로그인「お待たせ !」梨花子の住まいは駅前だった。
ヘヨン──祐介とのデートは二回目になる。「こないだはごめんねぇ ! よっと……」
「何 ? その荷物」
「おばあちゃんがね……老人ホームにいるんだけど、家族の顔を見たいんだろうね。宅配じゃダメって駄々こねちゃって」
「そう……その歳で介護を」
「これからオムツ持って顔見せてって流れ……。仕方ないけど、面倒臭いの」
それからも色々なことを話した。懸念は祐介の嘘の事だけだ。
「ヘヨンは今回はどのくらいいるの ? 」
「えっと、長期滞在なんだ。東京から青森までを行ったり来たりするんだ」
祐介自身、我ながらしょうもない嘘を並べていると自覚はしている。しかし今更言い出すことは出来ない。何より梨花子は過剰な愛情表現をしてくる様子がない大人の女だった。
「実は明日、ゲームショップで新しいゲームの発売だったんだけど……今日休んじゃったから明日は仕事になっちゃった」
「ゲーム ? 好きなの ? 明日発売って……あの続編のヤツ ? 」
「そう ! わたしすっごく好きなの ! 今回ゲームの中でオクトパックスってキャラクターがコラボしててね。そのオマケが欲しかったの」
「ゲームソフトならネット予約とかすれば購入できるんじゃないの ? 」
「ん〜。そうなんだけど……店によってキャラのデザインが違うし」
祐介には理解出来なかった。何種類かを手に入れるにしても、A書店、Bゲームショップ、アニメグッズショップC、それぞれでネット予約をして代金支払い、商品は郵送にでもしておけばいいのだから。
「明日か……じゃあ、僕が買って来ようか ? 」
「い、いいの !? 」
「明日暇だしね。この辺りはどこに店舗あるの ? 」
「えっとね ! 」
この時はほんの親切心と、何とか梨花子の気を引こうとしたのだ。
まさに安請け合い。実際、次の日。開店五分前にゲームショップへ行った祐介は甘かった。
店には長蛇の列。それもほとんどが外国人、そして不思議なことにゲームなどやりそうもない老人なども混じっていた。瞬時に理解した。
この列は転売目的の者が半数以上だ。しかし持って帰ると約束した以上、何がなんでも欲しくなってしまうのが人の悪い部分だ。 祐介はすぐにスマートフォンを取り出すと、初回盤の在庫状況を確認する。 もちろん完売だ。 通常版ですら売り切れ寸前の△マーク。最後尾に並んでも、次々に後ろに人が付いてくる。「おはようございます、足元に気をつけてくださ〜い」
店員がドアを開く。
その列がそのまま商品専用レジに通される。「いらっしゃいませ、お一人様三本までです」
「え !?」
自分の番になり、初めてこの店のシステムを知った祐介は冷や汗をかき正常な判断が出来なくなった。
「じゃあ、三本ください」
一本は予定通り梨花子に渡せばいい。もう一本は自分用。二人で共通の趣味があれば会話もしやすくなるだろうと思いついたのだ。残りの一本は妹の宏美にでもやればいいかと考えた。
ショップバッグを手に提げて、とりあえず一店舗目は無事に買えた事に一安心する。
ダメ元で二店舗目へ向かうと、やはり既に完売の札が上がっており、恐らく三店舗も同じだろうと落胆する。「オクトパックスって何匹いるんだっけ ? この店舗のキャラクターが一番好きだといいけど……」
早起きして朝から列に並び、思った以上に体力は尽きていた。帰宅しようと駅の方へ顔を向けた時、それを見た。
先程、一店舗目にいた男が、二店舗目から出てきた客に声をかけている。
自分のショップバッグからソフトを取り出し、相手の初回盤とトレードする。「なるほど……そっか」
自分の手持ちは三本。梨花子の好感度だけを狙えば、二枚はトレードに使える。
祐介はそこに集まっている手持ち無沙汰の集団に声をかけた。□
梨花子の目的を知ったのはそんな事が度々増えてきた頃だった。
「今回は三台 ? 」
「うん」
「……あのさ。前にオクトパックスコラボのゲーム、やってないって言ってたよね ? せっかく買ったのになんでやってないの ? 」
「なんでって忙しいからさぁ〜」
「そんなに暇が無いのに、今度はゲーム機三台 !? 無理だよ。最近本当に厳しいし」
「んー。じゃあ、妹さんとかに頼めない ? 一緒に買えば二台手に入るじゃない ? ちゃんとお金は渡すからさ」
「……」
間違いない。
梨花子は転売をしている。 自分のかき集めて来た物品で。初めに出た感情は『ズルい』だった。
「いや、じゃあリカコも並ぼうよ。ねぇ、いくらになんの ? 」
この言葉に梨花子は、祐介には言ってしまった方が話が早そうだと判断する。
「実はわたしも並んでるよ。ってか、行列代行使ってる。その辺にいる子とか、まぁ正直……市役所にいるとお金無い人って分かるしね。並ぶだけだし、並び屋を雇うより安く済むの」
「そんなのいるんだ」
「これが販売サイト。未開封品ならほぼ、前回の物はこんな感じ」
「三倍 !? 」
スマホの液晶に表示された、直近の戦利品。子供用腕時計限定モデル。
需要がないと不人気疑惑もあったが、いざ動画サイトで開封動画等が出回ると大人のコレクションでも見劣りしないと、すぐに人気に火がついた。
「桁越えてる……。俺が買ってきたのが二十個だったって事は…… !
