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8.チーズ春卷

last update Last Updated: 2025-11-15 16:00:00

「転売ヤー……。ニュースでよく観る方々ですね」

 紫麻の相槌に宏美は身を乗り出す。

「ですよね !? 」

「はい。よく見ますね」

「ほぉ〜ら ! 言ったじゃん ! 

 別に行列に並ぶくらいあたしでもするよ ? 限定スイーツとかさぁ。

 でもそれは違くね !? 」

「でも犯罪じゃないだろ。転売に関する法律は無いんだから」

「犯罪だよ ! 最近凄く厳しいの、知ってるでしょ !? 

 紫麻さん、ユウ君を止めて ! なんか言ってやって ! このままじゃ…… ! 」

 紫麻はヘヨンへ視線を落とすと、微笑んだまま問いかける。

「まず、祐介さんとヘヨンさん……どちらでお呼びすれば ? 」

「……ヘヨンでお願いします」

「ユウ君 !!? 」

 祐介は宏美の意見より、梨花子との運命を選んだ。

 いや、金を選んだのだ。

「でも、転売はもう辞める。

 けれど、リカコとは離れたくないんだ」

 もしもそれが本当なら問題は無い。

「梨花子さんがそれを望めば、二人円満に行きますね」

「そういう問題かな…… ! 信用出来ないよ ! 

 リカコって人、信用できない !! そもそも本当に市役所にいるの  ? 」

「え  ? いや、いつも市役所から出てくるし、迎えに行った事もあるよ」

「働いてんのは見てないんでしょ ? それなりの格好して市役所にいたら、誰でもそう見えない ? 職場の人を紹介されたり、親にあったりした ? 」

「してない……」

 宏美が頭を抱えた頃、貸切中の札を無視して入ってくる客がいた。

「ぅおーい。なんだなんだ。『貸切中』なんて見栄張ってんのかぁ ? ここにそんな客……あ……」

 突然入ってきた、神父姿の老人に宏美は面食らった顔をしたが、鹿野も鹿野でまさか本当に客が八本軒を貸切にしていた事に驚いた。

「あ、こんにちは……神父さまですか ? 」

「お、おう。ごめんな。教会が、そこの通りの教会の司祭なんだ。

 あ〜暇なんで。そっちで一杯……いや、昼食食うだけだからよ」

「鹿野。今日はお二人の貸切です」

「そう言うなよ。紫麻」

 予想外の邪魔者に、祐介は無言で立ち上がると、荷物を抱え店から出ていってしまった。

「ユウ君 ! 待って ! 

 ……どうしてわかってくれないの…… ! 」

 宏美は祐介の背を追うが、すぐに項垂れ、八本軒へ戻ってきた。

「ヘヨンさんが梨花子さんと転売をやめれば丸く収まります」

 紫麻の気休めに宏美は首を振り落胆する。

「絶対やめないよ……。あの女……自分の口座使えないなんて嘘んじゃないの !? せめて親とかさ。兄弟だっているかもしれないじゃん ! そういう人に口座借りればいいじゃん。 なんでユウ君のを狙うの ? 」

 話をざっくり聞いた鹿野が白い無精髭をザリッと撫でる。

「確かにな。前に来た時、俺はこの席であのお兄さんの彼女見たよ。

 なんつーかなぁ。あの兄ちゃんからは『梨花子が彼女だ』って感じがしねぇよなぁ ? 」

「あたし、あの女大っ嫌い ! 」

 カンカンに怒っている宏美に水を注ぎながら、紫麻が問う。

「ですが、これが詐欺や転売の事件と公になれば、ヘヨンさんも巻き添えでとても良い未来が待っているとは思えません」

「……悪いのはあの女なのに……。

 あ !! ごめんなさい ! せっかく招待して頂いたのに、何も注文しなくて !! 」

「いえ。興味深いお話でした。それにわたしもお兄さんが心配です」

「紫麻さん…… ! 優しい ! 好き ! 

 えっと、じゃあ注文を……うわぁ〜全部美味しそう ! 

 ん〜 ! ごめんなさい ! 邪道を承知で、このチーズ春巻きをお願いします !! 」

「チーズ春卷(チュンジュエン)。かしこまりました」

 紫麻が厨房へ消えると、鹿野が絡んできた。

「お目が高いな〜。チーズは自家製じゃないし、皮に包んで揚げるだけ。不味くなりようのない料理だなへへへ。兄貴からここが不味いって聞いてたんだろ ? 」

 宏美は観念したように紫麻に聞こえないよう声を殺す。

「聞きましたけど、こんな雰囲気いい店で料理だけが美味しくないって有り得ますかね ? 」

「俺も不思議ぃ。ま、たまに当たりの飯が出るんだが、裏技があるんだ」

「それは !? 」

「鹿野神父。お喋りが過ぎます」

「ひっ !!? 」

 気付かぬうちに紫麻が皿と烏龍茶を片手に佇んでいた。

「いや、なんも」

「お待ちどおさまです。チーズ春卷でございます」

 パリッとした皮はパイのように軽そうだ。何より上げすぎていないのがホットスナック的で、無性に小腹に訴えてくる。

「いただきます〜 !! ん ! 凄っ」

 宏美が齧る度にザクザクっと音がする。

「ん〜っ !! ……ん〜……」

 宏美の笑みが強ばる。

 ふと箸で掴んだ春巻きの中を見ると、中身のチーズは全く溶けていなかった。

 そもそもチーズの味がいまいちなのだ。まるで固形石鹸の春巻き。

「美味しいけど……実は紫麻さんに会う前、食事済ましてて。入るかなって思ったけど、バイキングだったからキツいです。

 これ、持ち帰っても大丈夫ですか ? 」

「はい。パックは無料です」

 紫麻がパックに宏美の残った半分を詰めながら微笑んだ。

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