LOGIN山城彩花(やましろ あやか)と藤原翔真(ふじわら しょうま)が交際を始めて六年。ようやく結婚を控えた矢先、二十年前に行方不明になっていた妹・美月(みづき)が山城家に戻ってきた。 彩花は必死に埋め合わせをしようとしたが、美月はそれを受け入れず、逆に「嫉妬深い」と決めつけ、両親の愛情を横取りしたうえ、翔真にまで目を向けた。 気づけば周囲は皆、美月の肩を持っていた。翔真でさえも。 「美月ちゃんはこれから佐伯家に嫁ぐんだ。だからこそ、できる限り償ってやるべきだろう」 そう言い、翔真は彩花を置き去りにして美月のために動いた。 美月と並んで家族写真を撮り、彼女が欲しがった一点物のネックレスを買い与え、さらには彩花を人里離れた道路に置き去りにし、狼に襲われかける危険に晒された。 それでも翔真は、美月に負い目を抱き続けていた。 ――そして迎えた結婚式当日。 翔真が知ったのは、佐伯家に嫁ぐ花嫁が美月ではなく、彩花だったという事実だった。 彼は狂ったように迎えの車列を止めに走ったが、彩花は一度も振り返ることなく、冷ややかに前を向いたまま去っていった。
View More翔真が再び目を覚ましたとき、病室に彩花の姿はなかった。彼の苦笑が漏れる。「やっぱり……嫌われてるんだな」だが次の瞬間、弁当を手に彩花が入ってきて、ベッドの上の彼を見て目を丸くした。「もう起きたの?ちょうどご飯を持ってきたところよ」「てっきり、もう帰ったのかと……」彩花は小さく笑って首を振る。「だって私のせいで怪我したんでしょ。あなたが目を覚ますまでは帰れないわ」そう言ってから表情を引き締める。「でも勘違いしないで。感謝なんてしない。こんな厄介ごとを招いたのも、結局はあなた自身なんだから」翔真は視線を落とし、苦々しく唇を噛んだ。確かにその通りだ。しばし沈黙のあと、掠れる声で問う。「彩花……俺たち、本当にもう戻れないのか?どれだけ謝っても、やり直すことはできないのか?」彩花は静かにうなずく。「翔真、私たちはもう終わったの。あなたも、そろそろ新しい人生を始めるべきよ」翔真は苦笑した。彩花を失った時点で、翔真の人生はもう終わっている。新しい何かを始められる気などしなかった。「それでも信じられないよ。彩花が佐伯を……赤の他人を簡単に好きになるなんて……」その名を聞いた瞬間、彩花の表情に初めて心からの笑みが浮かんだ。「恭介は『他人』なんかじゃない。彼はね、小さい頃からずっと私のことが好きだったの。六歳のとき、遊園地で美月とはぐれて、ベンチに座って泣いていた私のそばに、最後までいてくれたのが彼だった。そのとき住所だけを交換したけど、お互いに本名は知らなかったの。けれど彼はそれから毎月手紙をくれて……ずっと陰から私を見守ってくれていた。両親は美月ばかり可愛がって、いいものは全部彼女に回していたでしょう?でもね、不思議なことに美月が欲しがった物は、必ず誰かが高値で競り落とした。……あれは全部、恭介だったの。もし私が翔真に失望していなかったら、きっと気づけなかった。そう思うと、ある意味では翔真のおかげなのかもしれない。あなたがいたから、私は本当の幸せを見つけられたの」翔真の目から、とうとう涙が零れ落ちた。自分の愚かさこそが、彼女を永遠に遠ざけてしまったのだ。「……そろそろ行くわね。医者の話では、あなたは全身複雑骨折で、二か月は安静が必要だって。その間は、ご飯を持ってきてあげる」「もういい……
彩花が背を向けて歩き出そうとした瞬間、翔真がまたしても立ちふさがった。「待ってくれ、彩花。俺が美月に優しすぎたことを怒ってるんだろ?妹なのに親しくしすぎたのは確かに俺が悪かった。どうか……もう一度だけ許してくれ。二度と同じことはしないって約束するから」返事のない彩花に、翔真は声を落とし、必死に縋る。「彩花……頼む、許してくれないか?」「……嫌よ」短く放たれた拒絶。その鋭い一言が胸に突き刺さるよりも早く、背後から美月の声が響いた。「やっぱり……翔真くん、お姉ちゃんに会いに来てたのね!昨日の言葉、全部嘘だったの?」振り返った翔真の眼差しは鋭くて冷たかった。「お前……俺をつけてきたのか!」美月は翔真の言葉を無視し、畳みかけるように叫んだ。「昨日は『お姉ちゃんのことは忘れて、私とやり直す』って言ったじゃない!海外旅行に行こうって約束までしたのに!どうしてまたお姉ちゃんに会いに来たの?翔真くんはいつもそう。お姉ちゃんと付き合ってるときに私と親しくして、今度は私と付き合ってるのに、お姉ちゃんを忘れられないなんて!」怒りはついに彩花へと向けられる。「お姉ちゃん、法律上翔真くんと結婚しているのは私よ。あなたに入り込む余地なんてないんだから、もう彼に近づかないで!」翔真が慌てて前に出る。「違う!彩花、俺たちはもう離婚協議書にサインをした。今の俺は自由なんだ」「離婚協議書?そんなのいつ――」美月が反射的に言いかけ、すぐに顔色を変えた。「昨日の書類……保険じゃなくて、離婚協議書だったってこと?」彩花はうんざりしたように二人を見据えた。「あなたたちが離婚していようと私には関係ないし、くだらない喧嘩も聞きたくない。いい加減に出て行って。じゃないと警察を呼ぶわ」「彩花……」必死に縋る翔真の姿は、むしろ美月の心を深く抉った。なぜ彼は自分ではなく、いつも彩花ばかりを見ているのか――その答えが彼女には見つからない。彩花が黙り込むと、翔真は観念したように肩を落とした。「……わかった。もう行くよ、怒らないでくれ。また改めて話そう、な?」疲弊しきった顔で、翔真は掠れた声を絞り出す。その目の縁は赤く、今にも崩れ落ちそうに弱々しかった。「彩花……頼む、何か言ってくれ」彩花が口を開くより早く、美月が懐から果物ナイ
