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声なきエンジェル

声なきエンジェル

By:  抹茶の時間Completed
Language: Japanese
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加藤拓海(かとう たくみ)の愛人が、またごねているらしい。 彼は私に離婚協議書を差し出した。 「サインしてくれ。形だけだから。百合をなだめるためなんだ」 私はスカートの裾を強く握りしめ、頷いた。 そして、黙ってサインした。 部屋を出ようとした時、拓海の友達がからかう声が聞こえた。 「明里さんは聞き分けが良すぎるな。あなたが本気で離婚届を出せって言っても、何も言わずに従うんじゃないか?」 拓海は楽しそうにタバコに火をつけた。 「賭けるか?」 彼らは賭けをしていた。1ヶ月後、私が役所でどんなに泣きじゃくっても、結局は大人しく言うことを聞いて、離婚届をきちんと提出するほうに。 スマホを握りしめ、私は何も言わなかった。 ただ、さっき届いたメッセージに返信しただけ。 【俺と、結婚してくれないか?】 【いいわ】

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Chapter 1

第1話

加藤拓海(かとう たくみ)の愛人が、またごねているらしい。

彼は私に離婚協議書を差し出した。

「サインしてくれ。形だけだから。百合をなだめるためなんだ」

私はスカートの裾を強く握りしめ、頷いた。

そして、黙ってサインした。

部屋を出ようとした時、拓海の友達がからかう声が聞こえた。

「明里さんは聞き分けが良すぎるな。あなたが本気で離婚届を出せって言っても、何も言わずに従うんじゃないか?」

拓海は楽しそうにタバコに火をつけた。

「賭けるか?」

1ヶ月後、私が役所でどんなに泣きじゃくっても、結局は大人しく言うことを聞いて、離婚届をきちんと提出するほうに、彼らは賭けをしていた。

スマホを握りしめ、私は何も言わなかった。

ただ、さっき届いたメッセージに返信しただけ。

【俺と、結婚してくれないか?】

【いいわ】

【?】

相手からは、すぐに返信があった。

私はスマホの画面を消した。

部屋の中からは、まだ楽しそうな話し声が聞こえてくる。

「いいぜ!もし明里さんがそんなことするんなら、来月のみんなの飲み代は俺が全部持つ!」

「3ヶ月分だ」と拓海は言った。

「よっしゃ、乗った!」

わっと笑い声が響いたのが聞こえて、私は慌ててその場を離れた。

オフィスビルを出ると、刺すような太陽の光が目に差し込んで来た。

そのとたん、涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。

拓海は、まだ大学生の若い女の子・宮本百合(みやもと ゆり)に夢中になっている。

彼女のためにK市に家を買い、部屋をブランド品で埋め尽くした。

でも、百合は拓海にキスもさせず、抱きつくことも許さなかった。

彼女はタワーマンションの広い部屋に住み、数千万円もする特注のドレスを着ていた。

それでも、百合は、「愛人になんてならないわ!」と意地を張った。

拓海は、そんな彼女が面白くてたまらなかったらしい。

そして今、拓海が百合のために芝居を打つのは、これが三度目だ。

一度目は、私とのラブラブな様子を見せつけること。

あの頃の私は、まだ百合の存在を知らなかった。

私はただ嬉しくて、拓海に寄り添ってたくさんの写真を撮った。

彼がその写真をインスタに投稿するのを見て、私は驚きと期待で胸がいっぱいになった。

でも、そのインスタの投稿は、いくら更新しても私の画面には表示されなかった。

後で知ったんだけど、それは百合にだけ公開する設定になっていたんだ。

二度目は、私との喧嘩。

拓海は私を道端に置き去りにした。

そして、一人で泣いている私の写真を撮って、百合に送った。

【ほらな。仕方ないんだよ、こいつは俺がいないとダメなんだ】

そして三度目、拓海は私と離婚すると言い出した。

スマホがブルブルと震えたので、取り出してみる。

【本当か?】

【本気で言ってるのか?】

【明里さん】

私は涙を拭って、かすかに笑った。

【本気だよ】と返信した。

午後、拓海は私を役所へ連れて行った。

道中、彼はとても機嫌が良かった。

もうすぐ来る結婚3周年の記念日に、どこへ行きたいかと何度も聞いてきた。

私と拓海は幼馴染で、結婚して今年で3年目になる。

「スターライト・パークに行くのはどうだ?

7歳の頃から、スターライト・パークで鳩に餌をやりたいってごねていただろう」

彼は車から降りると、私の側のドアを開けて、シートベルトを外してくれた。

「ちっ、なんだよ、泣いたのか?」

拓海は眉をひそめ、指の腹で私の目尻をそっと拭った。

「ただの見せかけだって言っただろ。あの女が、いつになったら折れるのか見てみたいだけなんだ」

彼がそう言ったとき、ポケットから何かが落ちた。

それは、コンドームの箱だった。

拓海は軽く咳払いをして、鼻をこすった。

何も説明はなかった。

そして私を連れて、役所の中へ入って行った。

手続きは、すべて順調に進んだ。

私には、失語症がある。

特に、知らない人を前にすると、言葉が出てこなくなるのだ。

でも、頷いたり首を横に振ったりはできる。

「こちらの離婚届は双方のご意思で間違いありませんか?」

「はい」

私は頷いた。

「届け出に訂正箇所がないか、もう一度ご確認ください」

「はい」

私はまた頷いた。

「K市では離婚の手続きに、1ヶ月の熟慮期間を設けています。1ヶ月後もお二人の意思が変わらないようでしたら、こちらの証明書を持って再度お越しください。その際に離婚手続きをいたします」

拓海は、「離婚手続き仮受理証明書」と書かれた証明書を受け取った。

彼は役所を出るやいなや、その書類の写真を撮って、誰かにメッセージを送り始めた。

するとすぐ、私のスマホにもメッセージが届いた。

以前と同じ、百合からだった。

拓海が彼女に送った、さっきの書類の写真と、それに添えられた一言だ。

【これで満足か?今夜は綺麗にして待ってろよ】

私はそのメッセージを無視した。

携帯をしまおうとしたそのとき、ちょうど航空券の予約完了を知らせるメッセージが届いた。
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