Share

第4話

Author: 道中
三年間、結城は彼女を一度も自分の両親や親戚、友人たちに紹介したことがなかった。

「芸能人との付き合いが多いから、芸能界の人間と変わらない。公にできないんだ」と彼はそう言っていた。

彼女が一度、「家族に紹介したい」と言った時も、「タイミングがまだだ」とはぐらかされた。

それなのに、今日はどういうこと?タイミングが来たってこと?

野々花は戸惑いながらも、結城に腕を引かれてパーティーホールへと入っていった。

音楽が鳴り響き、照明がまばゆく輝く。天井からはバラの花びらがひらひらと舞い落ちる。タキシード姿のスタッフたちが、一人の背丈ほどもあるバースデーケーキを押して現れた。

「ケーキを切って」

賑やかな声に押されるように、彼女の手にはナイフが握らされる。

結城は彼女の腰に腕を回し、手を添えて小さな声でささやいた。「一緒に切ろう」

ふたりでケーキにナイフを入れようとした、その時だった。

「遅れちゃったかしら?」入り口にすらりとしたシルエットが現れた。

結城の手がぴたりと止まり、瞳が鋭く揺れる。

野々花が顔を上げると、現れたのは美都だ。彼女は明るく輝き、まばゆいばかりの美しさを放っていた。

場内の空気が一瞬凍りついた。事情を知る者たちの笑みが硬くなった。

知らない者は一瞬たじろいでから、再び沸き立った。

「美都だ!」

「ほんとに?インターナショナルスターの?」

たちまち彼女の周囲には人だかりができ、写真、サイン、ツーショット……

記者やメディア関係者はすぐに機器を取り出し、インタビューを始める。

あっという間に、美都が場の主役となった。

「堀内さん、どうしてここに?」ある記者が聞いた。「前川社長とお知り合いですか?」

「前川社長とは長年の友人です。彼が彼女の誕生日を祝っていると聞いて、少しだけ顔を出したくなって」

記者の一人が質問する。「美都さんのSNSに、謎の男性と一緒の写真が載ってましたが、恋人関係ですか?」

美都は前方にいる結城を見つめた。「いいえ、ただの仲の良い古い友人です」

別の記者が茶化すように聞いた。「古い友人と恋愛したり、結婚することもあるんじゃないですか?」

美都はじっと結城を見据えながら、一語一語、区切って言った。「しません」

その瞬間、結城の腕に力が入り、野々花を抱く手がぐっと強くなる。目元は冷たく、顔から笑みが消えた。

場の空気が一気に冷え込んだ。

「今日は彼女の誕生日パーティーだ。堀内さんの記者会見じゃない」彼は冷たくそう言い放った。

主催者があわてて場を繋ぐ。「そうそう、ケーキを!音楽も!楽しく行きましょう」

業界人はさすがに場慣れしていて、すぐに空気を切り替え、盛り上がりが戻ってくる。

その中で、野々花は最初の一切れのケーキを美都に差し出した。「堀内さん、ようこそ。ケーキをどうぞ」

美都はケーキを受け取り、じっと彼女の顔を見つめた。「なんだか、私たち、少し似てない?」

そして、周囲に向かって問いかける。「ねえ、そう思いません?」

知っている者たちは苦笑いしながらごまかした。「いや、美人ってやっぱり似るんだよね、あはは」

知らない者たちは口々に囁き始める。「ほんとだ、なんか似てるかも」

「パッと見は似てるけど、よく見ると違う」

「うん、まったく違うタイプだね。堀内さんは華やかで、須藤さんは清楚で気品がある」

野々花は微笑んで答えた。「ご縁があるんですね。私、まだ子どものころから言われてたんです。美都さんに似てるって」

その言葉の含みを察した者たちは、目を伏せた。

確かに、野々花はまだ二十一歳。大学を出たばかりで、汚れを知らない純粋さが彼女を輝かせていた。

彼女は裕福な家庭で育ち、最高の教育とマナーを叩き込まれた。その育ちの良さが、所作や言葉の端々に滲み出る。

一方で、美都は二十九歳。

年齢的にはそれほど離れていないはずなのに、幾多の整形と美容医療、芸能界での泥臭い日々が、彼女の内側から滲み出てしまう。

