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「あれー? どうしたのー?」 わらわらと、男性三人が公園の中に入ってきた。話しかけた相手は、もちろん私。「可愛いねぇ。君、一人? 夜は危ない人も多いからねぇ。お兄さんたちが車で送っていってあげるよ」 近づいてきた男性たちは、該当に照らされ、耳と鼻、そして唇の下についたピアスがキラリと光る。 髪は明るく染め上げられており、伸ばしてきた腕にはよくわからない模様が入っていた。「いえ、大丈夫です」 これはまずい、とどこかで察する。 目を合わせないようにし、私は鞄と紙袋を抱えて公園を出ようとした。「おっと、どこに行くんだい? いいから、俺たちに任せろって」 男性たちを交わして出ていこうとしたが、公園の出入口は一つしかない。当然のように出口の前に三人は立ちはだかり、呆気なく脱出手段を奪われてしまった。 どうしよう。怖い。何をするつもりだろう。まさか本当に送ってくれるはずがない。「家はすぐそこなので。迷惑をかけることになりますし……」 ジリッと靴が砂を擦りながら、私は後退りをした。それとほぼ同時に、彼らは一歩前に出る。「近くても危ないものは危ないしさぁ。君知らないの? この辺、暗くなると不審者が出るって有名だよ? 迷惑なんて全然気にすんなって」「そうそう。そんなさぁ、怖がらないでよ。優しくするからさぁ」 へへっと笑いながら、三人はゆっくりと私の方へ足が近づいてくる。公園の出口の先を見ると、いつの間にか黒いワゴン車が停まっていた。よく見えないが、運転席からも視線を感じる。「いや、もう本当、大丈夫なので」 周りには誰もいない。私と、彼らの四人だけ。人が通る気配すらない。 手足がガクガクと震え出した。力が入らず、前にも後ろにも進めない。 すると一人がチッと舌打ちをして、明らかに表情が変わった。「ごちゃごちゃうるせぇなぁ! 送ってやるって言ってんだろ! ほら、さっさと乗れよ!」 一気に距離を詰められ、腕を掴まれた。荷物が地面に落ちる。怖くて堪らなくて、私は大声を出すことも、抵抗することもできなかった。「い、いや、やめ……」 蚊の鳴くような声を出す
帰る場所などない私は、いつもの公園へと向かった。辺りは完全に日が落ちて、街灯が寂しい遊具たちを照らしている。 相変わらず人の気配はなく、私は安心してブランコへと腰掛けた。 鞄は地面に、そしてもらった紙袋は、そっと膝の上に乗せた。 紙袋の口を大きく広げ、中にあるビニール袋を開封する。すると案の定、土まみれの瓶が姿を表した。「うわぁ……」 あまりに汚く、中は見えない。だが、最も肝心なものは、外側からは目視することができない、この汚れた膜で覆われた世界に閉じ込められているのだろう。 私は意を決して、瓶の蓋を回した。 土が入り込んでいるのか、とても固かった。しばらく様々な持ち方をして力を加え、格闘する。すると蓋は、ついに参りましたというように、勢いよく回った。 私はそれをそっと開け、紙袋内の端に置いておく。 中にはチャックつきポリ袋があり、分厚い紙が入っていた。瓶に守られていた分、劣化を感じさせない綺麗さを保っている。 私は中身をよく見るために、瓶が入った紙袋を地面に置き、ポリ袋のチャックを開けた。 よく見るとそれは無地の白い封筒だった。そして端の方に、小さく書いてある文字を見つける。『二十歳になった春田絵美様』 心臓がどくんと跳ねた。動悸が続いて、耳まで伝わり、周囲の音は自分の鼓動で遮られている。 震える手を必死に抑えながら、私は封筒を開いた。丁寧に折りたたまれた何枚もの紙と、封筒に入るくらい小さなサイズの袋があった。 私はその手紙と思わしきものを広げ、目を通す。 風がふわりと紙を揺らした。『二十歳になった絵美ちゃんへ。 これを書いたこと、そしてこのタイムカプセルの存在自体、絵美ちゃんは覚えていないと思います。 だってこれを書いているのは、絵美ちゃんの二歳のお誕生日なのだから。 明日、これを絵美ちゃんと一緒に、庭に埋めようと思っています。 ママは絵美ちゃんが二十歳になるまで、このタイムカプセルの存在を隠せているかしらね。 うっかり言ってしまいそうな自分が想像できるけど、案外忘れて
