Masuk娘の誕生日だった。 彼女はわざと、みんなの前で言った。「ママはくたびれた顔のおばさんなんだから、ケーキは食べなくていいよ。これ、パパがすごく高いのを買ったんだもん」 胸の奥が、すとんと沈んだ。 振り向くと、娘は一番大きなケーキを皿にのせ、家庭教師に差し出していた。 「小山ママ、このケーキのイチゴ、すごく甘いの。早く食べて」 夫は私の居心地の悪さなど気にも留めず、笑いながら娘と家庭教師の頬にクリームを少し塗った。 「長生きして、元気でいられますように」 三人が楽しそうに笑い合う姿は甘くて幸せそのものに見えた。 その瞬間、私はすべてを諦めた。 そして私の先生に電話をかけ、国の極秘プロジェクトに参加することを選んだ。 この人たちのために夢を捨てるなんて、あまりにも割に合わなかった。
Lihat lebih banyak実験の過程では、想定しきれない事態が起こる。この数年、どれほど慎重を重ねても、多くの命が失われた。生き残った者の多くも完全な身体ではなかった。それこそが私に嘆く資格がない理由だった。失敗と比べれば。死と比べれば。私はあまりにも多くを与えられている。こうして生きている。世界を見て、この結果を見届けている。それだけで、十分すぎるほどだった。「必ず、使命を果たします」表彰の日は、あっという間に訪れた。私は何度も原稿を読み返しながら、この新しい世界を受け入れる準備をしていた。社会から十二年も離れていた私は、目の前の変化にうまく馴染めなかった。分からないことが次々と積み重なっていった。それでも、新しい技術が国家の礎になるのなら、胸を張っていい。そう思えたからこそ、私が差し出してきたすべては無駄ではなかった。「黒木玲奈さん、どうぞ壇上へ」感慨に沈んでいた私は支えられながら舞台に上がった。それは疑いようのない栄誉の瞬間だった。胸が詰まり、何度も涙を拭った。用意していた言葉はすべて頭から抜け落ちていく。けれど、華やかな表現よりも、今この場で伝えたいことがある。――犠牲になった、すべての人たちへの感謝。彼らがいなければ、今日の成功はなかった。彼らがいなければ、この栄誉も存在しなかった。「だからこそ、皆さんに一つだけお願いがあります。どうか、彼らの名前と、その歩みを忘れないでください。これまで積み重ねられてきた努力に、静かに目を向けてほしいと思います。若い力が育てば、社会は自然と前へ進んでいきます。私たちの役割はここで一つの節目を迎えました。そして今、これからの時代が皆さんの手に委ねられています。学び、受け継ぎ、工夫を重ねながら、この場所をこれからも大切に守り続けていってください」即興の言葉だった。それでも、会場からはこの日一番大きな拍手が湧き上がった。それは、新しい世代からの返答だった。私は退かない。彼らも退かない。それこそが受け継がれていく精神なのだ。「……お母さん」式典が終わり、スタッフに支えられて移動していると、懐かしい声が聞こえる。振り向いた先にいたのは、久しく会っていなかった七菜だ。ずいぶん変わっていた。その表情には決して楽ではなかった年月が刻
すべてが終わったと知り、安彦の目から涙がこぼれ落ちた。そのとき、私の名前に気づいた者がいて、周囲に小さなざわめきが広がった。五分ほどして、研究院の責任者が姿を現し、安彦を静かに見つめた。彼は研究員一人ひとりの家庭事情にも通じており、安彦の存在も把握していた。ただ一つ、引っかかることがあった。私が外に出てすでに一週間が経っているのに、夫である安彦が、それを知らないはずがない。「こんにちは。私はここの責任者です。何かありましたら、お話を伺います」立場上の判断として、彼は安彦をオフィスに通し、一通り事情を聞いた。よくある家庭内のいざこざにすぎなかった。とりわけ「離婚するつもり」という言葉を聞いた時点で、彼の中では結論が出ていた。「内川さん、これはご家庭の問題です。黒木玲奈さんの行き先を、私からお伝えすることはできません。彼女が離婚を決めた以上、研究院としてもその選択を尊重します。どうか、ご理解ください。もうお帰りください。お子さんのことを、きちんと見てあげてください」それ以上、話す余地はなかった。安彦は信じられず、叫び出したい衝動に駆られた。問い詰めたい気持ちもあった。だが背後には、整然と並ぶ警備員の視線があった。彼は一歩も動けず、結局、肩を落として帰るしかなかった。それでも、ひとつだけ救いがあるとすれば、愛海が七菜を連れて戻ってきていたことだった。二人は彼との間にわだかまりもなく、以前と変わらぬ様子で接した。まるで何事もなかったかのような家族の姿だった。愛海はわざわざ七菜を連れてきて、安彦に謝った。その声はひどく柔らかく、視線には隠しきれない意図が滲んでいた。安彦はその意味が痛いほど分かった。次の瞬間、堪えていた感情が一気に噴き出し、彼はテーブルをひっくり返した。「全部お前のせいだ!もともと俺は可哀想だから家庭教師にしてやっただけだ。それなのに、子どもをこんなふうに育てて!七菜!玲奈はお前の母親だ。命がけでお前を産んだ人間だぞ。何様のつもりで嫌うんだ!出て行け。今すぐ、この家から出て行け」感情に飲み込まれた安彦は愛海を家から追い出した。七菜はまだ幼く、何もできず、ただ泣くことしかできなかった。だが、その涙に意味はなかった。安彦は少しも哀れまず、怒りに任せて指を突き