出自も平凡で、若くして芸能の道に入り、教養の足りなさは隠しきれない。

気品というものは、内から自然と滲むものであり、それを比べられるのは辛いものだった。

誰かが場を繋ぐように声をかけた。「皆さん、ビュッフェをお楽しみください。ワインも日本酒も飲み放題ですよ」

人々は散らばり、グラスを手に話を始める。

結城は野々花の腰を抱きながら、優しく尋ねる。「何か食べたい?飲みたいものは?」

こんな場では、誰も本気で食べたり飲んだりしに来ているわけではない。

野々花は誰一人知っている人がいないこの場所で、どこか所在なさを感じていた。「窓際のソファで、少し座らない?」

結城は彼女の好きなワインとスイーツを持ってきて、傍に座っていた。しかし、その視線は明らかに社交場で立ち回る美都を追っていた。

美都は笑顔を振りまきながら、記者やインフルエンサーと喋って、プロデューサーや脚本家とも酒を交わしていた。

そのうち、大手映画監督二人とも名刺を交換し、深く話し込む。

国内市場に戻るためには、こうした頂点の人物たちとの関係が不可欠だ。

アルコールの勢いの中、男女が名誉と欲望を追う宴の場では、美都は酒を勧められ、身体を触られ、限界を試されるようになった。

その様子を見ていた結城の顔色は、みるみるうちに険しくなっていった。

最初は野々花と話していたが、次第にそれもできなくなっていった。

野々花は、一人の監督が美都の腰に手を回し、もう一人が大きなブランデーグラスを差し出すのを見た。
Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 夕暮れが君の瞳に映る   第24話

    彼女はその時になって初めて、自分が業界から完全に干されたことに気づいた。一体誰が?彼女は必死に策を弄して、結城の車を止め、懇願した。「結城……お願い、もう法の裁きは受けたの。許してよ、お願い」だが、結城は冷たい表情で言い放った。「国内エンタメ界隈で干したのは俺だ。でも、海外までは俺の手は届かない」そう言って、アクセルを踏み、車は勢いよく走り去った。美都は、その風に煽られて尻もちをついた。悔しさと困惑に満ちた表情だった。自分は、もっと権力のある人間を怒らせたわけじゃないのに。仕方なく、自分で動画チャンネルを開設し、ギリギリの内容や商品紹介で稼ぐしかなかった。だが、たびたび通報され、扱う商品にもトラブルが続いた。普通の人間としての暮らしに戻る気などない。結局、彼女は社交界との繋がりを保つために、表には出ない裏稼業に足を踏み入れた。結城は、他人の商売に関わる時間も興味もなかった。彼は、野々花にとてもよく似た少女を傍に置いた。顔立ちではなく、雰囲気が似ていた。特に目。清らかで、彼を見つめる目には光が宿り、心の底から彼一色だった。彼はその魅力に取り憑かれ、抗えず、口元から漏れるように囁いた。「野々花……野々花……」少女は彼にしがみつき、耳元にキスを落としながら甘く囁いた。「うん、ここにいるよ。ずっとそばにいる。あなたを離さない……」その言葉に、彼はさらに狂おしく求めた。彼女は彼に抱かれながら、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。「結婚してくれる?ずっとあなたのそばで、妻になって、子どもを産みたいの」結城の身体がピクリと強張り、しばらく黙り込んだあと、答えた。「いいよ」少女の瞳が輝いた。「ほんと?じゃあ明日、私の実家に挨拶に行こうよ。お父さんとお母さんに会ってほしいの」翌日、彼らは空港に向かい、少女の故郷へ飛び立つ準備をしていた。空港には、出会いと別れが交錯する人波があふれていた。彼らはセルフチェックイン機で搭乗券を受け取り、手をつないで搭乗口へと向かう。だが、その時、結城の足がピタリと止まった。身体が硬直し、息さえできなくなった。野々花が、そこにいた。七年ぶりの再会だったが、彼女はほとんど変わっていなかった。美しく、落ち着きがあり、輝いていた。特にあの瞳は相変わらず澄み