……アレ ? でも、フリマアプリで売ったものなんかも副業になるんじゃないの ? 大丈夫なの ? 」「それなんだけど、今まで彼氏の口座使ってたんだけど、別れて困ってたところにヘヨンと出会ったからさぁ。
ねぇ、良かったら一緒にやらない ? わたしも並ぶしさ。ヘヨンが捌いてくれればいいじゃん ? 」祐介は目先の金額にまんまと釣られてしまった。
「いいよ ! やろう ! 」
紫麻は無言でわざとらしく広げた新聞を読んでいる。見た目の美しさに反して、そんな子供のような仕草をする紫麻が、海希は親しみ深くて仕方がなかった。 鹿野に対して、ゴミを溜め込んでいたのもそうだ。 完璧超人などいない事を目の当たりにし、自身の精神バランスを保っている。海希は元の元気を取り戻しつつあった。「紫麻さん、海から人型で上がっ来たなんて人魚姫みたい ! 一番最初に何に驚きました ? 車とか !? 料理とか ! ?」 紫麻は即答した。「煙草だな。水中では火が使えんから驚いた」「……聞くんじゃなかった……。そんな不健康でヤサグレた紫麻さんの話 !! 紫麻さんは人魚姫ってより、浦島太郎を振り回す乙姫様っぽいです ! 」「わたしは構わないが ? 魚人でも、乙姫でも。だが乙姫も神じゃないか」「うぅぅ〜 ! 開き直ってるぅ〜 ! 」「わたしが乙姫なら浦島太郎に玉手箱いっぱいの煙草をプレゼントするな。 さて、そろそろ十一時だ。暖簾を出す。 鹿野、いつもの席に行ってくれ」 鹿野はブツブツと浮世絵集を見ながら、カウンター席の隅に座る。「玉手箱の煙が煙草〜 ? そりゃあ老化も激しいでしょうよ……」 海希は赤いエプロンを着けると、卓をアルコールスプレーで綺麗に拭きあげて行く。 紫麻が暖簾を出してから暫くして、そろそろ昼時と言う時だった一人の男性が八本軒の引戸を開けて入店した。 カラリンッとベルが鳴る。「いらっしゃいませ」 紫麻が厨房から声をかけると同時に、海希が驚いた顔で「いらっしゃいませ」と小さく呟く。「あれ…… ? ヒロミ ? 」 男性は海希を見て動揺していた。「う、うん。もうあそこ辞めたから。今はここでお世話になってんの」「あ、ごめん。じゃあ……海希ちゃんだっけ ? 」
「ところで、紫麻さんの変身 ? って魔法なんですか ? 魔法使いなの ? 」 この質問には鹿野もスッと顔を上げた。 ただいま泥酔レベル20%だ。まだ酒は回っていないが、近所の煩わしいオッサンレベルだ。「世には色々な宗教があるだろう ? 人間は信仰の違いで争いになる事もあるようだが、実際にはどこの宗教の神も互いに認識しあっている。『隣の家の○○神さん』くらいのものなんだ」「へぇ……神様同士で争ったりしないんですね」「昔は対立もあったし、そもそも一つの宗教の中に悪がいるパターンもあるから、争いの相手はそっちの方が主だ。 つまり天使と悪魔というものがまさにそれらだ」「なるほど〜。えー ? でも仏教って悪魔いなくないですか ? 」「厳密に言えば仏教にも『修行の妨げをするよう仕向けるモノ』がいるが……。 まず、悪役が無い宗教は無い。何故なら宗教ってのは悪の心を収め、正しい道を照らすものだ。悪を説明出来なければ、例えが俗物的になってしまう」「あぁ〜宗教とかはあたし、よく分かんないですね。 で ? お二人はどんな存在なんですか ? 」「聖書の天使に、ガブリエルという大物がいてな……」 紫麻が煙草を咥えると、鹿野が取り上げる。「俺に副流煙を吸わすな ! 緩やかに自傷行為するな ! 」「煙草は自傷行為じゃないし、それで言うとお前の酒もどうかと思うが ? 」 このままでは話が逸れてしまう。海希が慌てて聞き返す。「あ ! ガブリエルって知ってる。ゲームで聞いたことあるかも ! 」「その大天使に仕えていたのが我々二人だ。 わたしは『神の願いを現す者』、鹿野は『力と知恵の調和を現す者』として存在し、神器である『神の戦車』を守護していた」「戦車 ? 神様が戦車を運転するんですか ? 」「神の戦車は『メルカバー』と呼ばれている。その存在は先日見た通りだ。 わたしが鹿野に乗る事で『メルカ