「……玲奈」私が家を出てから七日目。安彦は娘のもとへ向かうこともなく、かつて私が働いていた場所へ足を運んでいた。そこは、厳重に警備された区域だった。研究者だけでなく、そこで生み出される成果そのものが守られている。当然のように、安彦は正門で呼び止められた。彼はすっかり変わっていた。無精ひげを伸ばし、やつれた姿はまるで路上生活者のようだった。警備員は何度も彼を追い払おうとし、乞食同然に見ている様子だった。「ここはあんたの来る場所じゃない。金目当てなら、ほかを当たれ」容赦のない言葉を浴びせられ、安彦は顔色を変えた。この数日、彼の脳裏に浮かぶのはかつて自分が私に向けていた態度ばかりだった。あのとき、私は今の彼と同じくらい、痛みを感じていたのだろうか。「聞こえてるのか。さっさと立ち去れ」警備員は彼が呆然としているのを見て苛立ち、スタンガンを取り出した。安彦ははっと我に返り、ぎこちなく私の名前を口にした。「俺は乞食じゃありません。妻を探しに来たんです。黒木玲奈といいます。ここで働いているはずなんです。中に入って、一声かけてもらえませんか。会えれば、それでいいんです」警備員は一日に何人もの「会わせてほしい人間」を相手にしている。目の前の男の一方的な話など、信じる理由はなかった。たとえ私を知っていたとしても、呼び出すことはない。それが安全のためだった。「帰ってください。奥さんだと言うなら、電話すればいいじゃないですか。どうしてここで騒ぐんです」露骨な疑いの視線を向けられ、安彦は気まずそうにスマートフォンを取り出した。そこには、既読のつかないメッセージが並んでいるだけだった。「喧嘩をしてしまって……何日も帰ってきていないんです。でも、彼女がここで働いている証拠はあります。黒木玲奈です。ほら、これです。見てください」焦りで手が震え、何度も画面を滑らせるうちに、警備員の表情があからさまに険しくなった。そのときになって、ようやく一枚の写真を見つけ出した。それは、かつて私が彼に送ったものだった。研究所の制服を着た私が写っている。彼が持っている、唯一の証明だった。警備員は鼻で笑った。「申し訳ありませんが、こちらで分かるのはその方が当施設の職員であるという点だけです。お客様とのご関係までは確認できません。これ以上
その涙には、わずかだが本心が滲んでいた。安彦は戸惑いながら言った。「愛海ちゃん、この件は君のせいじゃない。玲奈が拗ねているだけだ。あいつは孤児院育ちで、自由気ままに生きるのが当たり前になっている。放っておけばいいし、数日もすれば戻ってくる」知り合った頃、私が孤児院で育ったと知った安彦は胸を痛めて涙を流してくれた。けれど、気持ちが冷めると、今度は「孤児院育ちは自由奔放だ」と言うようになった。「じゃあ、食事にしよう」愛海は嬉しそうに瞬きをした。安彦が慰めてくれた。それだけで、自分は大切にされているのだと分かった。ここ数日、もう少し頑張ればいい。この家の女主人になる日も、遠くない気がした。もう一人、嬉しそうだったのが七菜だった。彼女は部屋に大事に取っておいた飲み物を持ち出し、テレビで見た大人の仕草を真似て、グラスを掲げた。「パパ、ずっとこんな毎日だったらいいのに」彼女にとって、パパと小山先生と一緒にいる時間がいちばん幸せだった。「七菜ちゃん、そんな言い方をするんじゃない」この数日の出来事が安彦の心を大きく揺さぶっていた。彼は確かに、かつて私を愛していた。だからこそ、その言葉を聞いた瞬間、思わず七菜を叱った。どんな理由があろうと、彼女は私の子だ。そんなふうに考えていいはずがなかった。「パパ……」七菜は一瞬、体を強張らせた。けれど彼女にとって、愛海を好きなことは間違いではない。その出来事がきっかけとなり、私が家を出て三日目、七菜と安彦は激しく言い争った。互いに一歩も引かず、とりわけ七菜は目を大きく見開いて叫んだ。「私、間違ってないもん。小山先生が好き。ママになってほしい。この何年も、ずっとお世話してくれたのは小山先生だよ。私のどこが悪いの。悪いって言うなら、パパのほうでしょ。前は小山先生に優しかったのに、ママが出て行ったら、急に後悔し始めて」「七菜!」安彦の怒鳴り声と同時に、平手打ちが落ちた。叩いた直後、彼の指がわずかに震えた。その光景は愛海にとっても信じがたいものだ。「安彦、話せば分かることでしょう。どうして子どもを叩くの」愛海には思惑もあったし、私が去ることを望んでいた面も確かにある。けれど子どもが好きなのは本心で、七菜を大切に思っているのも嘘ではなかった。子どもは大人が思
Ulasan-ulasan