  • 夕暮れが君の瞳に映る   第23話

    一樹は教会へ戻った。結城はその場を離れず、低い塀にもたれかかりながらタバコに火をつけた。参列者たちは教会から出て、パーティーが開かれる屋敷へと向かっていく。拓海と野々花は手を繋いで現れた。二人の指はしっかりと絡み合っていた。その手から、拓海の大きく温かなぬくもりが伝わり、野々花の心は次第に落ち着いていった。どうやら、結城の登場にも怒ってはいないようだった。結城は二人の姿を目にすると、タバコをもみ消し、早足で近づいてきた。「野々花!」だが、ボディーガードが彼の行く手を遮った。野々花は彼の腫れた顔と唇の血を見ても、心は揺れなかった。その瞳には冷たさしかない。拓海は静かに言った。「前川さん、妻を困らせないで」「妻」という言葉が、鋭い刃のように結城の胸に深く突き刺さる。結城の目に一瞬、冷ややかな光が宿った。「お前が彼女を傷つけたり、苦しめたりしたら、俺はまた彼女を取り戻す」拓海は鼻で笑った。「そんな日は来ない」結城も嘲笑を返した。「それはどうかな……」「結城」野々花がその言葉を遮った。口調は冷ややかだった。「この先、何があっても、私はあなたとは復縁しない。もう二度と会いたくない」彼女の目は冷たく、遠く、そこにはもう愛も憎しみもなかった。結城の顔色は徐々に青ざめ、一瞬黙り込んだ後、かすれ声で言った。「ごめん」「もう、あなたの謝罪なんて必要ない」と、野々花は静かに言い、拓海の手を取って近くに停めてあるリンカーンに向かった。拓海は彼女のためにドアを開け、結城に鋭い警告の視線を投げた。結城はその視線を真正面から受け止めた。もし彼女を傷つけることがあれば、必ずまた奪い返す!宴は賑やかに続き、夜遅くにようやくお開きになった。拓海はかなり酒を飲んでいて、少し酔っているようだった。彼は時折彼女を見ては、にこっと笑う。来客を見送った後、野々花は彼を寝室に連れて行った。ベッドに寝かせ、彼女はバスルームでシャワーを浴びて、パジャマに着替えた。ベッドに戻って腰を下ろした瞬間、彼が突然起き上がり、彼女を驚かせた。拓海は眠たげな目で言った。「俺もシャワー浴びなきゃ」そう言って、ふらふらとバスルームに向かった。野々花は仕方なく、そのまま彼に任せることにした。結婚って、なかなか大変だ

  • 夕暮れが君の瞳に映る   第22話

    結城には、周囲の声も、人の姿も届かなかった。目に映るのは、豪華で美しいウェディングドレスを纏った女性ただ一人。その女性が驚いたように振り返る。野々花だ!間違いない、彼女だ!「野々花!」彼は狂ったように駆け寄り、野々花の腕を掴もうと手を伸ばした。涙をこらえながらも名残惜しそうな父が娘を守るようにその前に立ちはだかった。「やめろ!」その場には政財界の大物たちも多く、警備は厳重だった。屈強なボディーガードが即座に結城を取り押さえる。会場にいる全員の視線が、彼に注がれた。驚き、好奇心、噂好きの目、そして軽蔑……結城は必死にもがきながら、普段は冷淡なその目で野々花を懇願するように見つめた。「野々花!彼と結婚しないでくれ。俺を許してくれ、頼む」野々花は彼が戻ってくるとは思わなかった。驚いたのも束の間、すぐに冷静さを取り戻す。彼女は静かに言った。「前川さん、私たちはもう別れた。別れを切り出したのはあなたの方だね。いい加減にして、私の結婚式を邪魔しないで」結城の目に赤みが差す。本来なら、大人らしく心から祝福して、静かに見守るべきだった。でも、今の彼にはそんな余裕などなかった。彼が今欲しいのは、礼儀でも体面でもないただ、野々花だけ。彼はかすれた声で言う。「後悔してる。俺は君を愛してる。別れたくない!君が俺を恨むのも当然だ、誤解して信じなかった。全部俺が悪い。もう一度だけ、チャンスをくれないか?」野々花はきっぱりと答えた。「無理よ。もう、あなたを愛していない」拓海が彼女のそばに歩み寄り、手を握りながら、結城を冷たく見下ろすように言った。「前川さん、聞こえたか?」結城は彼を怒りの目で睨みつけ、唇を固く結ぶ。拓海はボディーガードに命じる。「前川さんが静かにしていられないようなら、外に放り出して」そう言って野々花の手を引き、牧師の元へ向かって歩いていく。結城はその場に立ち尽くし、彼らが手を取り合って進む姿を茫然と見つめていた。牧師が尋ねる。「あなたは、拓海を夫として迎えることを誓いますか?」野々花は迷うことなく、力強く答えた。「誓います!」その瞬間、結城の頭の中にまるで雷に打たれたような衝撃が走った。彼の目の前で、二人は指輪を交換し、婚姻届に署名した。すべてが終わっ

