「――り――あか――灯里ってば!」
「っ! え?」
強く名前を呼びながら揺らされてビクリと体を震わせた。
「美智留ちゃん、もう少し静かに……」さくらちゃんの抑えた声で、美智留ちゃんに呼ばれていたことを知った。
GW最終日の今日は沙良ちゃんの部活も無いので、みんなで集まって図書館でテスト勉強をしようと前から約束していた。何だか最近ボーっとすることが多いあたしは、メイクは地味子っぽさを残しつつもしっかりやったけれど、服装にまで気を回せなくて今日はTシャツにシンプルなジーンズと手を抜いて図書館に来た。
そうして皆と合流して勉強をしていたのだけれど……。
「ごめん」
とさくらちゃんに小さく謝った美智留ちゃんは、あたしに向き直って眉を寄せる。
「でも灯里がボーっとしてるからだよ? 勉強、全然はかどってないみたいじゃない」
言われて手元のノートを見る。
暗記するための英単語の書き取りをしていたはずなんだけれど、それも三つくらい書いたところで止まっている。
次の単語はapproach。
~に近付く、という意味。近付く、という意味を見てあの瞬間を思い出してしまったんだった。
メイクもして更にカッコ良くなった日高くんの顔が、近付いてきた瞬間を。
日高くんはどういうつもりであんなことをしたんだろうか。普通、キスって好きな人とするものだよね?
日高くんがあたしを好き?
……いや、無いだろう。何だか楽しそうだったし、きっとからかわれただけなんだ。
でもそう考えると、ファーストキスを奪われた怒りが湧いて来る。いくら恋愛に疎いって言っても、ファーストキスの憧れは普通にある。
それをあんな不意打ちみたいに!
そう思っ「灯里……? あーかーりー?」「あ、は、はい」「またボーっとしてる。大丈夫? 何か心配事でもあるの?」 あまりにも心ここにあらずな状態だったせいか、心配を掛けてしまったみたいだ。「う、ううん。大したことじゃないから」 本当は大したことあるんだけどね!「そう?」 まだ心配そうにしている美智留ちゃんには悪いけれど、キスされたことなんて誰にも相談出来ないよ!「でもさ、こんなんじゃ勉強になんないでしょ? ちょっと早いけどお昼食べに外出ない?」 見かねてか、沙良ちゃんがそう提案する。「……沙良、あんたは自分が勉強したくないだけでしょうが」「あはは、バレたか」「でも集中出来ないなら気分転換は必要だよ。取りあえず一度出ようか?」 さくらちゃんが沙良ちゃんに同意する形で決まり、あたし達は取りあえず図書館から出ることにした。「あー息がつまった。あたし静かなところって苦手なのよね」 外に出た途端そう言って伸びをする沙良ちゃん。 どうやら本当に自分が出たかっただけみたいだ。 でも他二人はあたしに気を使ってくれたのは分かり切っている。「ごめんね、あたしのせいで……。勉強邪魔しちゃったよね」 だから謝ったんだけれど……。「いいよ。丁度切りのいいところだったし」 と美智留ちゃんが言う。 そしてさくらちゃんは。「実はあたしも集中出来なかったんだ。本がたくさんあると読みたくなっちゃうから」 と困ったように笑っていた。 言っていることは事実なんだろうけれど、あたしが原因である事には変わりない。 皆優しいな。 こんな優しい子達と仲良くさせて貰えるなんて、ホント感謝しか無い。
「――り――あか――灯里ってば!」「っ! え?」 強く名前を呼びながら揺らされてビクリと体を震わせた。「美智留ちゃん、もう少し静かに……」 さくらちゃんの抑えた声で、美智留ちゃんに呼ばれていたことを知った。 GW最終日の今日は沙良ちゃんの部活も無いので、みんなで集まって図書館でテスト勉強をしようと前から約束していた。 何だか最近ボーっとすることが多いあたしは、メイクは地味子っぽさを残しつつもしっかりやったけれど、服装にまで気を回せなくて今日はTシャツにシンプルなジーンズと手を抜いて図書館に来た。 そうして皆と合流して勉強をしていたのだけれど……。