Masuk十八歳の誕生日。 転校生の不良少女・上村清良(うえむら きよら)が全校生徒の面前で、伊東礼司(いとう れいじ)に愛を叫んだ。 礼司は眉一つ動かさず、突きつけられたラブレターを冷淡に引き裂く。 「汚ねえな。興味ない」 その言葉に逆上した女は、衆人環視の中で私・坂口橙子(さかぐち とうこ)の胸ぐらを掴み上げた。 「あんたの好きなこの口の利けない女なら綺麗だって?だったら、いっそもっと汚してやろうか!」 「死にたきゃ、やってみろ」 その日の午後、清良は学校から警告処分を受け、炎天下の掲揚台の下で一日中立たされる羽目になった。 それ以来、彼女と礼司は犬猿の仲となった。 彼女は私をいじめて礼司を挑発し、礼司はその倍返しで報復する。 やられたらやり返す。端から見れば賑やかなものだ。 あの日。路地裏で彼女たちが私を囲み、服を引き裂いて動画や写真を撮り始めるまでは。 駆けつけた礼司は、血走った目で狂ったように彼女を男子トイレへと引きずり込んだ……
Lihat lebih banyak礼司とはもう何日も会っていなかった。あの件以来、私は叔父と一緒にホテル暮らしをしていたからだ。伊東家に残した荷物は何一つ持ち出さなかった。伊東夫婦は何度も会いたいと電話をかけてきたが、叔父がすべて断った。「私たちが橙子ちゃんをしっかり守っていれば、あんなことには……でも……」「『でも』なんて言葉は聞きたくありません。守れなかった、それが全てです」叔父は容赦なく言葉を遮った。「今さら橙子ちゃんに会ったところで、何の意味もありません」その後、叔父は伊東家からの電話に出なくなった。今、礼司が私たちの前に立っている。私は何も言わなかった。礼司はドサリと膝をつき、叔父に向かって土下座した。「叔父さん、橙子を連れて行かないでください!本当に反省しています!これからは必ず、俺が橙子を守りますから」十年前、八歳の礼司もこうして叔父に土下座した。涙ながらに私を引き留めた。十年後、彼は自分の過ちのために、またしても私を引き留めようと跪いている。礼司は思いもしなかっただろう。ほんの出来心のゲームが、私を完全に失う結果になるとは。私が彼から離れられないと、彼でなければ生きていけないと高を括っていたのだ。誰がいなくなっても、世界は変わらず回り続けるというのに。「十年前、俺は八歳のお前に情けをかけた。だが今の俺は、十八歳になったお前に揺らぐことはない。同じ過ちを二度は繰り返さん」叔父の冷徹な宣告が、礼司の未練を断ち切った。出発の日。どこで聞きつけたのか、礼司が車を飛ばして追いかけてきたらしい。だが途中、彼は事故を起こした。搭乗前、幸枝から電話があった。「橙子ちゃん、お願いだから、戻って礼司の顔を見てあげて!」受話器の向こうで泣き叫ぶ声に、胸が痛んだ。滑走路で飛行機が動き出す。私は携帯を握りしめ、通話を切った。【私は医者じゃない。人を救うことはできません】【お母さん、私たちの縁はここまでです】メッセージを送信し、私は携帯をゴミ箱へ投げ捨てた。ゴン、という音と共に、私は過去と決別した。東都市に着いてから、私は勉強の傍ら心理カウンセリングを受けた。十八歳の誕生日を過ぎた頃、喉からわずかに音が出るようになった。言葉を話せるようになるにはまだ時間がかかるが、確か
私たちが学校へ駆けつけると、校長室はまさに修羅場だった。礼司は壁際に立ち、うつむいたまま一言も発しない。彼の周りには中年夫婦がいて、執拗に彼の服を引っ張っている。「この件、タダで済むと思ってんじゃねえぞ!!うちの子が退学になったからって、殴っていい理由にはなんねえだろうが!学校はどう責任取るつもりなんだ、あぁ?」黒いポロシャツの男が礼司の襟を締め上げ、女が腰に手を当てて顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。「それにね、こいつはうちの娘と寝てんのよ!その責任も取りなさいよ!」飛び出した汚い言葉に、私たちは眉をひそめた。「……で?どんな責任をお望みかな?」史朗が部屋に入ると、その威圧感で空気が凍りついた。礼司がハッと顔を上げる。人混み越しに、私と視線が交錯した。彼が言った「償い」とは、清良への暴力による報復だったのか。中年夫婦は相手が只者ではないと察し、卑しい態度を一変させた。「おや、責任だなんて大袈裟な……ただね、若い二人の間でこんなことがあったと知れ渡るのは、お宅としても外聞が悪いでしょう。親同士で話をつけて、いっそ婚約でもさせちまえば、暴力だの恋愛だのの問題も丸く収まる。……どうですかな?」男が揉み手をして史朗に擦り寄るが、史朗は一歩下がって避けた。「ありえないわ!」幸枝が前に出る。「治療費でも慰謝料でも、好きなだけ請求しなさい。でも婚約?絶対にありえません!恋愛は同意の上でしょう。息子が恋愛ごっこをしたからって、一生背負わなきゃいけない道理がどこにあるの?」幸枝の目には、隠そうともしない軽蔑が満ち溢れている。椅子に座っていた清良の顔から血の気が引いた。彼女も悟った。伊東家は彼女のような家柄の人間を徹底的に見下していると。そして礼司にとって、自分はただのパズルのピースであり、代わりなどいくらでもいる「遊び相手」に過ぎなかったのだと。目の前の茶番は激しさを増すばかりだ。礼司が今さら清良に手を上げた理由すら、私には分からない。私のための復讐か、それとも話題を逸らして清良を救うためか。「……橙子、清良とは話をつけた。これから先、あいつが俺たちの前に現れることはない。だから、もう一度やり直そう?」礼司が卑屈なほど下手に出て、私の手を引こうとする。私はそれ