10:30──仕込み完了。 深緑色のチャイナドレスを着た紫麻は新聞を広げ、少し出遅れた朝のニュースをホールのテレビ下で聴いていた。『続いてのニュースです。 砂北市で小学四年生の女児の行方が昨日から分からなくなっており、警察が現在も捜索を続けています』 紫麻がふとテレビを見上げる。「近所じゃないか……」 八本軒がある住所がまさに砂北市なのだ。全国放送で流されるその慌ただしさに、不気味さを感じた。煙草を持つ手を灰皿の上に止め、川をさらう警官たちの映像を見つめる。『行方が分からなくなっているのは、砂北市内に住む 十歳の森野 風花さん で、昨日夕方、小学校から帰宅途中に行方が分からなくなり、家族が夜になって警察に届け出ました』「……」 険しい顔で画面を見つめていた紫麻が、今度は手にした新聞を地方記事へ捲る。 そこには放送中の女児ではない、別の女児死亡の記事が載っていた。「……『何者かに襲われた可能性……』。 こういう屑は何度でも湧いて出るようだな……」 冷たく呟く。 刹那、ホールの電飾がブゥンと音を立てて暗くなる。『警察はどんな些細な情報でも構わないとして、市民に情報提供を呼びかけています』 だらりと垂れ下がった提灯の赤。紫麻の白い顔を照らす。 紫麻の脳裏に蘇る十六年前の記憶の欠片。 唯一、喰い損ねた巨悪の存在。片腕だけは喰ったが、結局逃げられてしまった女児好きの男。「……まさか、な」 時間が経過し過ぎている。同一人物ではないだろう。 不気味な程に光量の落ちたホールの中、二人の存在が突然騒ぎ出した。「なになに !? 急に暗い ! 停電 !? でも提灯はちゃんとついてるし、何これ !!? 」 海希だ。 そしてそのそばで鹿野が呆れた顔で本を捲っていた。
今から十六年前──当時十四歳だった鏡見 彰人は下校中だった。 比較的勉学の成績に問題のない彰人の家庭は母子家庭で、塾に行くなら手伝いをしろという母親の教育方針だった。 彰人も別段不満はなかった。 運動神経は平均値で、今から成績の良い運動部に入るには些か出遅れと感じたこともあり、活動時間の短い科学部に入部していた。 その日も活動は小一時間程で帰宅は各自自由となり、すぐに学校を飛び出した。 はやく帰りたい理由。 それは当時小学六年の妹、朱音《あかね》の存在だった。 年が近くとも不器用な兄の彰人をフォローする大人な一面もあるが、まだまだ子供らしく甘えたい盛り。母親はほぼ家を空けている時間が長く、朱音が下校し彰人が帰るまでしか家にいない。艶の無い髪をまとめ、必死に働く母に二人は何も言わず乗り越えて来た。 その日、自分の公営住宅まで来ると、台所のある三階の小窓を見上げた。 灯りが点いている。 母親が夜勤に行く前に、今から夕飯を作っている証だ。機嫌良く階段へ向かい、再び台所とは反対にある妹の部屋の窓を見上げる。恐らく母親にドヤされ、宿題をやらされてむくれているだろうとクスりと微笑んでしまう。 しかし、見上げた一瞬で急に全身の血の気が引いていった。 妹の部屋の窓。 そのカーテンが半分閉じ、そこへ何やら赤黒い液体が付着しているのが分かった。 付着……とは大まかな表現で、飛び散っているといった方が正しいかもしれない。 カーテンはアイボリー色だった。そんなおぞましい柄など記憶になかったのだ。「な…… ? あ…………っ ! 」 ガクガクとその場で立ち尽くす彰人の足はまだ動かない。 次の瞬間。 ガラス窓にパーンッと何かが張り付くのが見えた。 その奇怪な蛇のようなモノは、鱗が無く、伸びたり縮んだりをし、何か丸い吸盤が沢山ついていた。「はぁっ……はぁっ !! あ、朱
