LOGIN美月side
「ふざけるな!俺が今までお前に注いできた金と時間を何だと思っている!一流の教育、高級な衣服、そしてこの会社の安泰……すべて俺が与えてやったものだろうが!」
「それがあなたの傲慢なのよ。あなたは私に何かを『与えた』つもりでいるけれど、実際は、私の自由と尊厳を『奪っていた』だけ。あなたが私を社長に据えようとするのは、私のためじゃない。自分にとって最も都合の良い場所に、私を飾り立てて閉じ込めておきたいだけでしょ?」
「……いいか、美月。そんな生意気な口を叩けるのも今のうちだ。俺が本気でこの会社を潰そうと思えば、一週間もかからない。お前の父親も、今外で震えている社員たちも、全員路頭に迷わせることになるんだぞ」
陸は再びソファに座り直し、勝ち誇ったような冷ややかな笑みを浮かべた。
「お前が俺の提案を飲めば、誰も傷つかない。お前はただ、俺の妻として、この会社の『顔』として微笑んでいればいい。それがそんなに嫌なことか? アメリカで言葉も通じない異国人に日本語を教えるなんて不安定な生活より、よっぽど賢い選択だろう?」
陸の言葉には、私の努力を「無意味な遊び」と断じるような響きがあった。私が世羅と一緒にアメリカへ行き、新しい道を進もうとしていることをどこかで嗅ぎつけていたのだ。
「……やっぱり、あなたは何も分かっていないのね。私はもう、誰かに用意された椅子に座るだけの人生は選ばない。たと
美月side「ふん、柳グループがこんな弱小企業に何の用があるんだ? もう手遅れなんだよ。買収に必要な内部資料も役員の合意を取り付けるための裏工作もすべて完了している」陸は勝ち誇ったようにタブレットを世羅に向けた。しかし、世羅は眉一つ動かさず冷徹な笑みを浮かべた。「その『完了した』という資料、私の部下が作成したものですよ」「……何だと?」陸の表情が凍りついた。世羅が合図を送ると、陸のすぐ後ろに控えていた遠藤製薬で父の会社の担当をしていた田中という男が一歩前に出て、陸ではなく世羅に向かって深々と頭を下げた。「遠藤専務、お疲れ様です。……いえ、柳常務、ご報告の通り全ての証拠が揃いました」「田中……お前、裏切ったのか!?」「裏切ったのではありません。私は元々、柳グループから送り込まれた人間です。遠藤製薬が酒井さんの会社に対して不当な圧力や強引な取引をしていると聞いて調査をしに来たんです。最も、柳グループに所属していますが、私の親族は公正取引委員会の幹事を務めています。今回の強引な買収工作や過去の取引についても、証拠はすべて把握しています」陸が今回の工作の全権を任せていた部下は、実は世羅が仕掛け
美月side「ふざけるな!俺が今までお前に注いできた金と時間を何だと思っている!一流の教育、高級な衣服、そしてこの会社の安泰……すべて俺が与えてやったものだろうが!」「それがあなたの傲慢なのよ。あなたは私に何かを『与えた』つもりでいるけれど、実際は、私の自由と尊厳を『奪っていた』だけ。あなたが私を社長に据えようとするのは、私のためじゃない。自分にとって最も都合の良い場所に、私を飾り立てて閉じ込めておきたいだけでしょ?」「……いいか、美月。そんな生意気な口を叩けるのも今のうちだ。俺が本気でこの会社を潰そうと思えば、一週間もかからない。お前の父親も、今外で震えている社員たちも、全員路頭に迷わせることになるんだぞ」陸は再びソファに座り直し、勝ち誇ったような冷ややかな笑みを浮かべた。「お前が俺の提案を飲めば、誰も傷つかない。お前はただ、俺の妻として、この会社の『顔』として微笑んでいればいい。それがそんなに嫌なことか? アメリカで言葉も通じない異国人に日本語を教えるなんて不安定な生活より、よっぽど賢い選択だろう?」陸の言葉には、私の努力を「無意味な遊び」と断じるような響きがあった。私が世羅と一緒にアメリカへ行き、新しい道を進もうとしていることをどこかで嗅ぎつけていたのだ。「……やっぱり、あなたは何も分かっていないのね。私はもう、誰かに用意された椅子に座るだけの人生は選ばない。たと
