ログイン大和は、客間を居間にリノベーションすることは賛成したが、縁側を残すことには反対だった。
防犯面を考えたのと、洋室に作り変えるならばイメージが合わないと思ったからだ。(インナーテラスは、いい案でしたね)
窓を開ければ、サッシの縁はあるものの、以前の部屋の思い出を残し、使い勝手も同じように出来る。
(小泉くんは、本当に発想がいい)
そこで離れて座っている神谷と陽翔を、大和は庭に立って眺めた。
「なんで神谷が、こんな現場にいるの?」
「小泉が辞めたあと、俺の企画は凡庸になった」ポツリと呟くように、神谷が言った。
「……去り際に小泉が言った通り、困った……」
「だからなに? 戻ってきてくれって?」言い返す陽翔の言葉に含まれるトゲに、大和は胸の内で苦笑する。
「いや……、今更だ。それに、企画自体は問題なく通っていた」
「仕事出「弱くはないですけど! てか、業務時間中に告白するとか、ありえなくないです?」「そうだね、ありえないね」 ぷんぷん怒っているふりをして、羞恥を隠そうとしている陽翔の反応が心地よい。(ホント、強いんだが弱いんだか……。これじゃあみんな、勘違いしちゃうよなぁ……) 大和は、胸の内で呟く。 陽翔のこの負けん気を、愛らしいと思わないアルファはいないだろう。 自分とて、できれば手元に置いて囲い込みたいと、思っている。(いや、いや……。こんな駄目な中年アルファが、望んじゃいけない願望だ……) 心の中で首を振って、大和は意識を運転へと無理に向けた。「高梨さんとか、金山親方みたいな、常識のあるアルファとばっかりいたから、常識のないアルファの感覚、忘れてましたよ!」「どうだろう? ミスギの感覚は〝理想〟であって、常識ではないと思うよ? そもそも、金山親方はともかく。僕を引き合いに出しちゃ、神谷くんが可哀想だ」「なんでです?」「言ったでしょ。僕は駄目アルファだって」「全然! 高梨さんは、駄目なんかじゃないですよ! 僕、神谷のグレアに怯まない人見たの、初めてです!」「あ〜、それは……。ただの馴れ……だね」「グレアって、馴れるんですか?」「だって、金山親方と仕事してるとさ。あの人、ナチュラルに無意識で常に周囲をグレアしまくってるから。……きみだって、最初に一発、カマされたでしょ?」「そっか……。そういえば、そうですね……。忘れてました」「金山親方、小泉くんにデレデレだからね」「なんです、それ?」「だって、小泉くん。親方の前で、いっつも手放しで大はしゃぎするから。金山さん、すっかりアテられちゃってるよ? 今や、小泉くんのシンパだからね」「そうなんですか? &helli
片山家の門柱の前、駐めた車の扉に手を掛けた神谷は、そこで陽翔が出てきたところで声を掛けてきた。「小泉……、携帯番号を交換してもらえないか?」 陽翔は数秒、神谷の顔をまっすぐに見て── それから、首を横に振った。「悪いけど、無理。……ごめん」 陽翔の答えに、神谷は唇を噛み── 無理に視線を引き剥がすように顔を背けて、車に乗る。 走り去る神谷を、完全に見送ってから、陽翔は自分も車に乗ってきた。「連絡先、交換しなくて良かったの?」 助手席でシートベルトをしている陽翔に、エンジンを掛けながら大和が問う。「もう二度と、連絡なんかされたくありませんし」 ぶすくれた顔で、陽翔が答えた。「うん。僕も……、きみの態度は〝正解〟だ……と、思ってるけどね」「なんでそう思うのに、〝交換しなくて良かったの?〟なんて、聞くんです?」「きみ、神谷くんのことを一方的に弾劾せずに、庇っただろう?」「いえ、庇ってませんよ?」「今日のことじゃなくて。きみが神谷くんのことを、僕に話してくれた時にさ」「……えっと……、……別に、庇ったつもりもないんですけど……」「うん。でもきみ、企画を黙って使われたのは腹が立ったけど、認めてもらえていたのは嬉しかった……と言ったでしょ? それに、隆志さんと茂さんみたいに、鮮烈に心に残った相手が、つがいになるのはアルファとオメガにはよくある話だからさ」「それってつまり、僕が神谷に未練があるのかどうかってことですか?」「端的に言うなら、そうだねぇ」 陽翔は、ちらっと運転席の大和の顔を見る。 前を向いている大和の、口角が微かに上がっているように見えた。 それが、無性に嬉しい……と感じてい