「これは……何?」「お前にこれを見せたくて呼んだんだ。今度、お前を連れて海外旅行に行こうと思ってる。そのために保険の契約が必要でね」美月の顔が一気に輝いた。「本当!?ありがとう、すぐにサインするね!」一枚目に署名したあと、翔真はページをめくって指先をとんとんと叩いた。「ここも。それからこのページも」美月は眉をひそめる。「保険って……こんなにたくさんサインが必要なの?」詳細を確かめようとしたその時、翔真が美月の手を押さえた。「……美月ちゃん。まさか俺を疑ってるのか?」彩花が佐伯家へ嫁いでから、翔真が「美月ちゃん」と呼ぶことはほとんどなくなっていた。普段はぶっきらぼうに名前を呼ぶか、そもそも口にもしない。だからこそ、その一言は不意打ちのように胸に響いた。「そんなわけないわ。私が一番信じてるのは翔真くんよ」彼の口元にわずかな笑みが浮かび、美月は胸を高鳴らせながら最後のページにサインした。翔真はすぐに書類を閉じて脇に置く。「翔真くん……ねえ、今夜はここに泊まっちゃだめ?私、行くところもないし、一人は心細いの」翔真は一瞬も迷わず首を振った。「だめだ」美月の指先がぎゅっと丸まる――また断られた。以前も彼の家に泊めてほしいと願った時、同じように断られたのを思い出す。何かがおかしいと感じながらも、理由はつかめなかった。「でも……」「今日はもう遅い。隣のホテルに部屋を取ってあげる、そこで休んでくれ」あまりに冷たい言葉に、美月は口をつぐんだ。ようやく彼が少しだけ心を開いてくれたと思えたのに、ここで拗れてしまえば、すべてが水の泡になる。未練を残しながらも、美月は出口へ向かった。翔真が引き止める気配を見せることはなく、結局彼女は何も言わずに部屋を出ていった。翌朝。翔真が目を覚ますと、二日酔いの鋭い痛みが頭を突き刺した。だが、横になっている場合ではない。もっと大切なことが、彼を待っていた。彼はスーツケースを開け、奥から一着のスーツを取り出す。かつて彩花にプロポーズしたときに着た、大切な一張羅だった。あのときの記憶を呼び覚ませば、彼女の心も動くはず――そう信じていた。ナビの案内に従って向かった先の庭園で、彩花が花を手入れしている姿を見つける。木漏れ日が彼女の頬を照らし、その光景はあまりに穏やかで
翔真がふらつきながらホテルへ戻ったのは深夜だった。部屋に漂う冷え切った空気が、彩花がもうここにいないことを突きつける。ベッドの縁に崩れ落ちるように腰を下ろし、手に残っていた半分の酒瓶を見つめる。「酒ってやつは、苦しみを忘れさせてくれるんだろ……?頼むから裏切るなよ」そうつぶやくと、一気に飲み干した。直後、頭に鋭い痛みが走り、胃の奥が焼けるように熱を帯び、額からは冷や汗が滲む。翔真は震える手でスマホを取り出し、彩花の写真を指先でなぞった。「彩花……会いたい……」その時、ドアベルが鳴り響いた。酔いの靄が一気に吹き飛び、胸が高鳴る。「……彩花だ。きっと彩花が来てくれたんだ。そうだ、あの子は昔から頭が良かった。俺の居場所を教えなくても、必ず見つけてくれる……」だが、次の瞬間、胸の奥に嫌な予感がよぎり、眉間が自然と寄った。扉を開けると――そこに立っていたのは美月だった。翔真の表情にうっすらと不快の色が浮かぶ。「……どうしてここに?」「明日会おうって言ったじゃない。急に何かあったのかと思って、心配で来たのよ」美月は翔真の顔を見て、眉をひそめた。「ひどい酒臭さ……どれだけ飲んだの?」翔真は黙って彼女の顔を見つめた。かつては甘く見えていたその笑顔も、今の彼にはもう何の輝きもない。この顔を見るたびに、彼女が何度も彩花を傷つけたことが脳裏に浮かぶだけだ。彩花のほうがずっと優秀で優しいのに、どうして自分が美月を選んでしまったのだろう。そう考え込んでいると、美月が心配そうに手を振る。「翔真くん、大丈夫?具合でも悪いの?」翔真は何も言わず、無言で部屋に入れるように身を引いた。中に入った美月は、床に転がる空のウォッカ瓶に気づき、目を見開いた。「翔真くん、正気なの!?女一人のために、ここまでしなくてもいいでしょ!私、お姉ちゃんよりそんなに劣ってるの!?」翔真は言い返そうとしたが、それよりずっと大事な用を思い出し、美月に微笑みかけた。その笑顔を見た瞬間、美月の胸が高鳴った。――翔真が自分に笑ったのは、いつ以来だろう。彼女は思わず翔真の胸に飛び込む。「翔真くん……お姉ちゃんはもう佐伯家に嫁いだのよ。彼女のことを忘れて、私と一緒にやり直そう?これから子どもを産んで、普通の家庭を築こうよ。ね、そう
reviews