  • 夕暮れが君の瞳に映る   第21話

    野々花の瞳は、透き通るように澄んでいて、どこか哀しげだった。その視線を前にして、拓海は嘘をつけなかった。彼は正直に言った。「これは政略結婚だけど、俺はちゃんと知っていて、満足できる相手と結婚したかった」野々花は眉をひそめた。「だから、私のことを調べに来たの?」拓海の澄んだサファイアのような瞳が輝く。「そうだよ。だけど君のことは、すべてにおいて満足してる」「すべてにおいて」という言葉に、何やら深い意味が込められている。ピロポクラブの個室でのことを思い出すと、野々花の顔は一瞬で真っ赤になった。拓海の口元には抑えきれない微笑が浮かんでいた。「君のために、ジュエリーをいくつか選んだ。明日届くよ。ウェディングドレスも、花都で最も有名なデザイナーに依頼して作った。明日試着してみて」野々花は思わず口にした。「そんな、お金かけなくても」どうせ政略結婚なのだから、式なんてそれなりでいい。無駄遣いすることない。だが拓海は、真剣な眼差しで言った。「心配しなくていい。ただ、君は新婦になる準備をしていればいい。それから新婚旅行は、世界一周の旅にしよう」野々花は、少しだけ申し訳ない気持ちになった。結婚式の準備は、何ひとつ自分ではしていない。婚約者の顔すら、つい昨日まで知らなかったのだ。でもこの顔なら、十分すぎる。もし相手が、年老いていて、冴えない人だったら、想像しただけで、憂鬱になっただろう。翌朝。ドレスとジュエリーが届けられた。すべて、海外のトップデザイナーによる一点もの。野々花、ただ一人のために仕立てられた、特別な品々だった。フランスのエスプリと、東洋の要素を融合させたデザイン。素材はすべて天然のダイヤモンド。そのきらめきは、豪華でありながら、どこか気品があった。野々花はウェディングドレスの刺繍に触れながら、思わず口を開いた。「これ、ちょっと贅沢すぎじゃない?」父は泰然自若として言った。「たったの十数億円だ。うちの娘に相応しいくらいだな。たとえ政略結婚でも、人として気に入らない奴だったら、絶対に認めん」その言葉に、野々花の胸がじんわり熱くなった。「お父さん」父の目が少し潤んでいた。「ほらほら、荷物が揃ってるか確認しなさい。明日の朝には教会へ出発だ」娘の結婚を思うと、彼の胸は切なくてたまらなかった。

