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第23話

Author: 七海
「律希!あんた何バカやってんのよ、なんであんな大勢の前で私のこと彼女なんて呼ぶの?」

朝香はさっきの光景を思い出して頭が痛くなった。これから職場でどう見られるか、毎日噂されて仕事に支障が出るのは予想できた。

だが律希はまったく気にした様子もなく、逆に首を傾げてニヤリと笑った。

「これが人前で『うちの嫁』自慢するってやつか。最高だな」

朝香はカッとなって拳を振り上げたが、彼に手首を掴まれ、そのままぐっと身を寄せられ、目の前まで顔が近づいた。

「怒るなって、なぁ、朝香ちゃん」

その言葉と同時に、彼は顔を下げてキスを落とした。

朝香の全身がビクリと固まった。この展開は完全に予想外だった。今すぐ全力で突き飛ばして、一発の平手打ちでも食らわせて「変態!」と怒鳴るべきなのはわかった。

だが、どうしてだろう。この瞬間、何もしたくなかった。ただ、このキスを味わっていたかった。

どれくらいキスが続いたのか、朝香は息が切れそうになったところでようやく律希が唇を離した。

低い声に、満足した余韻が滲んだ。

「七年……やっと、これだよ」

朝香は真っ赤になって彼を押し返したが、口元は無意識に緩んでしまった。

心の中でずっと荒れ果てていると思っていた場所が、この瞬間から一気に春めき、生命力で満ちあふれた。

二人はアパートに戻り、夕食を一緒に作ろうと話していたが、その時律希に一日の臨時出張の電話が入った。

朝香は引き止めなかった。ちょうど彼女も、デザインのアイデアが浮かんでいた。今夜中にそれを形にしたかった。

「じゃあ、帰ってきたらサプライズをあげるよ」

律希はそう言って彼女の頭を撫で、目元に優しい色が宿った。

その夜、朝香は書斎で長い時間でデザイン画を描き続けた。半月も悩んでうまくいかなかった作品が、嘘みたいにスムーズに形になっていった。

朝の四時、朝香は完成したデザイン画を見つめながら、これはもしかしたら自分の最高の作品になるかもしれないと思った。

太陽はまだ昇らず、夜明けの気配が空に滲む頃、弱い星明かりの下で、彼女はその作品に名前を付けた――『夜明け前に』。

朝香は疲れ果て、ソファに横になると、そのまま眠ってしまい、次に目を開けたときはもう午後だった。

その時、雅文からの電話が入った。

「朝香、もうすぐコラボパーティーが始まるんだ。君が一番大事に
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