十六年間暮らしていた家までの道を、忘れるわけがなかった。素早い足取りで、私は色褪せた壁と、つかない玄関ライト、そして蜘蛛の巣が張られた『春田』を探し歩く。 日が少しずつ落ちてきた。街灯が白い光を放ち、太陽の代わりに世界を明るく照らす。 そんな眩しい光を浴びた、一軒の家が見えてきた。「あった……」 それは私が暮らしていた時と、何ら変わりのない家……ではなかった。 壁の色は、塗り替えたばかりなのか、汚れ一つ見えないほどの綺麗さで、玄関ライトは淡くオレンジ色の光を灯していた。 そんな綺麗な家を見て、私は胸が痛くなる。単純な理由だ。だって、そこに書いてあるのは『春田』ではなかったから。 掃き出し窓からはカーテンを挟んで温かい光が漏れており、キャーという子供らしい声と、それを聞いて笑う男女の声が響いていた。 ああ、入れない。私がこんな理想的な家族の間に入れるわけがない。入ってしまえばきっと、虚しさで灰になってしまうだろう。 ここでただ見つめているだけで十分。そう思った時だった。 シャッと淡いピンク色のカーテンが開いた。オレンジ色の眩しい光が、闇の中にいる私に直撃する。逆光で表情は何も見えなかったが、長い髪の人影が私を見ているのがわかる。 私は驚いて完全に固まっていた。すると、その女性らしき人は、鍵を開けたのだ。「……どちら様? どうかされましたか?」 先程聞いた笑い声は幻かのように、ピリリと冷たい空気が私たちの間を流れる。 小さな影と、更に大きい大人の影も、窓枠の端から覗いていた。 冷や汗が滲み出てくる。私は咄嗟に答えた。「あの……前ここに住んでいて、どうなってるのか気になって……」 すると、女性は、すぐ下に置いてあったサンダルを履き、門のそばまで出てくる。表情がようやく露わになり始めた。 スタイルは良く、肌艶があり、若めの綺麗なお母さん、という印象だった。怒っているのかと思ったが、意外にも表情は柔らかい。だが、真剣な表情だった。 恐らく、怒り口調でないのは、制服を着ていたおかげだろう。全く年齢も素性もわからない不審者であれば、無言で警察を呼ばれてもおかしくないはずた。
「ちょっと待って。いつの間に彼氏ができてたの!?」 あの後、誰かに話したくて仕方がなく、麻仲に連絡してしまった。これまでは、自分の中で解決しようと耐えていたことも多かったのだが、今回ばかりはさすがに無理だと思った。 すると放課後、急だったにも関わらず、私のために彼女はわざわざ話を聞きに来てくれたのだ。 先日と同じく、ファストフード店に足を運び、彼女はシェイクを注文。私はとても食べる気分にならなかったため、オレンジジュースだけを購入して席へとついた。 私からすると、前回麻仲と会ったのは昨日のような感覚で、連日の呼び出しに申し訳さを感じながらも、すぐに日中にあった高羅の話し始めた。 私があまりにも止まらぬ勢い話していたため、疑問を投げかける隙すらなかったのだろう。一気に語り尽くし、私が息継ぎのために間を置いた瞬間、ようやく彼女が疑問を放つことができたようだった。 その疑問を聞いてようやく、彼氏ができたと報告するより前の世界に、やり直したことを思い出す。 家以外は、生前と変わらない日常のため、自分は死んで、やり直しをしている事実を忘れてしまっていた。 「いつの間にって……四日前だよ。私にとっては一ヶ月くらい前の感覚だけどさぁ……」 やり直しについて、麻仲は一切理解できないとわかっていながらも、思わず本音を漏らしてしまった。だが、これ以上私は何も言わないでおいた。私は一度死んでいる、なんてオカルトチックなことを言えば、引かれる未来は容易に想像できる。 麻仲は一瞬、よくわからないといった様子で首を傾げたが、私の目を見て、すぐに鞄からティッシュを取り出し、何も言わずに渡してくれた。 話を聞いてもらえた安心感からか、気がつくと目と鼻がじわりと熱くなり、麻仲の顔がぼやけて見えなくなっていた。 溜まっていた感情が、言葉と共に溢れ出してしまったのだろう。 我慢することもできず、瞬きをした瞬間、頬に幾筋もの悲しみの川が流れた。 そんな私たちの様子を気にすること