大和は、客間を居間にリノベーションすることは賛成したが、縁側を残すことには反対だった。 防犯面を考えたのと、洋室に作り変えるならばイメージが合わないと思ったからだ。(インナーテラスは、いい案でしたね) 窓を開ければ、サッシの縁はあるものの、以前の部屋の思い出を残し、使い勝手も同じように出来る。(小泉くんは、本当に発想がいい) そこで離れて座っている神谷と陽翔を、大和は庭に立って眺めた。「なんで神谷が、こんな現場にいるの?」「小泉が辞めたあと、俺の企画は凡庸になった」 ポツリと呟くように、神谷が言った。「……去り際に小泉が言った通り、困った……」「だからなに? 戻ってきてくれって?」 言い返す陽翔の言葉に含まれるトゲに、大和は胸の内で苦笑する。「いや……、今更だ。それに、企画自体は問題なく通っていた」「仕事出来てたなら、それで続ければいいじゃん」「俺自身が、……小泉の弱者救済の発想や視点が織り込めなくなった自分の企画に、愛想が尽きた」「それで? この愚痴、いつまで聞いてればいいの?」「企画の仕事に見切りをつけて、営業に回してもらった。そうしたら、ミスギ家具から今回の発注をもらった話を聞いて……。小泉がミスギに転職したことは、調べて知ってたから……」「調べたのっ!?」「ああ……」「なんでっ!?」「謝るのに、勤め先を知っておきたくて」「キモっ!」 大和は、吹き出しそうになるのを、口の内側を噛むことでなんとか耐えた。(脊髄反射かもしれないけど、もうちょっと優しくするかと思ったのに。……やれやれ、あのアルファくんも可哀想に……) 大柄なアルファの神谷が、どんどんしょんぼりと小さくなっていく。
「小泉くん、彼、知り合いなの?」 二人の間に流れる異様な空気を察したのか、大和が尋ねてきた。「あ……、えっと……」「小泉がマドカに勤めていた時の、直属の上司です」 混乱が収まらない陽翔に代わって、神谷が答える。「そう……」 大和は、手の中の名刺を改めて確認するように目線を落とした。「きみが……、あの神谷さん」 神谷が眉をピクリと上げる。「わかりました。すみませんが、ちょっと失礼」 一言断りを入れてから、大和は陽翔の腕を引き、その場を離れた。「小泉くん。もし、気持ちが整理出来ないなら、先に帰社しちゃっても良いんだよ?」「あの……、なんで神谷がここにいるのか、わからなくて……」「そうだねぇ、確かに不思議だ。でも、名刺にもはっきり営業って書いてあるし、事前の連絡の時も、納品時に営業が一人付き添うって言ってたからなぁ。とにかく、彼がこの場に居るのは事実だし。きみが気分が優れないなら、無理をする必要はないんだよ?」 神谷と顔を合わせていたくない気持ちと、例のシステムキッチンを隆志が試した感想を聞きたい気持ちがせめぎ合う。「……大丈夫……です。……た……高梨さんも、いるし」「頼ってもらえるのは、嬉しいね」 眼鏡の奥で、優しく微笑んだ大和の存在が、頼もしい。「じゃあ、本当に辛くなったら、無理をしないと約束してくれる?」「はい、大丈夫です」「よし。じゃあ、仕事をしようか」 神谷は、既にシステムキッチンを設置する場を見に行っていた。 二人は、図面と見合わせながら、一緒に立ち会う。 そうして、作業が終わって作業員が帰ったあと、陽翔が庭のインナーテラスで一休みをしていると、背後
片山家に、家具を納品に行く日。 前回同様に、陽翔は大和と乗用車で前を、金山と職人が家具を積載したトラックで後ろからついてくる。 家の前には、隆志が待っていた。「リノベーションしてる途中も、何度か足を運ばせてもらったけど。家具が入ると思うとウキウキするね」 車から降りたところで、軽く挨拶を交わすのもそこそこに、隆志が弾んだ声で言う。「仮住まいにご不便ありませんか?」「全然! リノベーション中の仮住まいまで紹介してくれて、至れり尽くせりだよね」「ご満足いただけているようなら、なによりです」 鍵を開けてもらって、屋内に入る。「わあ、いい感じになってますね!」「でしょう? 小泉くんが提案してくれた間取り、暮らし始めた時のイメージが沸いてくるから。引っ越してくるの、すごく楽しみなんだ」 建物全体の施工は、終わっていた。 最初に案内された客間は、和室から洋室へと変わり、縁側がインナーテラスに作り変えられている。「以前の和室の窓だと、格子があったけど。サッシに変えてもらったから、りんごが一望できるんだよね」「部屋も明るくなりましたか?」「うん。インナーテラスになって、ちょっと広くなったし」「施主さん、家具の置き位置を確認してくれ」「あ、はーい」 金山が声を掛けてきて、隆志は「ごめんね」と言って、そちらに行ってしまった。「失礼します。システムキッチンの納品に参りました」 玄関から、声がした。 その声に、陽翔はぎくりと体が強張る。「小泉くん、どうしたの?」 陽翔の様子に気付いて、大和が声を掛けてきた。「え……、いえ……」(まさか……。だって、神谷は企画部のスーパーバイザーだ。外になんか、出ないはず……) 気持ちを奮い起こし、大和と共に玄関へ向かう。「ミスギ家具、リノベーション担当の
