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君のいない世界で、橙は鮮やかに色づく

君のいない世界で、橙は鮮やかに色づく

By:  ぽりぽり海苔っ子Completed
Language: Japanese
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十八歳の誕生日。 転校生の不良少女・上村清良(うえむら きよら)が全校生徒の面前で、伊東礼司(いとう れいじ)に愛を叫んだ。 礼司は眉一つ動かさず、突きつけられたラブレターを冷淡に引き裂く。 「汚ねえな。興味ない」 その言葉に逆上した女は、衆人環視の中で私・坂口橙子(さかぐち とうこ)の胸ぐらを掴み上げた。 「あんたの好きなこの口の利けない女なら綺麗だって?だったら、いっそもっと汚してやろうか!」 「死にたきゃ、やってみろ」 その日の午後、清良は学校から警告処分を受け、炎天下の掲揚台の下で一日中立たされる羽目になった。 それ以来、彼女と礼司は犬猿の仲となった。 彼女は私をいじめて礼司を挑発し、礼司はその倍返しで報復する。 やられたらやり返す。端から見れば賑やかなものだ。 あの日。路地裏で彼女たちが私を囲み、服を引き裂いて動画や写真を撮り始めるまでは。 駆けつけた礼司は、血走った目で狂ったように彼女を男子トイレへと引きずり込んだ……

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Chapter 1

第1話

"Kenny."

I forced myself to look up. My voice broke from the pain.

Kenny Havon turned around. His golden pupils looked especially cold in the moonlight.

The she-wolf in his arms, Leah Sterlace, was giggling. She was tracing circles on his chest with her fingers.

"Ella, you couldn't even handle a few rogues?"

Kenny sounded obviously impatient. "With this level of performance, you're not fit to be my Luna."

I closed my eyes.

Silver toxin was the hardest thing for a werewolf to withstand, but I had to hold on.

Tomorrow was the night of the full moon, the day Kenny and I were supposed to hold our marking ceremony.

I had waited seven years for this day.

I had stayed by his side back when Kenny wasn't even an Alpha yet.

Seven years ago, he was still a werewolf cast aside by his own family.

I was the one who helped him secure a chance to participate in the Moon Goddess's trial. I was the one who went through life-and-death encounters with him again and again. When he lost control during the full moon, it was my singing that soothed his raging soul.

Now he was an Alpha, and he ruled over the entire southern territory.

Suddenly, I was no longer good enough for him.

"Ella, are you okay?" A few young warriors stepped forward. They wanted to help me up.

Kenny gave them a cold look. "Let her handle it herself. If she can't even endure an injury like this, how is she qualified to be my Luna?"

The warriors retreated awkwardly.

Leah walked over and crouched in front of me. In a voice only the two of us could hear, she said, "You look so pitiful when you're bleeding, Ella."

I ignored her.

"Oh, right. Kenny said he's taking me to see the stars tonight."

Leah tilted her head to one side and pretended to smile sweetly. "The marking ceremony might get canceled because Kenny's wolf said I'm his destined mate."

I snapped my eyes open.

Kenny walked over and pulled Leah back into his arms. "That's enough. Ella, can you make it home on your own?"

The silver toxin was eating away at my organs. I could feel my life slipping away.

Even so, I still nodded.

"Good."

With his arm around Leah's waist, Kenny turned away. "Oh, right. The marking ceremony tomorrow is postponed. I've got things to deal with. I won't be coming back tonight."

He didn't even look back when he said it. It sounded as casual as telling me he wouldn't be home for dinner.

In seven years, this was the ninety-ninth time Kenny postponed our marking ceremony.

Every time, there was a reason.

He was always busy with territory wars, external threats, and power struggles.

I pulled out the shattered fang embedded in my shoulder. The sound of flesh tearing echoed through the silent night.

Blood surged out, but with the last of my strength, I sealed the wound.

"Got it," I said.

Kenny paused for a moment. He seemed surprised by how calm I was, but he said nothing.

He disappeared into the depths of the forest with Leah.

Moonlight filtered through the treetops and cast shadows across the ground.

I kneeled in a pool of blood and reached for something in front of my chest.

It was a wolf-fang necklace that Kenny had given me the day he became Alpha.

He had said, "Ella, I'm giving you my wolf fang. It represents my love for you."

Seven years had passed. Our marking ceremony still never happened.

I tore the necklace off and tossed it into the nearby spring.

