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第21話

Author: いちご春巻き
和人は真夏をこの別荘に閉じ込めた。

彼女のスマホを没収し、持ち物もすべて取り上げ、部屋には食べ物のひとつも残さなかった。

彼女がどれだけ叫ぼうが、和人は一切聞き入れず、玄関の鍵を固く閉めてしまう。

そして、そのまま背を向けて立ち去った。

彼のスマホは、既に秘書からの電話で鳴りっぱなしだった。

ようやく電話を取ると、秘書はほっとしたように言った。

「社長、やっと出てくれました!大変なことになっています、すぐ戻ってきてください」

だが、和人は何の反応も見せず、無表情のまま命じる。

「酒を数箱、俺の家に運んでくれ」

それだけ言うと電話を切り、以降は一切スマホに触れなかった。

部屋の窓は、和人が板で打ちつけて完全にふさぎ、カーテンも開かないようにきっちり閉め切っていた。

彼は佳凜がかつて使っていた枕を抱きしめ、その匂いをむさぼるように吸い込んだ。

しかし、すぐにその匂いさえも、少しずつ消えていくのを感じてしまう。

もう限界だった。

長い間押し殺していた感情が、津波のように押し寄せてきて、和人を飲み込んだ。

彼は絶望の中で佳凜の名を叫んだ。

これまでの人生で、こんなにも時間を巻き戻したいと願ったことはなかった……

秘書が到着したのは、すっかり夜になった頃だった。いくらドアを叩いても返事はない。電話も出ない。

不安を覚えた秘書は、鍵屋を呼んでドアを開けさせた。

ドアを開けた瞬間、鼻を突く血の匂い。

慌てて中へ駆け込むと、床に倒れている和人が目に飛び込んできた。

「社長!」

和人が目を覚ますと、既に病院のベッドの上だった。

「社長、もうお酒はやめてください」

秘書の忠告も耳に入らず、和人は点滴が刺さっていない方の手で必死に体を探る。

「赤い紐は?俺の赤い紐はどこだ?」

目を泳がせながら、次の瞬間、点滴を無理やり引き抜いた。

「社長!動かないでください、今は安静が必要です!

何を探してるんです?言ってくれれば僕が探しますから!」

和人は秘書の腕を掴んだ。「赤い紐だ!見なかったか?細かく切られてしまった赤い紐!

佳凜がわざわざ山のお寺で祈って持ち帰ってくれた、大切なものなんだ。やっと佳凜の部屋で見つけたのに、失くしたらダメなんだ!早く探してくれ、早く!」

秘書の腕が真っ赤になるほど強く握りしめられ、なんとか和人をベッドに押
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