片山家のリノベーションは、着々と進んでいた。 持ち帰った家具は、金山と相談の上、現状維持で歪みやきしみを修正するだけに留めるものと、大和と陽翔によってリペアで再デザインされたものに分ける。 そして、屋敷内の部屋の再配置も、綿密なやり取りによって施工日も決まった。「小泉くん。片山さん家のキッチンなんだけどね」 陽翔の傍に立った大和が、珍しく話を切り出しにくそうな顔で声を掛けてきた。「はい」「きみの提案した、アイランドキッチンをやめてダイニングテーブルを置く案、隆志さんが気に入って採用ってことになったでしょ?」「はい」「隆志さんが、マドカのシステムキッチンを選んだから、納品時に立ち会いがあるんだけど、きみ、やめておく?」「え……、やめる……とは?」「だから。当日の立ち会い、僕だけで済ませてもいいよって話。マドカの人と顔を合わせたくないなら、無理に合わせる必要ないから」 それが、大和の気遣いであることに気付き、陽翔は慌てて首を左右に振った。「や……、行きますよ! だって、高梨さんがメインだけど、僕も担当です! それに、マドカの納品って言ったって、あそこの社員全員と顔馴染みだったわけでもないですし!」「そう? うん、それなら……まぁ……。わかった」「高梨さん!」「ん……?」「僕が言うのも生意気かもですけど、ちょっと過保護だと思います」「あ〜、うん。ごめんね」 ははっと笑って、大和は自分のデスクに戻っていった。 陽翔は手元の資料を見ると、付箋のついたシステムキッチンに〝ふたりのサイズで、ひとつのキッチン〟のキャッチコピーが見える。(あ、これ……。隆志さん、これ選んでくれたんだ!) 大和に〝搾取〟と指摘されはしたが、自分の提案を取り入れた商品だ。 複雑だが、少し嬉しい。(
警備員と共に救急車を見送ったあと、神谷は身支度を整えて帰宅の途に付いた。 残業をしていたのは、仕事があったから……ではない。 陽翔が残っているのに気付いたからだ。 神谷が初めて陽翔に会ったのは、入社前の面接時だった。 可愛らしい面立ちと、小柄な体格。 なにより、うなじをガードするために巻かれたチョーカーを見れば、陽翔がオメガであることは一目瞭然だった。 同期にオメガがいたことに驚きもあったが、その時はさほど気に留めてはいなかった。(オメガとつがえないアルファは、数多にいるものだしな) 人口比率として、それは当たり前の話だ。 そもそも合理主義の神谷は、〝本能に引きずられる〟
セーフエリアを出た神谷は、洗面所に行って頭から水を被った。 オメガのフェロモンの香りに、目の奥底がガンガンするほど本能が揺すられている。「大丈夫ですか……?」 洗面所を出たところで、警備室にいた警備員が声を掛けてきた。「ええ、大丈夫です」「今、救急車を呼んだので、すぐに来ると思いますよ」「えっ?!」「オメガ性の方が突発ヒートを起こした時の手順です。セーフエリアの確保、避難後にセーフエリアの施錠と、救急車を呼ぶまでがセットですから」 警備員は、マニュアル通りに動いた。 それは間違っていない。 だが、ここで救急車を呼ばれては、陽翔の体裁は傷つく。「タオル、お貸ししましょう
草案がまとまったところで、陽翔は一つ息をついた。「あ〜、もうこんな時間かぁ……」 チラと、パソコン画面の端にある時計に目をやる。 周囲を見回すと、神谷のデスクのパソコンが稼働しているモーター音がしているだけで、人影はない。(アルファのくせに、こんな時間まで残業してるとか……。フィットネスにでも行って、体でも鍛えとけよ……) 椅子の背もたれに体を預けて、筋を伸ばすように仰け反る。 その瞬間、背中をぞくりといやな感覚が駆け抜けた。「え……、うそ……?」 前回のヒートは一ヶ月前。 あと二ヶ月は、来るはずのない予兆だった。(まずい……、残業続きで体調下がってた?) 慌てて鞄を
退勤時間になっても、陽翔はパソコンの画面を睨みつけていた。(僕の企画、却下したくせに!) 今日の企画会議で、神谷が提案していた企画の中には、以前に陽翔が出した企画の草案が使われていた。 体の小さい、女性やオメガ向けの補助機能の提案。 しかし、神谷のそれは〝体格差のあるカップルでも使いやすい〟をコンセプトにしていて、ユーザーへのアピールが良くなっていた。(なにが〝ふたりのサイズで、ひとつのキッチン〟だよ!) キャッチコピーに上層部は絶賛の嵐で、すんなりと商品化されるのが目に見えるようだ。(僕のより洗練されてるのが、なおさら気に障るぅ!) 弱者層にアピールする陽翔の案よりも、そ