The water swallowed the wolf fang and, with it, the very last of my hope.
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ノンスケ
ノンスケ
不良娘も大概だけど、1番酷いのは優しい顔して耳が聞こえないのをいいことに騙しているクズ男。それにしても叔父さん、いい男すぎ!
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クズ男が思ってたよりクズだったけど、序盤からクズだったから即廃棄決定 潔い主人公に拍手
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第1話
十八歳の誕生日。転校生の不良少女・上村清良(うえむら きよら)が全校生徒の面前で、伊東礼司(いとう れいじ)に愛を叫んだ。礼司は眉一つ動かさず、突きつけられたラブレターを冷淡に引き裂く。「汚ねえな。興味ない」その言葉に逆上した女は、衆人環視の中で私・坂口橙子(さかぐち とうこ)の胸ぐらを掴み上げた。「あんたの好きなこの口の利けない女なら綺麗だって?だったら、いっそもっと汚してやろうか!」「死にたきゃ、やってみろ」その日の午後、清良は学校から警告処分を受け、炎天下の掲揚台の下で一日中立たされる羽目になった。それ以来、彼女と礼司は犬猿の仲となった。彼女は私をいじめて礼司を挑発し、礼司はその倍返しで報復する。やられたらやり返す。端から見れば賑やかなものだ。あの日。路地裏で彼女たちが私を囲み、服を引き裂いて動画や写真を撮り始めるまでは。駆けつけた礼司は、血走った目で狂ったように彼女を男子トイレへと引きずり込んだ。「撮れよ。別に構わない。ねえ礼司、私の体で見てない場所なんてないでしょ?昨日ベッドで約束したじゃない。今回は私の好きにさせてくれるって!」耳の奥がズキズキと痛む。それは八歳の時以来、初めて私の世界に届いた「外」の音。氷の洞窟に突き落とされたかのような悪寒。全身の震えが止まらない。追いかけっこに興じているうちに、礼司の心はとうに道を踏み外していた。*「清良、いい加減にしろ!これ以上やるなら、俺にも考えがあるぞ」途切れ途切れに鼓膜を叩くその声には、威圧感の欠片もない。返ってきたのは、少女の鈴を転がすような笑い声だけ。「考えがあるって、またベッドの上でいじめる気?礼司ったら、本当に悪い人ね。大事な『橙子ちゃん』は知ってるの?あんたのそんな顔」清良は爪先立ちし、礼司の腕に絡みつく。会話が途絶え、やがて少女の耳障りな吐息だけが漏れ聞こえてきた。しばらくして、清良の弾むような声が響く。「今回は私の勝ちね。次はあの子に何をしてあげようかしら?」礼司の足音が近づいてくる。「好きにしろ」その冷淡な一言が、爆弾のように私の耳元で炸裂した。私は思わず視線を落とす。足元の景色が涙で歪んでいく。音が聞こえるというのは、これほどまでに苦痛なことだっ
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第2話
試験監督が眉をひそめ、こちらへ歩いてくる。彼女は屈んで紙切れを拾い上げ、広げて私の目の前に突きつけた。「あなたのですか?」私は黙っていた。「もう一度聞きます。この紙はあなたのもの?カンニングをしたんですか!」先生の声が荒らげられる。彼女は他学年の担当で、私のことも、私が耳が聞こえず話せないことも知らない。怒りを露わにし、携帯電話で担任を呼び出し始めた。「先生、その子はうちのクラスの『お姫様』なんですよ。プライドが高いから、カンニングなんて死んでも認めませんよ。あ、そうそう。それに彼女、耳も聞こえなきゃ口もきけない障害者で……」清良の言葉に、周囲からドッと笑いが起きる。顔が一気に熱くなる。私はすがるように礼司を見た。彼は冷たい表情で清良を睨みつけていた。分かってる。これも清良の新しい手口だ。礼司との「追いかけっこ」の新章なのだ。担任が駆けつけた頃には、事態は最悪の空気になっていた。「伊東さん、坂口さんに聞きなさい。この紙は彼女のものかと」礼司が立ち上がり、手話で問いかけてくる。私はただ彼をじっと見つめた。以前の彼なら、教師に合わせて私を尋問したりしなかった。誰が何と言おうと、私がカンニングなどする必要はないと断言してくれたはずだ。