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第2話

Author: 匿名
その夜、蒼は帰ってこなかった。

メッセージが一つ届いただけだった。数日間はスタジオに泊まり込んで仕事をすると。

その後数日間、蒼からは何の連絡もなかった。

だが構わない。心春が逐一、蒼の行動を教えてくれるから。

二人で山に登り、日の出の時にキスを交わした。

二人で海を見て、日没の時に愛を囁き合った。

それどころか、蒼は私がずっと行きたがっていた海辺の町にまで彼女を連れて行き、そこで彼女と溺れるように愛し合った。

結婚式まで残り二日となった時、二人が避妊具を一箱使い切ってから。

蒼はようやく帰ってくる気になったらしい。

彼は自らデザインした結婚指輪を持ち帰り、優しく私を抱きしめた。

「澪、ごめん。最近仕事のことで忙しくて、お前に付き添えなかった。

お前のために結婚指輪をデザインしたんだ。式が終わったら、お前が行きたがってた海辺の町に新婚旅行に行こう」

私は彼の嘘を暴かず、ただ無表情に顔を上げた。

「海辺の町には行きたくなくなった」

その言葉に、蒼は一瞬固まったが、すぐに笑みを浮かべて私を抱き寄せた。

「構わない。全部お前に合わせる。行きたい場所があれば、そこに行こう」

そう言って、声のトーンを優しく落とした。

「あと二日でお前を妻にできると思うと、嬉しくて眠れないんだ。

十八歳の時に誓った約束を、二十五歳の今、ようやく叶えられる」

彼の目は十八歳の頃と同じように輝いていた。だが私の心は、もう十八歳の時のように激しく跳ねることはなかった。

彼の濃い香水の下に隠れた、かすかなジャスミンの香りが鼻先をかすめ、私は少し目眩がした。

かつての光景が脳裏を流れていく。

十八歳の私は両親を失い、私の人生から突然輝きが失われた。

蒼が現れたのは、その時だった。

彼は全身に光を纏って私の世界に乱入し、私を暗闇から引っ張り出してくれた。

彼は言った。

「澪、怖がるな。俺がずっとお前の傍にいる。

お前の世界が真っ暗闇になったなら、俺がお前の明かりになる」

それから、私の人生に桐生蒼という存在が加わった。

人生に残った最後の光を守るために、私は蒼のために全てを投げ出したこともあった。

当時の桐生家の当主は女癖が悪く、蒼という息子の他に、二人の隠し子がいた。

蒼の跡継ぎへの道は順風満帆ではなく、継承が決まる前日、二人の隠し子が手配した者に拉致された彼を救うため、私は単身でナイフを奪い取った。

その結果、胸に長さ十センチの恐ろしい傷跡が残った。

それ以来、この業界で私を見下していた者たちは手のひらを返し、恭しく私を蒼の婚約者と呼ぶようになった。

こうやって私はこの世界から受け入れられた。

蒼は私と愛し合う度に、私の胸の傷跡を見ては、心を痛めて涙を流した。

だが私は心が甘い幸せで満たされていた。これが彼を愛した証だと思っていた。

私が笑えば笑うほど、蒼は激しく泣いた。

だが今は……

私は手を上げ、そっと胸に触れた。

この傷跡はもういらない。

桐生蒼も、もういらないの。

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