私は深く息を吸い、手を動かした。[たった一度の過ち?][あなたは刺激が欲しくて清良とつるんで、私をいたぶるのをゲームにして楽しんでた。守るなんて口先だけ、他人が私を傷つけるのを、ずっと黙って見てたじゃない][私が邪魔ならそう言えばよかったのよ。あなたに縋りつこうなんて一度も思ったことない……][最初に『そばにいてくれ』って頼んできたのは、礼司の方でしょ]感情が込み上げ、手話のスピードが速くなる。堪えきれず、目尻から涙がこぼれ落ちた。礼司の驚愕した瞳に、痛みが滲む。彼の前で泣いたのは、これが初めてだった。彼と清良のゲームの目的は、ようやく達成された。[私の涙が見れて満足?][よかったわね礼司、あなたの勝ちよ。私が勝たせてあげたんだから]目の前の、かつてない悲しみを湛えた清らかな顔を見て、礼司の心臓が強く締め付けられた。「違う、違うんだ!俺は清良とそんなゲームなんてしてない!俺はただ、ただ……」口をパクパクと動かすが、どんな弁明も無意味だった。最初はゲームに参加する気などなかったのかもしれない。だが、途中から彼もその気になった。過程などどうでもいい。重要なのは、彼が最終的に清良のいじめを黙認したという事実だ。私の涙は彼らにとっての興奮剤だった。「……ごめん。償うから」最後に耳に残ったのは、その謝罪だけ。背を向けて去っていく礼司を見ながら、苦いものが胸に広がる。礼司、もう遅いよ。私はもう行くんだから。調査チームは、私が提出したいじめの証拠と診断書によってついに決定的な裏付けを取り、清良は退学処分となった。その日の早朝、伊東家の階下で車のクラクションが鳴った。裸足で窓を開けると、一目で分かった。叔父の和也だ。彼は笑顔で手を振る。三日月のように細められた目と、口元のえくぼが懐かしい。「橙子ちゃん、迎えに来たぞ」目頭が熱くなる。伊東夫婦は気まずそうに、強張った笑顔で彼を招き入れた。「わざわざご足労いただかなくても、私たちが……私たちが橙子ちゃんを送っていきますのに」幸枝の言葉が尻すぼみになる。彼女も分かっている。私の旅立ちが、もう覆せない決定事項であることを。「構いませんよ。うちには人手が余ってますから」その一言で、伊東家の人々は口を閉ざし
「橙子……どうしてそんな人間に変わっちまったんだ?」礼司は敵意を剥き出しにした私を見て、驚愕と困惑の表情を浮かべている。彼の記憶の中の私は、感情の起伏がない、ただの「人形」だったからだ。冷たく、淡々としていて、いつも孤高を保っている存在。だからこそ、私より何もかもが劣っているはずの清良が、礼司を惹きつけたのだ。彼女は私とは違ったから。私にはない、燃えるような情熱を持っていたから。でも礼司は忘れている。私の性格が、あの事故の後に変わらざるを得なかったということを。かつての私も、個性的で活発な普通の少女だったということを。その時、無機質な着信音が静寂を切り裂いた。画面に表示された名前を見て、礼司の瞳が揺らぐ。「もしもし、礼司……私、本当に退学になっちゃう……退学になったら人生終わりだよぉ……」電話の向こうから、少女の泣き叫ぶ声が漏れ聞こえる。礼司は迷いなく踵を返した。史朗が止めるのも聞かず。ドアが閉まる音で窓ガラスが震えた。分かってる。礼司は清良を不憫に思ったのだ。そして私のことを、計算高く、裏表のある冷酷な女だと認定した。だが彼が一番腹を立てているのは、今回の件を自分の力では揉み消せないと悟ったからだ。清良の一件はあまりに大きくなりすぎた。学校側も、軽々しく退学や停学の処分を下せずにいた。私が復学した後、教育委員会の調査が本格的に始まった。清良は礼司を盾にして、のらりくらりと聴取を避けていた。礼司は自分の名誉を賭けて、彼女の身元を保証していた。学校中が知っていた。礼司が清良のために私と決裂したことを。あの十八歳の誕生日の告白が蒸し返され、誰もがその皮肉を噂した。当時は「興味ない」と切り捨てた相手のために、今はすべてを捧げているのだから。「礼司!夜は何か美味しいもの食べに行きましょ!私、最近痩せちゃって」清良と礼司は、毎日ベタベタと学校の至る所に現れた。清良は勝ち誇った顔で、私に見せつけるように腕を組む。私は無関心を装い、礼司が何度も私に向けてくる視線に気づかないふりをした。ただ勉強に没頭し、礼司とは赤の他人としての距離を保った。ある日の放課後。階段の踊り場で、礼司が待ち伏せていた。私は見なかったことにして、回り道をしようとする。腕を掴
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