けれど今、彼は清良のゲームに合わせ、衆人環視の中で私に罪を問うている。「橙子は……自分のものだと言っています」礼司は私に背を向け、そう告げた。その瞬間、心臓に冷たい風が吹き荒れた気がした。私は言いかけた彼の袖を掴み、期待に満ちた周囲の視線の中で、深く、重く頷いてみせた。礼司の端正な顔が歪む。[お前のじゃないだろ、なんで認めるんだ?]投げやりな私の態度に、彼の中で何かが欠け落ちたようだった。私は何も答えず、計算用紙にペンを走らせる。【先生、ごめんなさい。紙は私のものです】顔面蒼白になった担任に連れられ、私は退室した。清良でさえ呆気にとられ、立ち尽くしている。私が素直に認めるとは思わなかったのだろう。礼司の体がわずかに揺らぎ、動揺が見て取れた。一連の騒動の結果、全科目の成績は無効となったが、担任の必死の擁護により処分は免除された。オフィスで担任は教頭に対し、私が普段いかに大人しく、優秀かをとつとつと語っていた。
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第3話
清良は私が聞こえないと思い込み、傍らで汚い言葉を吐き散らかしている。「礼司を独り占めしやがって、この役立たずが!十年前の爆発で死んでりゃよかったのよ!」十年前の事故のことは、誰も知らないはずだった。礼司が彼女に話した。涙が溢れ出し、酸欠のような苦しみが胸を切り裂く。背中に棒が振り下ろされ、肋骨が砕けるような鈍い音が体内で響いた。悪臭を放つ冷水が、次から次へと浴びせられる。清良は私を引きずり、袋を被せたまま頭をトイレの汚水タンクへと押し込んだ。鼻を突く悪臭に意識が遠のく。必死にもがき、叫ぼうとするが、手足は屈強な力で押さえつけられている。「礼司……」口から漏れたのは不明瞭な音だったが、無意識に彼の名を呼んでいた。廊下から足音が近づいてくる。次の瞬間、礼司の声がした。「今夜は付き合ってやる。言っとくけど、最近あいつ情緒不安定なんだ。あんまり刺激すんなよ」その声には冷酷なまでの無関心さが漂っていたが、清良は怯むどころか笑い飛ばした。「礼司ったら、あなただって楽しんでるくせに」礼司は冷ややかな目で、清良の背後でもがく人影を一瞥した。「いじめるのも程々にしろ。大事になったら誰も庇いきれないぞ」「礼司がいるじゃない」清良は跳ねるように礼司の懐へ飛び込み、強引に口づけを交わす。そして、礼司は去っていった。囃し立てる声が響く中、礼司はもう一度だけ、汚水タンクの縁で揺れる私の足を見た。「行くぞ」彼は抱きついた女を引き剥がし、振り返ることもなく出て行った。清良は顔を出し、取り巻きたちに後始末を命じる。「まったく、礼司ってばツンデレなんだから。最初から相手してくれるって言えば、こんなことしなくて済んだのに。手が汚れちゃったじゃない?私は先に行くから、あとはよろしく」取り巻きたちが笑いながら同意する。「あんな喋れない女より、男なら誰だって清良を選ぶよ」連中は笑いながら、パラパラと散っていった。あとに残ったのは水滴の落ちる音だけ。それが私の心を穿つように響く。私は汚れた床に崩れ落ちる。全身が押し潰されたように痛んだ。視界の隅でスマホが光った。通知画面に並ぶ文字の一つ一つが、鋭い棘となって心臓を突き刺した。【橙子、今夜は先に帰っててくれ】まぶたが重
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第4話
[なんでここに?]酷い暴言を吐いた自覚があるのか。私が聞こえないと知っていても、彼は気まずそうに視線を逸らした。私は何事もなかったように振る舞い、ティッシュで彼の服についた灰を払う。[お母さんが心配してる]事実だけを伝えた。余計な感情は乗せない。礼司が綺麗な眉を顰め、何か言いかけようと手を上げた時、背後から清良の声が飛んできた。「ちょっと礼司、行かないでよ!あんた、その口の利けない女と何話すことがあるわけ?」私は体側で拳を握りしめ、震える手で礼司の袖を掴んだ。[帰ろう]礼司は板挟みになり、困り果てた表情を浮かべた。[橙子、先に帰っててくれ。夜には帰るから]彼は私の指を一本ずつ引き剥がし、宥めるように頭を撫でようとした。私はまた、それを避けた。礼司の瞳に深い憂色が宿る。喉仏が動いたが、結局何も言わなかった。[礼司、私は清良が嫌い][もし今日礼司が行くなら、私たちはもう二度と会わない]初めて突きつけられた絶縁の言葉。