  • 夕暮れが君の瞳に映る   第20話

    開拓グループの令嬢は、野々花だった。彼女は自家の別荘で二日間休養し、心身ともにリフレッシュしていた。お気に入りの馬にまたがり、草原を駆け巡る。風を切る感覚が心地よく、全身に活力がみなぎる。彼女は丘の上で手綱を引き、馬を止める。そして、空に向かって大声で叫んだ。「よしっ!覚悟はできたわ!どんな試練でもかかってこい!」彼女の胸には、まだ不安が残っていた。婚約者の情報は、ずっと怖くて調べられなかった。顔も経歴も、何も知らない。でも今なら、受け止める心の準備はできている。深呼吸をして、スマートフォンを取り出した。婚約者の情報を検索しようとした。そのとき、スマホが鳴った。彼女はBluetoothイヤホンで通話に出た。父の声が聞こえてきた。「野々花、戻ってきなさい。兄ちゃんが帰ってきたぞ」兄の須藤一樹(すどう いつき)は半年以上会っていなかった。彼女はスマホをしまい、手綱を引いて馬の向きを変える。どうせ政略結婚は決まってる。相手が誰でも、嫁がなきゃいけない。馬は一気に走り出し、ほどなくして別荘の正門前へとたどり着いた。そこには何台もの高級車が並んでいた。父と兄は、誰かと談笑しているようだ。どうやら客人が来ているらしい。その客の背中は、高くてスラリとしたシルエット。広い肩幅に、引き締まった腰、そして長い脚、まるでモデルのようだ。馬の足音に気づいたのか、全員が彼女の方を見た。客人も振り返った。その顔を見た瞬間、野々花は凍りついた。ハーフの男性?なんで彼がここにいるの?父や兄の様子を見ると、どうやらその男性とかなり親しげだ。やだ、あんな相手と会うなんて、気まずい。彼女はブリティッシュ系の乗馬服に身を包み、美しい顔立ちに颯爽とした姿だった。馬から降りる所作は、優雅だった。だが、手に持った鞭を握る手には、どこかぎこちなさがあった。一樹が笑いながらからかう。「どうした?婚約者に会った途端、急に恥ずかしくなったか?」野々花は、ぱちくりと目を見開いた。そのハーフの男性こそがまさかの、岡野拓海(おかの たくみ)!彼が婚約者?どんだけ偶然なのよ?拓海は微笑を浮かべ、穏やかに言った。「こんにちは。また会ったね」父が驚いたように口を開いた。「えっ?君たち、面識があったのか

  • 夕暮れが君の瞳に映る   第19話

    結城は最も早い便で花都に飛んだ。空港のロビーに立った彼は、戸惑いと不安に包まれていた。ここは彼の影響力が及ばない場所。まるで目隠しをされたような心細さだった。野々花はどこだ?彼女は、いったいどこにいるんだ?すでに友人に調査を頼んでいたが、まだ連絡はなかった。仕方なく、先にホテルへ向かった。待つという行為が、彼には耐えがたかった。スマホを取り出し、野々花のあらゆるSNSにメッセージを送った。しかし、すべてのアカウントが削除されていた。ネット通販も読書サービスのアカウントも、すべて消えていた。野々花は、自分の世界から完全に姿を消そうとしている。胸が裂けるような痛みが走った。喉が詰まり、言葉も出ない。彼は無力感に襲われ、窓辺に立ち、夢のように輝く花都の夜景を見つめた。タバコに火をつけ、次から次へと吸い続ける。野々花はもう、自分を必要としていない。自分の愛も、もういらないのだ。「野々花……愛してる。自分でも、こんなに深く愛してるなんて気づかなかった。帰ってきてくれ、お願いだ。俺のそばに戻ってきて」痛みに目を閉じ、美しい弧を描く唇を噛みしめた。唇には、鮮やかな血が滲んだ。そのとき、電話が鳴った。結城の表情が一変した。きっと、野々花の情報だ。慌ててスマホを手に取り、通話を繋げた。「もしもし」「このバカヤロー!」スマホの向こうから怒鳴り声が響いたのは、結城の祖父だった。「お前、頭おかしくなったのか?こんなスキャンダルを起こして」結城は、いつもの冷静な態度を取り戻し、淡々と答えた。「申し訳ありません」「謝って済むと思ってんのか?会社の株がストップ安だぞ」結城は黙り込み、タバコを一口吸った。煙の向こう、鋭く整った顔立ちはどこか虚ろで、物憂げな影が差していた。これは、自分が受けるべき罰だ。野々花に、取り返しのつかないことをしてしまった。祖父は低い声で言った。「すぐに記者会見を開いて、堀内美都との関係を否定しろ。あの件と無関係だってはっきり言え」「会社はすでに声明を出しました」と、結城は眉間を押さえながら答えた。「お前が顔を出さなきゃ、誰も信じるか!皆、お前が拘束されたと思ってるんだぞ」「今、花都にいる。帰ったら対応します」祖父は怒りに震えていた。「帰ってか

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status