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第4話

Author: 局所宇宙論
「言いなさい。スマホ、どこに隠した?」

その瞬間、私の意識は真っ白になった。

叫んでも届かないとわかっているのに――私は息子の前へ飛び込むように立ちはだかった。

やめて。どうして私の子を叩くの。

どうして、あの女の言葉なら全部信じるの。

けれど、この世界の誰ひとり、私の怒りも悲鳴も見えなかった。

黎斗は震える唇で、必死に父親を見上げた。

「ぼく……とってない……おばさんのスマホ、ぼくじゃない。ママだって、そんなこと教えてない。

あの女が嘘ついてるんだ……ぼくらをずっといじめてきたんだ……パパ、だまされてる!」

その言葉は救いではなく火種になった。

遼真の顔に、信じる心はひと欠片もなかった。

むしろ怒りと嫌悪が増していく。

彼は羽ペンを放り捨て、息子の肩を荒々しく掴むと、床に押し倒した。

「言え!スマホはどこだ!」

バリ、と布が裂ける音。

幼い体から順に衣服が剥がされていく。

そのたびに、息子の誇りも、勇気も、守りたかった世界も――靴底で踏みにじられていく。

黎斗は必死に抵抗した。

まるで、罠に追い込まれた小さな獣のように。

「ない!ほんとうに……ない……!」

しかし遼真の手は止まらない。

指の跡が赤く浮かび、紫に変わり、擦れた皮膚から血が滲む。

私は狂ったように遼真を押し返そうと腕を伸ばした。

でも――触れられない。

私は、ただの亡霊。

紗夜は暖かいソファで脚を組み、芝居でも見るように微笑んでいた。

衣服が最後の一枚まで剥ぎ取られると、黎斗の抵抗は止まった。

代わりに、父親を見上げるその瞳に恨みが宿った。

探しても何も出てこない。

遼真は一瞬固まった。

次の瞬間――息子のその目が彼の理性を壊した。

「その目……誰に向けてる?」

遼真は黎斗を片腕で乱暴に持ち上げ、玄関の外――吹雪舞う庭へ投げ捨てた。

「言うこと聞けないなら、雪の上で頭を冷やせ」

黎斗が震えながら起き上がろうとした瞬間、遼真は冷たく告げる。

「俺がいいと言うまで跪け。そうしたら羽ペンをやる」

風が鳴いた。夜気が子どもの肌を刺す。

冷たさが骨まで染み込む。

それでも黎斗は膝を雪に沈めた。

あぁ……違う。

そんな従順さなんて、私は望んでない。

でも息子は静かに、幼く、あまりにも真っ直ぐに思っていた。

「パパが許してくれたら――ママを起こせる」

紗夜は室内で娘を抱きながら、ふわりと微笑む。

「黎斗くん……まだ小さいのよ。少し可哀想じゃない?」

遼真は窓の向こう――雪に跪く息子だけを見つめていた。

「甘えるな。これくらい乗り越えられないなら、氷堂家の後継になどなれない」

その一言に、紗夜の笑みが一瞬崩れる。

ここまで状況が崩れているというのに――

それでも遼真が、あの出来損ないを跡継ぎにしようとしているなんて。

紗夜はその事実に、一瞬だけ顔を引きつらせた。

だが次の瞬間、視線が床に散らばる破れた子ども服に触れた途端、胸の奥に、確かな安堵が落ちていく。

――気にしようが、意味はない。

結局、勝つのは自分。

そう思っただけで、紗夜の口元にはゆっくりと笑みが深まっていった。

窓辺には暖かい照明と笑い声。

雪の外には――凍える子供ひとり。

やがて、小さな身体は限界を迎え、雪に倒れた。

倒れながら、小さな声で呟いていた。

「もう少し……がんばれ……パパ、怒らなくなったら……ママ……起こせるから……」

二時間後。

書斎で仕事をしていた遼真がようやく言った。

「そろそろいいだろう。様子を見てこい」

使用人の顔が一瞬、強張った。

「旦那様……坊ちゃんは雪の上で倒れたまま、動きません。意識がありません」

ガタン。

万年筆が床に転がった。

その瞬間、机の上のスマホが震える。

ピッ。

「氷堂遼真さんですね。通報がありまして。あなた名義の賃貸物件から、ひとつ、遺体が見つかりました」

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