「改めて、先日はありがとうございました」 カウンター席。 鹿野のそばに座った海希は二人に頭を下げた。「キャリーケースの中身を見た時、もっと心配しておくべきでした。本来、あのロープを見て、そのまま帰すべきではありませんでしたね。 そして、まさか他の勢力から被害を受けるとは……」「あたしもびっくりしました。祐君が横島って人が知り合いか友人にいるみたいだなって……一緒に住んでて知ってたけど、リカコの旦那さんだったなんて」「嘘に嘘を重ねていたのですね」 紫麻は苦い笑みで海希を厨房から見下ろした。「海希さんはいつから気付いていたのですか ? 」「えっと……去年の秋にあたしがキャバを辞めて、繋ぎにコンカフェのバイトに入ったんですけど……。そこ凄く楽しくて ! 結局最近は多めにシフト入れてたから生活に余裕はあったんです。でも、入った当初は流石に薄給で…… その時ですね。祐君がリカコと出会って、あたしに冷たくなったの。 浮気されてこのまま捨てられるのかなって……思って。あたし祐君のスマホ、見ちゃったんです」「何が書いてあった ? 」 鹿野の深追いは当然の問いだ。海希は肩をギュッと抱えて震え始めてしまった。「祐君が……あたしの一つ前の元カノを、あの現場で埋めた事……。他にも。なんか今までもやってた感じで」「なんてこった……。警察には ? 」「言えませんでした。スマホ見た事とか、紫麻さんのことも。 でもあの現場は調べるはずだし、あたしが言わなくても……」「冷静な対処です。取り乱して祐介さんにスマホを見たことを告げていたら、もっと早くに危険な目に遭っていたかもしれません」 紫麻の言葉に海希は今一つ浮かない顔をした。
「何事も無神経に生きるくらいがちょうどいいよねぇ〜」 カプセルホテルの小さなベッドの上で、海希はレンタルタブレットを持ったまま呟いた。 警察署を出た海希の行く宛ては無く、現場から警察が回収した、身分証明書と僅かな金の入った財布だけが帰ってきた。 とはいえ、このまま住み着く訳にもいかない。「いや、別になんて言うか挨拶しに行くだけだよねぇ。ほら、助けて貰ったし」 海希は八本軒に行くかどうか考えあぐねていた。「いやいや、あたし紫麻さん料理してるとこ裏切って見ちゃったしなぁ〜。怒ってるかな…… ? でも助けて貰ったよね ? 」 ドン !! 不意に隣人に薄い壁を叩かれる。(す、すみません〜) 現在二十一歳。 綺麗なミルクティー色に染めた髪もそろそろプリンになってしまう。 家出少女だった彼女にとって、自立して生活をするのは容易いほど根性はあった。 ホテルに来てから減り続けているだろうキャッシュカードの中身を考え職業情報誌を手に取ったが、問題は現住所だ。 今まで稼ぎに稼いだ海希の金は祐介を通し横島へ……更にその上の者に流れてしまっている。取り返しがつかない。 最初に思いついたのは八本軒で鹿野に言われた気遣いだった。「教会のお手伝いかぁ。住み込みって言ってたし……もう選んでる場合じゃないよね。でも、鹿野さんも……だよね ? 鹿 ? カモシカ ? あっ !! だから『鹿野』なんだ」 ドン !!(やべ !! すみません ! ) だとすると、紫麻から生えた触腕を思い起こし確信する。(蛸……だよね ? 烏賊 ? うーん、でも紫麻さんってオクトパックス推しだし、やっぱ蛸の……なんだあれ。化け物 ? なんで鹿と蛸 ??? 一緒に住んで大丈夫なのかなぁ〜。はぁ〜……)