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第2話

作者: 抹茶の時間
そのとき、ラインにもメッセージが届いた。

【飛行機のチケット、取ったよ。1ヶ月後のフライトね】

【F国のP市で会おう】

その夜も、また拓海の夢を見た。

子供の頃の拓海は、いつも甘い言葉をささやいてくれた。

「明里ちゃん、君の瞳は本当にきれいだね。いつもこうして、君の瞳を見つめながら話していたいな」

「明里ちゃん、君のピアノの音色、本当に素敵だね。毎日、君だけの演奏会を聴きに来てもいい?」

「明里ちゃん、君のことが一番好きだ!大人になったら、絶対君と結婚するからね!」

私も拓海のことが好きだった。

学校では、いつも隣同士の席で、放課後も、決まって一緒に遊んでいた。

自分の両親が交通事故に遭った、あの時でさえ、私は拓海の両親の車の中で、彼とじゃんけんをしていた。

でも、車同士の距離は、あまりにも近すぎた。

大きなトラックが横から突っ込んでくるのを、私はこの目で見てしまった。

ドォォォン――

両親、兄、それに、子供のころから飼っていた愛犬まで、みんな、燃え上がる炎の中でもがいていた。

それから長い間、私は声が出せなくなってしまった。

拓海がそばにいてくれないと、眠ることさえできなかった。

あの頃の拓海は、いつも私に寄り添ってくれてた。

私の発声練習に、ずっと付き合ってくれて、毎晩、私が眠るまで物語を読んでくれた。

誰かが私のことを「口がきけない」とからかえば、彼はすぐに殴りかかっていった。

だから、拓海と結婚したのは、ごく自然なことだった。

大学を卒業した次の日の朝早く、彼は私のベッドの枕元に来てこう言った。

「なあ明里、次は、婚姻届を出しにいこうか」

そして、その日のうちに、私たちは夫婦になった。

夢の中では、真っ赤なバラが、私たちの新居を埋め尽くしていた。

拓海はベッドの上で私に近づいて、とても優しくキスをしてくれた。

「明里、一生ずっと、このままでいようね」と彼は言った。

でも、目を覚ますと、世界は真っ暗闇に包まれていた。

スマホを手に取ると、百合からまたメッセージが届いていた。

一枚の写真だった。

ぐちゃぐちゃに乱れたベッド。そのシーツに、一筋の赤い染みがついていた。

途端に、吐き気が込み上げてくるのを感じた。

トイレに駆け込み、何度もえずいた。

でも、胃からは何も出てこなくて、ただ涙だけが溢れた。

結局、冷たい床の上で、膝を抱えて座り込むしかなかった。

スマホのどこかを触ってしまったのか、静まり返った部屋に、不意に低い男性の声が響いた。

「明里さん?」

心臓がどきりと跳ねて、スマホを拾い上げた。

「渉さん?」

植田渉(うえだ わたる)は、私と同じように、病気に苦しむ患者仲間だった。

病院で3年間治療を受け、私の失語症はだいぶ良くなっていた。

気分が落ち込んだり、緊張したりした時だけ、うまく話せなくなる程度だった。

拓海と結婚していたこの2年、症状はほとんど完治しかけていた。

心に余裕もできて、時間を持て余していた私は、患者同士のサポートグループに参加してみることにした。

そこで、サポート役としてペアになったのが、渉だった。

実を言うと、2年間もの間、私は彼のことを女の子だと思い込んでいた。

ラインのアイコンはピンクのウサギで、名前は「エンジェル」だったからだ。

初めのうち、「エンジェル」は私をほとんど相手にしなかった。

でも、同じ悩みを抱える者同士、わかることがある。

長く失語症を患っている人は、たいてい心に深いトラウマを抱えているものだ。

私たちはうまく話せないかもしれないけれど、誰かにそばにいてほしい、と願っているのだ。

私はめげずに「エンジェル」に毎日の出来事を送り続けた。

テキストメッセージから始まり、ボイスメッセージも送るようになった。

写真だけじゃなく、動画も送るようになった。

それをずっと続けて、やっと「エンジェル」は心を開いてくれた。

なのに、初めて電話で話した時、「エンジェル」が男の人だと分かって、あまりの衝撃に発作が出かけたほどだ。

「ご……めん」

私はスマホを握りしめ、「お休みのところ邪魔して……ごめん……」と言った。

「いえ」と渉は言った。「こっちはまだ夜の9時だよ」

驚くほど、彼の話し方は流暢になっていた。

これが、渉との二度目の電話だった。

彼が男性だと知ってから、私は意識的に距離を置いていた。

あのメッセージは、本当にただの偶然だったのだ。

もう1ヶ月近く、連絡を取っていなかった。

なんという巡り合わせか、拓海から離婚協議書を突きつけられた、まさにその時、渉から【今、何してるの】とメッセージが届いたのだ。

離婚協議書のことで頭がいっぱいになって、何も考えられなくなった。
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