LOGIN『連続女児誘拐事件特別捜査本部』
達筆で書かれた墨字の会議室から険しい顔をした刑事達が出てくる。慌ただしく、それぞれの持ち場へ散っていく。
その中に柊の姿があった。「あれ ? 柊じゃん」
会議室から出たのを見計らい、人員不足の為招集された巡査が柊に声をかけた。
「あ、賀川……」
賀川は柊と同期である。
「今は鏡見さんと組んでるんだよな ? 今日は別動なのか ? 」
「あのさぁ〜。なんかさぁ、実は今回鏡見さん外されたんだよねぇ」
「そうなの ? あぁ……」
賀川は思い当たる節があるようで、すんなり受け入れた。
「まぁ、可能性は……無くないからなぁ……」
「みんなに聞いてもそんな反応すんだよ。なんかあるん ? 俺なんも聞いてないんだけど〜」
「お前、過去の記録見てないの ? 昔もあったんだよ。砂北から砂南まで広域だけど、子供狙いの事件でさ、女児連続殺人」
「あぁ、知ってはいますけど……」
「砂北小学校の裏に集合住宅が何棟か建ってるだろ ? あの時代の事件は鏡見さんの実家もだよ」
「え…… !? 」
「十六年前。ガイシャは妹さん……。あとは自分で見ろよ。ってか、今回の件との繋がりもあるかもしれないからって話に出てただろ ? しっかりしろよ。
そんなわけで捜査から外されたんだな。鏡見さんなら冷静さを欠くことはないと思うけどな〜。ただでさえ人いねぇのにな〜。じゃあな」柊は口を尖らせると資料に視線を落とす。
十七年前から十六年前にかけての犯行の中、砂北小学校 六年生で被害者になった女児に鏡見という姓の子供がいた。
鏡見はどこか重苦しい空気を纏っている。その理由を考えたことは無かった。柊にとって鏡見の印象はストイックで、ビジネスというスタイルを崩さない優秀な刑事。
一紫麻はゆらりと振り返り海希を見下ろすと、ゆっくりと人差し指を突き付けた。「お前か、あの店長の宇佐美。または岩井の誰か……若しくは周囲に悪魔的な人間がいるという事だ」「そんな ! 」「信じられんだろうが、今までもそうだ。ここに来ている刑事はそれを知っているからわたしを疑って仕方ないのだろうな。 お前だけじゃないんだ。喰った奴も、それによって救われた奴も。そしてわたしももう同じモノだ。わたしの人間への恨みは神の意思とは言えず、最早悲しみと孤独だけが残ってしまった。 せめて。せめて喰うのは悪魔に魅入られてた者だけにしようと……。正義感ではないのだ。わたしの中での、贖罪に過ぎん」「それって……凄く勝手だし、悪人ですよ……」 海希は頭を抱えるとシニョンに付けた組紐を解いた。「そうだな。わたしは堕天使だ。悪魔なのだから。 祐介どころか、梨花子も、リュウもだ。わたしの罠にかかって生か死か分かれた者たちだ」 紫麻が宇佐美と海希の食べ終えたトレイを持ち厨房へ消えようとした時、海希が思い出したように顔を上げた。「いやいやいや ! 待って待って !? じゃあ、岩井の言ってることが本当だとして、宇佐美店長がなにかしてるって事 !? 」 紫麻は配膳口にトレイを一度置くと、コーヒーを注いで海希に差し出す。「それだが。宇佐美自身からは何も感じないのだ。普通ならわたしの揺さぶりに動揺する。それをわたしは見逃さん」「揺さぶり ? あの娘さんの話がですか ? 」「岩井は『道端から見ていたのも、誘拐したのも女性だった』と言っていたな」「でも子供ですよ !? 小学生だし」「岩井が言っていたのは確か、身長は150cm半ば程じゃなかったか ? 海希も同じくらいだが、女性の平均で考えると、今の小学生の女子の身長は想像より高いぞ」 身長に関しては何も言えないが、それでも繋がらない宇佐美の娘と岩井の接点。「宇佐
