瞬だけ目を瞬かせた。

だが、それ以上に心に広がったのは解放感だった。

涼介は勢いよく腕を上げ、今夜の会計をすべて引き受けた。騒がしい空気の中、薄暗い照明の下で澪だけが背を向けて静かに立っており、その姿に思わず目を奪われた。

「さて、今度はどれくらいで泣きついてくるかな?」

「一週間?それとも二週間?」

笑いながら、彼は手元のチップを七日後にすべて賭けた。

「七日後、俺は琴音と式を挙げる。お前ら、ちゃんと祝ってくれよ」

友人たちはさらに盛り上がった。

澪はすでに個室を後にしていた。外の陽射しが眩しくて、ようやく深く息を吐いた。

涙をこらえるのに必死で、心はどこか麻痺していた。車に乗り込み、家路につく。

スマホには、涼介のプロポーズ動画がインスタで拡散されている通知が次々と届いていた。見てはいけないと分かっていながら、ふとした衝動で再生してしまった。

画面の中の南条琴音(なんじょう ことね)は高級ブランドのドレスを纏い、頬を染めながら突然のプロポーズに驚きと喜びを隠せずにいた。

澪は琴音のことをよく知っていた。

涼介のそばに一番長くいた琴音に、彼は三百六十平米の高級マンションを用意し、世界に一つだけのランゲの指輪を贈っていた。

涼介はよく話していた。琴音がどれほど我儘で、彼が何かをしようとすればすぐに子どものように拗ねて、強気な顔でこう言うのだと。

「雨宮涼介、私は愛人なんかじゃない!」

だからこそ、涼介は澪に離婚を求め続けた。

二人でゼロから築き上げた会社が成功したとき、涼介は夫という立場を利用して澪の事業をすべて奪った。澪は彼を憎みながらも、結婚にすがるしかなかった。

最初に離婚を迫られたのは、澪が難産で大量出血したときだった。ベッドサイドに立った涼介は、冷たく告げた。

「離婚に同意するなら、手術同意書にサインしてやる」

二度目は、澪が交通事故に遭ったとき。涼介はスマホ片手に言い放った。

「離婚に同意するなら、救急車を呼んでやる」

……

九十九回目は、澪が誘拐されて心臓を撃たれたときだった。電話越しの涼介の声は、やはり冷たかった。

「離婚に同意するなら、身代金を払ってやる」

そして百回目――澪は、もう限界だった。

プライドを捨てたくはなかったが、主治医の林紀行(はやし のりゆき)先生に告げられたのだ。澪の心臓はもう持たず、余命は七日。

澪は薄暗い別荘へと向かった。絶望に心を覆われ、涙すら流せなかった。

そもそも、最初に涼介に想いを寄せ、積極的にアプローチしたのは澪のほうだった。

雨宮涼介は帝都で名を馳せる御曹司で、人と距離を置くタイプだった。幼い頃から彼の後をついて回るのが好きだった澪にとって、冷たい態度は日常だった。

けれどそんな彼が、燃えさかる火災の中を何度も往復し、命がけで澪を助けてくれた。

火災で両親を亡くした澪は、長く言葉を失っていた。

涼介は根気強く言葉の練習に付き合い、澪の訛りを笑う者がいれば真っ先に飛び出して殴り、肋骨を三本も折ったこともあった。

夜が怖いと泣けば、昔話をしながら朝まで側にいてくれた。

澪は、本当に愛されていると信じていた。

だからこそ、どこにでもあるような素朴な指輪でのプロポーズにも、迷わず頷いたのだ。

だが結婚後、気づけば実家の事業はすべて乗っ取られていた。問い詰めようとオフィスの扉を開けたとき、

目に飛び込んできたのは――琴音を抱きしめ、キスする涼介の姿だった。

視界が真っ白になり、雷に打たれたような衝撃が走った。

「澪、見てしまったのか」

「俺と離婚してくれ。琴音にはちゃんとした立場が必要なんだ」

胸が締めつけられるような痛みに襲われた。なぜ、と問いかけた澪に向けられたのは、冷酷な眼差しだった。

「本気で俺がお前を愛していたと思ってるのか?澪、お前の母親が昔、俺の母を死に追いやった。あのとき母も、今のお前のように絶望していたんだろうな」

その言葉で澪は悟った。

涼介は、十年もの間、自分を憎み続けていたのだ。

だから澪は、自分の最後の砦を何としても守ろうとした。離婚だけはしたくなかった。

プライドを捨てたくなかった。

でも、もうすぐ死ぬ。自分でも惨めだと思った。

彼女は頑固な性格で、誰にも醜い姿を見せたくなかった。死に際でさえも……

涼介には、自分の亡骸を見せたくなかった。

どれだけ時間が経ったのか分からない。澪はふと夢から目覚めた。夢の中で、涼介は優しく澪を抱きしめ、赤いバラが世界を覆っていた。

彼は静かに祈りを捧げ、優しい眼差しで言った。

「澪、俺たちはずっと一緒にいよう」

けれど目を開けると、そこには暗闇しか残っていなかった。

澪のスマホには、涼介が突然インスタに投稿した写真が表示されていた。

一筋の血痕、皺の寄ったシーツ。

キャプション――【ついに人生で最も愛しい人を手に入れた】

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