礼司は驚愕し、目を見開いた。[よせよ、お前はずっと聞き分けのいい子だったじゃないか][清良はそんなに悪い奴じゃないんだ。ただちょっとヤンチャなだけで……]「いい子」、「聞き分けがいい」。それは礼司が私を縛り付ける呪いの言葉。今となっては、二択の末に私を切り捨てるための、都合のいい言い訳にすぎない。あまりに皮肉だ。私は力なく口角を上げ、小さく頷くと、迷いなく礼司の手を離した。手の平から温もりが消える。礼司は虚ろな目で、私の華奢な背中を見つめていた。背後では清良がヒステリックに「行かないで」と叫んでいる。ついに礼司が忍耐を切らし、「いい加減にしろ!」と怒鳴る声がした。車の中でバックミラー越しに揉み合う二人を見つめながら、私は微かに笑った。数分後、礼司が車に乗り込んできた。[行こう、家へ]バックミラーの中、清良が地団駄を踏んで泣き叫んでいるのが見えた。私が勝った。清良。*清良の報復は迅速だった。翌日、クラスのグループチャットが爆発した。【うわ、これ例の『お姫様』じゃね?】【ヤバ、露出度高すぎだろ!普段ツンとしてるくせに裏ではこんなことやってんの?】【エッロ!抜けるわー!もっと貼れよ!】見るに堪えない写真や動画が、一夜に
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第5話
学校での飛び降り騒ぎは、あっという間に拡散された。いじめ、障害者、そして度重なる虐待疑惑。ネットのおもちゃにするには十分すぎるネタだ。清良のこれまでの悪行も、次々と掘り起こされた。事態を重く見た教育委員会は、特別調査チームを立ち上げる騒ぎになった。病室で、幸枝はネットの書き込みを見て怒りで震えていた。目を真っ赤に腫らし、言葉も出ない。史朗は横で沈痛な面持ちのまま黙り込んでいる。「橙子ちゃん、どうして……どうして言ってくれなかったの?橙子ちゃん……」耳元で響く泣き声に、私の目からも涙がこぼれた。この十年間、二人は私を実の娘のように育ててくれた。たとえきっかけが恩義だったとしても、そこに注がれた愛情に嘘はなかったはずだ。【お母さん、留学したくない。叔父さんのいる街で大学に行きたい】震える手でスマホに打ち込み、画面を見せる。それを見た幸枝は、さらに激しく泣き崩れた。「礼司のせいね……あの子は私がしっかり教育するから!いじめの件だって、絶対にあの子に責任を取らせる!だから橙子ちゃん、お母さんのそばを離れないで、お願い」私は幸枝を抱きしめ、涙を拭った。【叔父さんの病院に、すごく腕のいい心理カウンセラーが来たって聞いたの】【もしかしたら、私の声も治せるかもしれない】あの事故の直後、真っ先に駆けつけてくれたのは、亡き母の弟である叔父・三上和也(みかみ かずや)だった。彼は私を東都の屋敷へ引き取ろうとしたが、伊東夫婦の必死の懇願と、当時八歳の礼司の土下座によって、その念を断ち切った。伊東夫婦は立ち尽くし、何も言えなくなった。私の決断が礼司のせいだと痛いほど分かっているからだ。それは薬でも何でも治せない、心の傷。その時、人影が飛び込んできた。埃まみれの礼司だ。手には私の志願票が握りしめられている。「橙子、留学しないってどういうことだ?なんで東都の東栄大学を受けたことも、耳が治ったことも黙ってたんだよ!」問い詰める礼司の声には、明らかな後ろめたさが滲んでいた。私は反応せず、ただ静かに彼を見つめた。十年見続けてきた顔。なのに、まるで他人のようだ。清良が現れて思い知った。私は礼司という人間を、何も理解していなかったんだ。私たちは似た者同士だと思っていた。向上心
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第6話
「橙子……どうしてそんな人間に変わっちまったんだ?」礼司は敵意を剥き出しにした私を見て、驚愕と困惑の表情を浮かべている。彼の記憶の中の私は、感情の起伏がない、ただの「人形」だったからだ。冷たく、淡々としていて、いつも孤高を保っている存在。だからこそ、私より何もかもが劣っているはずの清良が、礼司を惹きつけたのだ。彼女は私とは違ったから。私にはない、燃えるような情熱を持っていたから。でも礼司は忘れている。私の性格が、あの事故の後に変わらざるを得なかったということを。かつての私も、個性的で活発な普通の少女だったということを。その時、無機質な着信音が静寂を切り裂いた。