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第12話

Auteur: いちご味いも団子
翔真は美月の手を引き、一度も振り返らずに屋敷の奥へと入っていった。

美佐子が慌てて前に出て、彩花に声をかける。

「彩花……お父さんを責めないでやって。あの人も取り乱して、つい言葉が過ぎただけで――」

言葉の続きを、彩花の冷たい仕草が断ち切った。

「私はもう子どもじゃないわ。そんな稚拙な嘘でごまかせると思わないで」

それだけ言い残し、彩花は恭介と並んで屋敷を後にした。

去り際、恭介が意味深な視線を二階のバルコニーに向けた。そこに立っていたのは翔真だった。

美月を部屋まで送ったあと、翔真は気づけばバルコニーに出ていた。

彩花が恭介に嫁いだのはただの意地だと信じていた。時間が経てば気持ちも落ち着き、きっと自分のもとに戻ってくる。その時に美月を嫁がせれば、すべては元通りになるはずだ。

むしろ今回の件で、彩花は「自分を失う恐怖」を知り、かえって離れられなくなるだろう――そんな打算すら抱いていた。

翔真は口元に薄い笑みを浮かべ、スマホを取り出す。十五日後は、彩花との交際七周年の記念日。画面を見つめながら、彼は小さく呟いた。

「彩花……お前は、いつまで耐えられるだろうな」

だが、彩花と恭介の背中が完全に視界から消えた瞬間、その顔からは笑みが抜け落ち、翳りが広がった。

階下へ戻ろうとしたところで、美月が行く手を塞ぐ。

「翔真くん、どこに行くの?」

「友人が帰国してね、一緒に食事をすることになってるんだ」

美月は不安げに唇を噛みしめ、潤んだ瞳で彼を見上げた。

「……私も連れて行ってくれない?お姉ちゃんがいなくなって、一人じゃ寂しいの」

翔真は一瞬ためらったが、結局は頷いた。

レストランの個室に入ると、すでに友人たちが揃っていた。翔真を見るなり、みんな立ち上がって声をかける。

「翔真、遅れるなんて珍しいじゃないか」

その背後にいる美月に気づき、みんな納得したように頷く。

「なるほど、今日は美女を連れてきたからか。噂の六年も付き合った彼女だろ?やっと顔を見せてくれたな」

「幼なじみでずっと一緒だったんだろ?羨ましいもんだ」

翔真が否定の言葉を探すより先に、美月がグラスを手に取り、にこやかに口を開いた。

「みなさん、今日は本当にすみません。私のせいで翔真くんが遅れてしまって……お詫びの印として、一杯いただくわ」

そう言って一気に飲み干す。
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