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第6話

Auteur: 鳳あん
恵梨は、詩月がこのことを圭吾に話すだろうと思っていた。けれど、数日経っても圭吾は何事もなかったかのように、いつも通り優しくしてくれている。

出て行く日が近づくにつれて、恵梨は、離婚したあとのことを考え始めた。これから、自分は何をして生きていけばいいのだろうかと。

本当は、教育支援の教師として、環境の整っていない過疎地の学校で子どもたちを教えるのが夢だった。けれど、その夢を叶えるチャンスが自分にあるのかどうかは分からない。

ふと、昔そういう活動をしていた先輩のことを思い出し、恵梨は電話をかけて会う約束をした。

五年ぶりに再会した藤川俊哉(ふじかわ しゅんや)は、ほとんど変わっていなかった。銀縁の眼鏡をかけ、相変わらず穏やかで落ち着いた雰囲気を漂わせている。

恵梨が教育支援に興味を持っていると聞いて、俊哉の目がぱっと明るくなった。

「本当に教育支援に行きたいのか?結婚したって聞いたけど、牧原さんはそんな遠い場所に行くのを許してくれるのか?」

恵梨はうつむいてコーヒーを一口含んだ。

「もうすぐ離婚するの」

俊哉は一瞬言葉を失い、「ごめん」と小さく言った。

「気にしないで。もうすぐ四月ね。できれば早めに段取りしてもらえる?」

「うん。ちょうどこの四月から、山間の小学校に行くんだ。もし興味があるなら、一緒に行く?」

恵梨は少し浮き立った気分で席を立ったが、足元がふらつき、危うく俊哉の胸に倒れ込みそうになった。

俊哉がとっさに腕を伸ばし、彼女の肩を支えて、「気をつけて」と優しく言った。

「ありがとう」

そのときは本当に、それだけのつもりだった。まさかその何でもない一度の再会が、とんでもない騒ぎになるとは、恵梨は夢にも思わなかった。

家に戻ると、圭吾がソファに腰を下ろしていた。その表情は暗く、空気が張り詰めている。

その隣には詩月が座り、勝ち誇ったように眉を上げて微笑んだ。

「朝倉さん、お帰りなさい。どこへ行ってたの?」

恵梨は何も言わず、踵を返して階段を上がろうとした。だが圭吾が突然駆け寄り、彼女の喉を掴んだ。

「詩月の質問に答えろ。どこへ行ってた?」

圭吾の目は血走り、握る手にどんどん力がこもっていく。

「離して……」

こんなにも荒々しく彼に扱われたのは、これが初めてだった。

圭吾の目が怒りで燃えていた。その気迫に飲まれ、恵梨はさすがに怖くなった。

「友達に会ってたの」

「友達?それとも、外の男?」

詩月がさらに煽るように言う。

「朝倉さん、言わせてもらうけど、あなたもう結婚してるのよ?もう少し自覚を持ったらどう?」

「何のこと?全然意味が分からない」

息がどんどん苦しくなって、恵梨は圭吾の手を必死に引きはがそうとする。しかし圭吾は逆に、彼女を床に強く突き飛ばした。

「恵梨、答えろ。子どもは、もういないのか?」

その言葉は鈍い雷鳴のように胸の奥で響き、世界が一瞬止まった。

――圭吾は、もう知っていた。

「そうよ。あの日、あなたが詩月と……」

「お前、あの藤川俊哉って男のために、俺たちの子どもをおろしたのか!」

バシッ。容赦ない一発が頬を打ち、恵梨は倒れ込みそうになった。

恵梨は赤く腫れた頬を押さえ、信じられない思いで圭吾を見つめた。

「圭吾、何変なことを言ってるの?」

「まだしらばっくれる気か!」

次の瞬間、写真の束が目の前に叩きつけられた。恵梨が視線を落とすと、そこには自分と俊哉が写った写真ばかりだ。

一緒に買い物をしているもの、並んで散歩しているもの、向かい合って食事をしているもの、カフェで話しているもの──さらには、二人でホテルに入っていくように見えるものまである。

本物と細工が、わざと分からないようにごちゃ混ぜにされている。

それに、切迫流産したときの書類まであった。圭吾が彼女の部屋で見つけたものだ。

恵梨は一目で、これが仕組まれたものだと分かった。

「違う!この写真は全部仕組まれたものよ。私と俊哉はあなたが思ってるような関係じゃない!」

「まだ言い張るのか?今日会いに行ったのは誰だ。藤川俊哉だろ?」

怒りで全身を震わせる圭吾を前に、恵梨は何をどう説明しても届かない。

「そうよ、でも今日会ったのは……」

「恵梨、お前、よくも俺を裏切ったな!俺との子どもをおろしててまで!俺があんなに楽しみにしてたあの子たちだったのに、どうしてそんな冷たいことができるんだ!」

圭吾は恵梨の顎をつかみ上げ、一語一語を噛みしめるように言い放つ。

「いいだろう。お前の腹の中にもう俺の子はいない。だったら今日から、詩月がこの家に住む。彼女は妊娠してる。これからはお前が、彼女の世話を事細かにしろ。彼女のお腹の子が無事に生まれるまでだ!」

恵梨は男の冷たい顔を見つめながら、こみ上げる痛みに耐えながら言う。

「私のことを信じないなら、それでいいわ。どうせ、何を言っても無駄だよね。圭吾、あなたは私を裏切り者だと言うけど、自分はどうなの?詩月と関係を続けてるじゃない?しかも、もう子どもまでできてるくせに、どの口で私を責めるの?彼女なんてもう憎いだけだって言いながら、結局、一度だって忘れたことなんてないじゃないか?」

「恵梨、本当にがっかりだ。ここまできてまだ認めないのか?だったら罰を受けてもらうしかないな」

圭吾は彼女の顎を振りほどき、ボディーガードたちを呼び入れた。

「恵梨をプールに放り込め、頭を冷やさせろ!自分のしたことを認めるまでだ!」

ボディーガードたちは一瞬ためらった。

「ですが、牧原様、奥様は泳げないじゃないですか?」

「いいから、やれ!」

命令が下った以上、逆らえない。ボディーガードたちは恵梨を抱え上げると、そのまま庭のプールへと放り込んだ。

ドボンという音とともに、おもちゃを投げ捨てるように、恵梨の体は水面に叩きつけられた。大きな水しぶきが弾け飛ぶ。

冷たい水が口や鼻に流れ込み、恵梨は恐怖に駆られて必死に手足をばたつかせる。

「やめて!誰か、助けて!私は、何もしていない……

圭吾、私、していないの!

助けて!私、泳げない……ぐっ……」

恵梨はプールの中で必死にもがき、水を何度も飲み込んだ。

それでも圭吾はプールサイドに立ったまま、冷ややかな目でその様子を見下ろしている。

「どうだ?少しは頭が冷えたか?俺を裏切るって、こういうことだ」

「ごぼっ、ごぼっ……わかったの、もう許して……」

恵梨は嘘をついた。とにかく生きなければならない。あと三日で、圭吾から逃れられる。だから、どんなに苦しくても、今は耐えるしかなかった。

体が沈んでいく。視界がぼやける中、恵梨の耳に圭吾の冷たい声がかすかに届く。

「恵梨を引き上げろ!医者を呼べ、今すぐだ!」
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