画面に表示された名前を見て、礼司の瞳が揺らぐ。「もしもし、礼司……私、本当に退学になっちゃう……退学になったら人生終わりだよぉ……」電話の向こうから、少女の泣き叫ぶ声が漏れ聞こえる。礼司は迷いなく踵を返した。史朗が止めるのも聞かず。ドアが閉まる音で窓ガラスが震えた。分かってる。礼司は清良を不憫に思ったのだ。そして私のことを、計算高く、裏表のある冷酷な女だと認定した。だが彼が一番腹を立てているのは、今回の件を自分の力では揉み消せないと悟ったからだ。清良の一件はあまりに大きくなりすぎた。学校側も、軽々しく退学や停学の処分を下せずにいた。私が復学した後、教育委員会の調査が本格的に始まった。清良は礼司を盾にして、のらりくらりと聴取を避けていた。礼司は自分の名誉を賭けて、彼女の身元を保証していた。学校中が知っていた。礼司が清良のために私と決裂したことを。あの十八歳の誕生日の告白が蒸し返され、誰もがその皮肉を噂した。当時は「興味ない」と切り捨てた相手のために、今はすべてを捧げているのだから。「礼司!夜は何か美味しいもの食べに行きましょ!私、最近痩せちゃって」清良と礼司は、毎日ベタベタと学校の至る所に現れた。清良は勝ち誇った顔で、私に見せつけるように腕を組む。私は無関心を装い、礼司が何度も私に向けてくる視線に気づかないふりをした。ただ勉強に没頭し、礼司とは赤の他人としての距離を保った。ある日の放課後。階段の踊り場で、礼司が待ち伏せていた。私は見なかったことにして、回り道をしようとする。腕を掴
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第7話
私は深く息を吸い、手を動かした。[たった一度の過ち?][あなたは刺激が欲しくて清良とつるんで、私をいたぶるのをゲームにして楽しんでた。守るなんて口先だけ、他人が私を傷つけるのを、ずっと黙って見てたじゃない][私が邪魔ならそう言えばよかったのよ。あなたに縋りつこうなんて一度も思ったことない……][最初に『そばにいてくれ』って頼んできたのは、礼司の方でしょ]感情が込み上げ、手話のスピードが速くなる。堪えきれず、目尻から涙がこぼれ落ちた。礼司の驚愕した瞳に、痛みが滲む。彼の前で泣いたのは、これが初めてだった。彼と清良のゲームの目的は、ようやく達成された。[私の涙が見れて満足?][よかったわね礼司、あなたの勝ちよ。私が勝たせてあげたんだから]目の前の、かつてない悲しみを湛えた清らかな顔を見て、礼司の心臓が強く締め付けられた。「違う、違うんだ!俺は清良とそんなゲームなんてしてない!俺はただ、ただ……」口をパクパクと動かすが、どんな弁明も無意味だった。最初はゲームに参加する気などなかったのかもしれない。だが、途中から彼もその気になった。過程などどうでもいい。重要なのは、彼が最終的に清良のいじめを黙認したという事実だ。私の涙は彼らにとっての興奮剤だった。「……ごめん。償うから」最後に耳に残ったのは、その謝罪だけ。背を向けて去っていく礼司を見ながら、苦いものが胸に広がる。礼司、もう遅いよ。私はもう行くんだから。調査チームは、私が提出したいじめの証拠と診断書によってついに決定的な裏付けを取り、清良は退学処分となった。その日の早朝、伊東家の階下で車のクラクションが鳴った。裸足で窓を開けると、一目で分かった。叔父の和也だ。彼は笑顔で手を振る。三日月のように細められた目と、口元のえくぼが懐かしい。「橙子ちゃん、迎えに来たぞ」目頭が熱くなる。伊東夫婦は気まずそうに、強張った笑顔で彼を招き入れた。「わざわざご足労いただかなくても、私たちが……私たちが橙子ちゃんを送っていきますのに」幸枝の言葉が尻すぼみになる。彼女も分かっている。私の旅立ちが、もう覆せない決定事項であることを。「構いませんよ。うちには人手が余ってますから」その一言で、伊東家の人々は口を閉ざし
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第8話