美月side見慣れたはずのオフィスビルが、今日はひどく冷たく威圧的に見える。エレベーターを降りて廊下を進むと、フロア全体に異常な緊張感が漂っている。同情、期待、そして微かな恐怖など社員たちの視線が一斉に私に集まってきた。奥の応接室からは、陸の高圧的で傲慢な声が漏れてきた。「ああ、美月、待っていたよ」扉を開けると、陸がソファに深く腰掛けて足を組み、まるで自分の城であるかのように不遜な態度で私を迎えた。「……いい加減にして。こんな卑劣な真似をして一体何が望みなの」怒りで震える声を抑え冷徹な視線を陸に叩きつけた。陸は立ち上がり、獲物を慈しむような歪んだ笑みを浮かべて、ゆっくりと私に近づいてくる。「望み?もう誰かから聞いたんじゃないか?だからお前はここに来たんだろう?」「お前をここの社長にするんだ。遠藤製薬の傘下に入ればこの会社も安泰だ。お前は俺のそばで、子会社の社長として、そして妻として遠藤製薬とこの会社と従業員も守っていればいい。俺はお前に社長の地位もプレゼントしてやると言っているんだ。こんなこと出来る奴はいない。さっさと俺のところに戻ってくるんだ」その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが弾けた。この男は、どこまで行っても自分の行いを愛
美月side「佐藤さん、遠藤製薬とはまだ来客対応中?今から事務所に向かうから、社長にも伝えておいてもらえる?」「分かりました。ありがとうございます……。本当に、助かります」佐藤さんの切羽詰まった声が事態の深刻さを物語っていた。私はバッグの中で、パスポートの入ったケースを強く握りしめる。この小さな手帳には、世羅と共に歩むはずの未来が詰まっている。けれど、陸の暴走を無視してこのままアメリカに逃げることなんて私にはできなかった。陸の目的は私だ。父や祖父、先代が守ってきた会社と、そこで働く人々を私の過去の因縁で壊させるわけにはいかなかった。タクシーを拾い事務所へと急ぐ。信号待ちをしている時、どうしようもなく不安に襲われ、向き合う勇気が欲しくて世羅に電話を掛けた。長いコール音の後にようやく繋がり、世羅の落ち着いた声が聞こえてきた。「もしもし、お仕事中にごめんなさい。今、少しだけ大丈夫?」「ああ、今日は休暇をもらっていたんだ。どうしたの?」「ありがとう。……今、父の会社に陸が来てまた無茶な要求をしてきたらしいの。これまでの嫌がらせよりも規模が大きくて簡単に片付かないかもしれないの。だけど私、ちゃんとこの問題に向き合って解決してから行きたいの。だから、すぐには行けないかもしれないけれど……私のこと、待っていてくれないかな?」
美月side「それがね、応接室に入る前にうちの社員の前で、この会社を遠藤製薬の子会社にしたいって言い始めたの」事務員の佐藤さんの声は震えていた。私は耳を疑った。「うちの会社を遠藤の子会社に? そんなことを、わざわざ社員の前で言ったんですか?」「ええ。一部の社員は待遇が上がるかもしれないって喜んでいるけれど、子会社にしたら遠藤製薬側から役員や代表取締役を送り込むとも言っていて……。私はそんな甘い話ではないと思うのよ」「それって……買収じゃないですか」「ええ。社長をはじめ、今の役員たちは全員退任させられる可能性があるわ。それでね、外部から役員を迎えるのが嫌なら、美月さんが代表を務めるなら今いる全社員のポジションを保証して待遇も改善するって言っているのよ」「え……」頭の中が真っ白になった。陸は、私を社長の椅子に座らせることで私を縛り付けようとしている。「社長は、その場での回答はしなかったんだけれど会社が乗っ取られたら元も子もないわ。美月さん、社長から話があるとは思うけれど、一度……考えてくれない?」
美月side両親に渡米の件を伝えると、二人とも一瞬言葉を失うほど驚いていた。「そんな遠いところへ一人で行くの?言葉だって通じないのよ」母は顔を曇らせと心配して色々と尋ねてきたが、隣に座る父がそれを静かに制した。「母さん、もういい。美月には、今まで会社のことで色々と苦労や迷惑をかけた。これからは美月の好きなように、自分の人生を歩めばいいんだ。それに、美月ももう立派な大人だ。困った時にだけ私たちが手を差し伸べるようにして、あれこれ口を挟むのはもうやめよう」父の言葉には、かつての陸との政略結婚への深い後悔と謝罪の念が滲んでいた。母もその言葉に深く頷いて、私は快く送り出してもらうことができた。それからの日々は、瞬く間に過ぎていった。新居の準備は世羅に任せ、向こうに持っていく荷物をまとめ、パスポートの更新も済ませた。アメリカでの日本語教師の仕事先もエージェントを通じていくつか候補が挙がっている。出発まであと一か月に迫り、期待と少しの不安が入り混じった高揚感の中にいたある日、私のスマホに父の会社の事務員である佐藤さんから電話が入った。「あ、美月さん? はぁー、電話に出てくれて良かった。今、大変なことが起きていて……」普段はどんな時も丁寧な対応を崩さない