「ごめん」 とさくらちゃんに小さく謝った美智留ちゃんは、あたしに向き直って眉を寄せる。「でも灯里がボーっとしてるからだよ? 勉強、全然はかどってないみたいじゃない」 言われて手元のノートを見る。 暗記するための英単語の書き取りをしていたはずなんだけれど、それも三つくらい書いたところで止まっている。 次の単語はapproach。 ~に近付く、という意味。 近付く、という意味を見てあの瞬間を思い出してしまったんだった。 メイクもして更にカッコ良くなった日高くんの顔が、近付いてきた瞬間を。 日高くんはどういうつもりであんなことをしたんだろうか。 普通、キスって好きな人とするものだよね? 日高くんがあたしを好き? ……いや、無いだろう。 何だか楽しそうだったし、きっとからかわれただけなんだ。 でもそう考えると、ファーストキスを奪われた怒りが湧いて来る。 いくら恋愛に疎いって言っても、ファーストキスの憧れは普通にある。 それをあんな不意打ちみたいに! そう思っ
いざメイクをするとなって、目を閉じて浅めの長い深呼吸をした倉木。 次に目を開けると、別人のように真剣な目で俺を見た。 真っ直ぐ見て来る焦げ茶の瞳に、射貫(いぬ)かれるような感覚に数瞬息をするのも忘れる。 そのままされるがままになっていたが、流石に筆を使われたときにはくすぐってぇと文句を言った。 でも「黙ってて」と短く静かに言われただけ。 その目は静かな熱を持って俺の顔だけを見ていた。 倉木のメイクを施す姿は、まるで神聖な儀式でもしているかのようで……。 真剣に見つめる目。 筆を取る、その指先まで神経を使った仕草。 すべてに魅せられる。 唇に直接触れられそうになって正気に戻ったけど、その真っ直ぐ射貫いてくる目に動きが止まる。 あとはされるがまま。 この神聖な儀式は、邪魔してはならないものなんだと思った。 思ってしまった。 真剣にメイクをする倉木。 こんな美人で、カッコイイ女が俺を見ている。 俺だけを見ている。 その事実にゾクゾクしてきたと思ったら、終わったようでゆっくり息を吐き出した。 そして口端が上がり、目元が緩められる。 ふわりと笑ったその口から「うん、完成」と満足気な声が発せられた。 ハッキリ分かった。 その瞬間、俺は落とされたんだって。 恋とか言う落とし穴に。 その後感想を聞かれたので思ったことを言うと、良かったと言ってニコニコと笑った倉木。 そんな彼女の姿を自然に可愛いと思ってしまった。 思ってしまったことに自分でも驚いて、つい避けるような真似をしてしまったけど……。 誤魔化すためにも話題を逸らして、家から出るようにした。 このまま二人きりだと何かヤ
コンビニでサラダを買ってからアパートに帰って来た俺は、買ったものをローテーブルの上に袋のまま放置してベッドに仰向けになった。 今日も疲れたが、気分的には悪くない――というより、かなり良いかもしれない。 何と言うか、今日は濃密な日だった。 学校でも一緒に昼を食うようになった校外学習の班メンバー。 俺の食事に文句を言った倉木は面倒だったが、わざわざ作って来てまで足りない栄養分を補給させようとするなんてやっぱり面白いヤツだと思った。 だからちゃっかり毎日作るように誘導したら、マジで作ってくるとか。 ま、味も悪くねぇし食うもんが増えるからいいけどな。 それにあの時のあいつの顔は愉快だったし。 そんな楽しくなってきた学校生活だったが、流石に今日は朝から億劫だった。 約束とは言えメイクをしなきゃならねぇとか。 黙って座っていりゃあ良いんだろうけど、顔を好きなようにいじられるのはあんまりいい気分じゃねぇからな。 しかも場所があいつの家とか。 一瞬誘ってるのか? と思ったが、あいつはそっち系の感覚がかなり鈍いらしい。 本当にお前の家で良いのか、ってSNSで聞いても化粧道具がある家の方が存分に出来るし! と見当違いの返事が来た。 うん、あいつは本当にメイクの事しか頭にないな。 ま、それでも約束は約束だからな。 億劫でもあくびをしながらゆっくり待ち合わせ場所に向かった。 俺の方が遅いのは確実だったし、あいつが先に待ってるだろうと思ったのになかなか見当たらねぇ。 そうして探しているうちに誰かとぶつかった。 まさか先日お化け屋敷でのした相手に再会するとは思わなかったけどな。 あの西村の舎弟を連れ戻しにきたやつには見覚えがある。 西村が総長をやっていたグループのNO.2だ。 名前は忘れてたが、不良なのにチャラ男にしか見えないから