私たちが学校へ駆けつけると、校長室はまさに修羅場だった。礼司は壁際に立ち、うつむいたまま一言も発しない。彼の周りには中年夫婦がいて、執拗に彼の服を引っ張っている。「この件、タダで済むと思ってんじゃねえぞ!!うちの子が退学になったからって、殴っていい理由にはなんねえだろうが!学校はどう責任取るつもりなんだ、あぁ?」黒いポロシャツの男が礼司の襟を締め上げ、女が腰に手を当てて顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。「それにね、こいつはうちの娘と寝てんのよ!その責任も取りなさいよ!」飛び出した汚い言葉に、私たちは眉をひそめた。「……で?どんな責任をお望みかな?」史朗が部屋に入ると、その威圧感で空気が凍りついた。礼司がハッと顔を上げる。人混み越しに、私と視線が交錯した。彼が言った「償い」とは、清良への暴力による報復だったのか。中年夫婦は相手が只者ではないと察し、卑しい態度を一変させた。「おや、責任だなんて大袈裟な……ただね、若い二人の間でこんなことがあったと知れ渡るのは、お宅としても外聞が悪いでしょう。親同士で話をつけて、いっそ婚約でもさせちまえば、暴力だの恋愛だのの問題も丸く収まる。……どうですかな?」男が揉み手をして史朗に擦り寄るが、史朗は一歩下がって避けた。「ありえないわ!」幸枝が前に出る。「治療費でも慰謝料でも、好きなだけ請求しなさい。でも婚約?絶対にありえません!恋愛は同意の上でしょう。息子が恋愛ごっこをしたからって、一生背負わなきゃいけない道理がどこにあるの?」幸枝の目には、隠そうともしない軽蔑が満ち溢れている。椅子に座っていた清良の顔から血の気が引いた。彼女も悟った。伊東家は彼女のような家柄の人間を徹底的に見下していると。そして礼司にとって、自分はただのパズルのピースであり、代わりなどいくらでもいる「遊び相手」に過ぎなかったのだと。目の前の茶番は激しさを増すばかりだ。礼司が今さら清良に手を上げた理由すら、私には分からない。私のための復讐か、それとも話題を逸らして清良を救うためか。「……橙子、清良とは話をつけた。これから先、あいつが俺たちの前に現れることはない。だから、もう一度やり直そう?」礼司が卑屈なほど下手に出て、私の手を引こうとする。私はそれ
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第9話
礼司とはもう何日も会っていなかった。あの件以来、私は叔父と一緒にホテル暮らしをしていたからだ。伊東家に残した荷物は何一つ持ち出さなかった。伊東夫婦は何度も会いたいと電話をかけてきたが、叔父がすべて断った。「私たちが橙子ちゃんをしっかり守っていれば、あんなことには……でも……」「『でも』なんて言葉は聞きたくありません。守れなかった、それが全てです」叔父は容赦なく言葉を遮った。「今さら橙子ちゃんに会ったところで、何の意味もありません」その後、叔父は伊東家からの電話に出なくなった。今、礼司が私たちの前に立っている。私は何も言わなかった。礼司はドサリと膝をつき、叔父に向かって土下座した。「叔父さん、橙子を連れて行かないでください!本当に反省しています!これからは必ず、俺が橙子を守りますから」十年前、八歳の礼司もこうして叔父に土下座した。涙ながらに私を引き留めた。十年後、彼は自分の過ちのために、またしても私を引き留めようと跪いている。礼司は思いもしなかっただろう。ほんの出来心のゲームが、私を完全に失う結果になるとは。私が彼から離れられないと、彼でなければ生きていけないと高を括っていたのだ。誰がいなくなっても、世界は変わらず回り続けるというのに。「十年前、俺は八歳のお前に情けをかけた。だが今の俺は、十八歳になったお前に揺らぐことはない。同じ過ちを二度は繰り返さん」叔父の冷徹な宣告が、礼司の未練を断ち切った。出発の日。どこで聞きつけたのか、礼司が車を飛ばして追いかけてきたらしい。だが途中、彼は事故を起こした。搭乗前、幸枝から電話があった。「橙子ちゃん、お願いだから、戻って礼司の顔を見てあげて!」受話器の向こうで泣き叫ぶ声に、胸が痛んだ。滑走路で飛行機が動き出す。私は携帯を握りしめ、通話を切った。【私は医者じゃない。人を救うことはできません】【お母さん、私たちの縁はここまでです】メッセージを送信し、私は携帯をゴミ箱へ投げ捨てた。ゴン、という音と共に、私は過去と決別した。東都市に着いてから、私は勉強の傍ら心理カウンセリングを受けた。十八歳の誕生日を過ぎた頃、喉からわずかに音が出るようになった。言葉を話せるようになるにはまだ時間がかかるが、確か
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