途中のコンビニでパンと水を買い、イートインコーナーでそれを食べながら時間を潰した。ある程度の時間になったため、そのまま登校する。 学校は驚くほどに変わらなかった。私に対して暴言を吐く人はいない分、寄ってきてくれる人もいない。 その原因は知っている。私の方から離れたのだ。この人も、あの人も、何だか合わない。何か違う。だから女子特有のグループを転々として行くうちに、気づけば一人になっていた。 それは慣れっこだった。寧ろ、普段通りの生活が戻ってきたことに安心感すら覚える。 朝礼、一時間目、二時間目と授業が進み、昼休みになった。暇になった私は、隣のクラスを覗きに行く。 いつものように、後ろ側の扉から中を覗くと、一番後ろの窓側の席に、複数の男子に囲まれた高羅の姿があった。「あ、ほら小木。来たよ彼女さん」 一人が気づき、高羅に呼びかけた。高羅も、あっと口を開け、こちらを見ている。同時に、周りにいた男子たちも一斉に振り向いた。「あ、やっぱり大丈夫! またね!」 私は高羅に手を振り、覗かせていた顔を引っ込める。 残念。話をしているのなら仕方がない。高羅は人気者なのだから。 そう思い、廊下の窓から見える青空を眺めていると、ある発言が耳に入った。「小木さ、どうしてあの子と付き合ったの? あんまり良い噂聞かないじゃん」 うわ、と思い立ち去ろうとする。だが、その理由は私も気になっていた。なぜ、高羅ほどの人気のある人が、私なんかと付き合ってくれたのだろう。 別に、この学校では頭も良くないし、スポーツだって人並みだ。顔はそこそこに可愛いと言われたことはあるが、特別良いわけじゃないし、学校では完全に浮いている存在。 それのどこを、好きになってくれたと言うのだろうか。 私は息を潜めて、全神経を耳に集中させた。「うーん、なんでだろうね」 えぇ、と落胆した声が聞こえた。その後、高羅の控えめな笑い声が上がる。 どういうこと? それ後に何か付け加えの発言があるかと待っていたが、高羅は何も言わなかった。空気を読んだのか、友達が別の話題を始める。 高羅の気持ちがわからなかった
翌日、お腹が空いて堪らずに目が覚めた。そういえば、昨日高羅とドーナツを食べてから、胃に何も入れていないことを思い出す。 まだ日は昇っていないものの、窓から見える空は、淡い紫色を伴った、幻想的な明るさになっていた。 早朝だったが、昨日はあのまま眠ってしまったため、シャワーだけ浴びに行こうと着替えを探す。私の部屋は個室で、よく見ると荷物や服は、全て見覚えのある私の持ち物だった。 私はひっそりと扉を開けて部屋を出た。まだ誰も起きていないだろうと思ったが、浴室へ向かっていると、近くの扉がゆっくりと開き、女の子が出てきた。 寝起きのようで、髪は前髪はヤシの木のような寝癖がついており、目は腫れている。 その子は私を見ると、肩を跳ね上げ、驚いたような表情をしていたが、無言ですぐに視線を逸らし、私に背を向けてスタスタと歩いて行った。 ああ、私は嫌われているのだ。ここには誰も、私を必要としてくれる人はいないのだな。 昨晩は怒りが湧いたが、朝の寝ぼけた頭では妙に冷静に受け止めることができた。 何だろう、この喪失感は。高校に入学して初めてのテストで、低い点数を取り、母に怒鳴られた時のような感情。 どう足掻いたって、変わらないのだという、全てを諦めたような気分だった。 母のいない世界だと、こうなるのか。 体がぐんと重くなる。足の裏に張り付いた床は、やはり見慣れない茶色い木目調のフローリングだった。 私の家の廊下は白い床だったな。 ふとそんなことを思い出した。そういえば、この世界で私の家はどうなっているのだろう。 そう考えながら、私はシャワーを浴び、何も口にすることなく、学校に行く準備をして外へと出た。