「コンビニに行くだけの時間の外出ではないのでは ? なにかに悩んでいませんか ? 娘さんの検索履歴や本棚を見た事は ? 」「え ? いえ……もう大人ですし、そういう所を詮索はしませんね」「……あ、あの ! 」突然始まった紫麻の質問を海希が遮る。「紫麻さんは霊感が強いって言うか、占いが得意なんですよ ! きっとなんか、そういう『相』が視えるんですよね ? 」「ふふ、そんなものです。突然失礼致しました」焦る海希に紫麻は向き直り頷く。そしてもう一度宇佐美に顔を向けると、まるで『そういう』面を被っているような、不気味に口角が上がった唇でもう一言付け加えた。「随分と血生臭い匂いを感じるなと思いまして……聞いた次第でございます」「血生臭い……ですか。確かにもう身体は大人になってきたし……そろそろ……。避妊とか教育しないといけないですかねぇ〜。この年でおばあちゃんなんてまだ呼ばれたくない〜」宇佐美は別段気を悪くするでもなく。寧ろ、紫麻の忠告の意図を理解していない。「さて、ご馳走様でした !海希、わたし今日も仕事だしそろそろ行くね」「あ、うん。エプロンとか、ありがとうございました ! 」「いいって。本当に安心した。料理もすっごく美味しかったです、紫麻さん。海希をよろしくお願いします」「お粗末さまでございます。気を付けてお帰りになって下さい」「はい。じゃあね海希」手をヒラヒラさせ、八本軒から出ていく。「……」海希は一人、食べ終えた皿を見つめながら煙草に火をつける紫麻へ問いかけた。「今の……。あの言葉、どういう意味ですか ? 」紫麻は一度大きく煙を吐いて、灰皿へ煙草を乗せた。「この八本軒
ゾクリ。 海希の中で激しい焦燥感が駆け抜けるように湧いてくる。「綺麗な人ね。あんた、今はどこに住んでるの ? 」「あ……。えと、ここの常連さんに大通りの教会の神父様がいて、その空き部屋を借りてるんです」「へぇ〜 ! 教会かぁ。って言うか、教会なんてあったっけ ? 大通りを通って毎日出勤してるけど……」 宇佐美の住まいは砂南市。海希が祐介に連れていかれた砂南山から、その逆の山裾に広がる町だ。「て、店長はお子さんいましたよね ? 幼稚園でしたっけ ? 」「いやいや、いつの話しよ ! 今はもう小学校四年生。色々あって上手くいってないんだけど……。 時間経つのって早いよねぇ ! 前までヨチヨチ歩きだったはずなのにさぁ」「そうですね……」 海希は水を飲むふりをしながら暗幕を伺う。 物音一つ一つが荒々しい。鍋底を擦るお玉の鉄の音。水分が蒸発するジュワッと湯気と煙を巻いあげる野菜の音。何もかもが不安に聞こえてしまう。 だが料理は間違いなく美味いはずだ。 怒り──紫麻の料理の隠し味は触腕を巧みに使った同時作業と、怒りに任せた恐ろしい程の火力。 ただ、海希にはその理由が分からない。「お待たせいたしました」 紫麻がトレイに並んだ皿たちをサーブしに出てきた。思わずしまい忘れた触腕が無いか海希はチェックしてしまった。「回鍋肉と油そばでございます」「わ〜 !! 美味しそう ! 」「う、うん」 何も知らない宇佐美は箸を持ち、早速パクついた。「肉 ! 凄い厚いしキャベツ甘 ! 美味し〜い ! 」 うっとりと味わう宇佐美の向かい側。 海希は酷く狼狽した様子で紫麻を見上げた。「……し、紫麻さん。どういう……事ですか ? 」 問われた紫麻は笑みを浮かべ
「結んだ ? 」「はい。丈ちょうどでしたね。試着してよかった」 海希が無地のワンピースに赤いエプロンを着てひらりと舞う。 正に月季紅色《ユエチーホン》と言う程に鮮やかでビビッドな赤色だ。 ミルクティー色の髪にシニョンを作り、それをタッセルの付いた赤い組紐のバレッタで止める。 店の内装も相まって纏まりがある。最初から指定された制服のように、しかし紫麻のチャイナドレスのコンセプトに合う程度の華やかさ。 海希から聞いただけの情報で宇佐美は髪飾りにあった一式をプレゼントした。 出入口にある姿見で海希は正面、横、ゆらゆら揺れながら満面の笑みで眺めて見る。「うわぁ、ありがとうございます ! 」 その時、ようやく紫麻が着替えて降りてきた。「お待たせいたしました」「いえいえ休憩時間に失礼します。あ、わたし、海希さんの元の職場の者でして、宇佐美と申します。 本日、たまたま海希さんに町中でお会いしたんですが是非にと誘われまして」「まぁ、ご丁寧にありがとうございます。 わたしは黒月 紫麻と申します。ミリタリーコンセプトのお店でしたね。素晴らしい感性で営業されてるのですね」「いえいえ、まだまだです。あの、海希さんが今はここにお世話になってるって聞いて……突然、お店を辞めた時は不安だったんですけど、凄く安心しました」「ふふ。人の巡り合わせとは不思議なものですね。わたしも海希さんにはお世話になっています。とても気が利く方で、覚えることも早いです。 ……と言いますか、海希さん。その格好は」「どうですか ? 紫麻さんのチャイナドレスに合わせてみました ! 」「とても可愛らしいです」「良かった ! 明日からこれで来ます ! 」「ええ。素敵です。 では、どうぞごゆっくりして行ってください。メニューが決まりましたらお声掛けください」 そういうと紫麻は厨房に入りそっとブラインドと暗幕を半分閉めた。