昼食を食べ終わったら、あたし達は百円均一のショップに行く。 日高くんのコスメを買うためだ。 ちゃんと買うならコスメショップに行くところだけれど、今は必要なものだけを少量欲しい状態だ。 まずは日高くんにスキンケアを慣れて貰わないといけないし、何より学生であるあたし達にはお金がない。 少量とは言え百円でコスメが買える百均はもはや救世主だ。 しかもクオリティも年々上がっていて百均様様って感じ。 取りあえず化粧を落とすクレンジングは必須。 そして化粧水はテスターを試してもらいつつ選ぶ。 あとはメンズ用に保湿美白ジェルがあったので、それを選んだ。 本当はパッチテストをして問題が無いか確かめてから使うんだけれど、日高くんはスキンケア用品を持っていないし、何より丸二日様子を見なければならないことを伝えたら「面倒くせぇ」という言葉が返ってきたため今日から使ってもらうことにした。 肌に湿疹が出たり、かゆみが出て赤くなってきたりして来たらすぐに使うのをやめるように念を押してから買ってもらう。 コスメを買うことに抵抗があったみたいだけれど、「まあ、三百円くらいなら」と買ってくれた。 その後は特に予定もなかったので、|各々《おのおの》必要な買い物に付き合いながら歩き回る。 そうして四時半くらいに駅で解散という事になった。「クレンジングと保湿は絶対にしてね。あと約束通り夜は野菜も食べて。それと、寝不足が肌荒れの主な原因だろうから、十時には寝ること」 別れ際、念を押すようにつらつらと並べ立てる。 日高くんはウンザリして「お前は俺のおふくろか!?」と叫んでいた。 確かに、まるで母親が言いそうな言葉だな、と言われてから思う。 でも絶対にやって欲しいことしか言ってないし……。 そんな風に思っていると、「はぁ」とため息をつかれた。「このス
強迫なんて大袈裟な。 ……いや、まあ。ちょっとは強迫っぽいかも知れないけれど。 昼食は何にしようかとなって、日高くんが「ハンバーガーで良くねぇ?」なんて言うから、また迫りそうになった。 ハンバーガーが悪い訳じゃ無いけれど、チェーン店のメニューでは野菜が少な過ぎる。 しかもセットメニューで頼んで付けるのは野菜じゃなくポテト。 気持ちは分かる。 あたしもどうしても食べたくなるときはあるから。 でもそういう時は夜などに多めの野菜を取ることにしてる。 日高くんがちゃんと夜に野菜を食べてくれるなら良いけれど、ちょっと疑わしい。 そんな話をすると、「ちゃんと食うから」と力なく言われた。 勢いのなくなった日高くんに、ちょっと色々言い過ぎちゃったかなと反省する。 なので、彼の言葉を信じてお昼はハンバーガーにする事にした。 でもこんな事なら家であたしが何か作った方が良かったかも知れない。 家を出て結構歩いちゃったから、もう無理だけれど。 店の中で注文した品を食べながら、話題はやっぱりメイクの事。 とは言え楽しいのはあたしだけで日高くんはもう相槌を打つことしかしてくれなくなった。 「ああ」とか「そうか」とか。 流石にあたしばっかり楽しく話しても仕方ないので、共通の話題を振ってみる。「そういえばGW明けたらすぐに中間テスト始まるね」 でも、その話題でも日高くんは嫌な顔をした。「GW始まったばかりだってのにテストの話すんなよ……」 まあ、確かにそういう反応になるよね。「そんなに嫌そうな顔するってことは、日高くんって勉強苦手?」 授業の様子を見ているとそれほど勉強が出来ない様には見えないけれど、いつも眠そうな感じだし、授業に集中出来ているのか怪しいところ。 苦手くら