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第22話

作者: キョウキョウ
林先生が僧侶を呼び、澪のために法事を営ませたとき、澪は自分の魂が、目に見えない何かに引き寄せられていくのを感じた。僧侶は澪の姿を見るなり、思わず目を閉じた。

それもそのはず。澪の死後の姿は、あまりにも凄まじいものだった。

今回、澪を探してくれたのは涼介ではなく、林先生だった。

澪は長く林先生のそばにいて、その優しさを知っていたし、彼が涼介のことを長年大切にしてきたこともわかっていた。

思いがけなかったのは、林先生が自分の魂が未だこの世に留まっていると知ったとき、彼はただただ、澪に向かって祈るように泣いていた。

「澪さん、涼介さんは君にひどいことをしてしまいました。でも、お願いです。涼介さんを助けてあげてくれませんか?」

「私は小さい頃から涼介さんを見守ってきました。そして、君はきっと涼介さんのそばを離れられないのだと思っていました。でも……私が間違っていたんです。本当に、大きな間違いでした」

「今、涼介さんは食事も水も受けつけず、日に日にやつれていっています。もし君がいるなら、彼に生きてほしいです」

「君が彼の夢に現れることができるのは、わかっています。だから澪さん、お願いします。涼介さんを救ってください」

林先生の真摯な言葉に、霊となった澪でさえ、胸を締めつけられずにはいられなかった。彼はもともと現実主義者で、霊だの魂だのを信じるような人ではなかった。そんな彼が、涼介のために今は証明できない存在にすがっていた。

けれど澪は、もうすぐこの世から消えてしまう。そんな自分に、涼介を救うことなどできるのだろうか?

でも涼介の姿を目にした瞬間、澪の心は砕けた。一回り小さくなったように見える涼介。その気品ある顔立ちは影を潜め、空虚な瞳だけがぼんやりと揺れていた。林先生の言葉どおり――涼介は、本当に、死にかけていた。

その日の夜、澪はまた涼介の夢に入った。

夢の中の涼介は、澪が最初に別れを切り出した頃の姿に戻っていた。林先生によると、その時期の涼介はひどく苦しんでいたという。澪は、彼の手首に残る深浅さまざまな傷を見て、反射的に彼のもとへ駆け寄り、その体を抱きしめた。

涼介は、懐かしい香りに気づき、信じられないという顔で見上げた。

「澪?どうしてここに?」

「君は俺と別れたはずじゃ?」

澪は、もうあの頃のように冷たく言い放って彼を突き放したりはし
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