ベーグルサンドは甘いものからおかず系までバリエーションが豊富だった。 海希はその色とりどりのトッピングの中から選ぼうと努力はするが、どうにも決まらなかった。 エビフライ……紫麻が元海の神だと言うのに、魚介を口にするのは抵抗がある。現に紫麻もアレルギーと言うより精神衛生上、店に置きたくないのではと海希も感じていた。「ターキー……フィッシュ……チーズ……うーん……」「何 ? 決まらない ? 」 悩む海希に宇佐美はトレイとトングを持って近付いて来る。「そうだ……」 海希は目を輝かせながら追いかけて来た宇佐美を見上げた。「店長 ! あたしのお店に行きませんか ? 」「え ? お店 ? 」「はい ! 実はすぐ拾って貰った所で働いてて ! 」「え !? 行っていいの !? 行く ! 」 プレーン味のベーグルを買い、すぐに胃に入れるとすぐに店を出た。「その雇い主が、超美人でかっこよくて ! 中華屋さんなんですけど ! 」 楽しそうに話す海希の姿に微笑みながら、宇佐美は肩を並べて歩く 。退職届を出してきた時の海希は何か消えて無くなりそうな……宇佐美は不穏な空気を感じていた。 恐らく心境の変化はその就職先にあるのだろうと、純粋に興味を持った。 □□□□「ここです ! 」「うわぁーレトロ〜 ! こういう店って隠れた名店感があるよね」 宇佐美は赤に大きな筆字で書かれた『八本軒』の看板を眺めた。そしてふと店先の営業時間に目を止める。「……あれ ? でも今は午後休みなんじゃないの ? 」 時刻は15:30。 15:00から八本軒は休憩兼午後の仕込み作業に入る。「あ、大丈夫です。割と関係なくお客さん来るし」
砂北駅から更に北上すると砂松田市に入る。海のある駅でノスタルジックな街並みと、個人食品店、セレクトショップなどの雑貨店も多い。 海希はいつも甘いロリータファッションを好むが、この日はいつもと趣向の違う店で足を止めた。 「わぁ……綺麗……」 和服屋の髪飾り売り場である。 ショーウィンドウには高価な着物が飾られ、日焼けに困るものは店の奥にあるが、通りから見るのは比較的にお洒落着に普段合わせやすそうなカジュアルなヘアアクセサリーだった。 蝶々の簪、和柄の大きなリボンバレッタ。 自分と同じ世代の女性たちが群がっていた。 「そっか。成人式の用意も始める時期かぁ」 その中に赤いタッセルの付いた髪飾りがあった。白い花弁が控えめに光るヘアピンサイズの小さな物。 海希が手に取り伸ばしてみる。細い組紐で他のごちゃついたヘアアクセサリーよりシンプルに見えるが、髪に付けるとちょうどタッセルの房が自分の毛先と揃う長さだ。 「……紫麻さんも中華のスタイル崩さないし、こういうコンセプトで行った方がいいのかな ? 」 海希はまだ聞かされていない。紫麻は元から好きなだけで、他のファッションにも興味が無い為にずっと着回しているだけだ。 しかし、朝はパジャマ姿、出掛け着は唯一、以前オクトパックスのグッズを祐介と買いに行き紫麻と出会った時見た、デニムにオクトパックスのキャラTシャツと言う記憶しかない。 店でチャイナドレスや漢服を着るのは最早何らかの縛りプレイだと思っている。 「よし ! 紫麻さんに極力コンセプトを合わせよ ! ……とはいえ、あたしは身長も無いし綺麗な大人の雰囲気も担当じゃ無かったしなぁ。持ってる服でどうにか……。 そうだ ! エプロンをこの髪飾りと同じ色で合わせて見ようかな」 髪飾りを購入した海希は同じ紅色のエプロンを求めて歩き出す。 「意外と探すと無いものだな〜、無地で赤のエプ