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第二章:寄り添い合う二人に祝福を②

ผู้เขียน: 七森香歌
last update วันที่เผยแพร่: 2026-08-17 09:27:30

「お待たせ、ヒース! ごめんね、支度に手間取っちゃって」

 リコリスがゴリ押しのようにデートの約束を取り付けた翌週の日曜のミサの後、いつもよりも三十分ほど遅く、彼女はいつもの場所に現れた。ぐしゃぐしゃと彼女の靴の下で下萌が鳴る。円清の下には綿雲がそそ風に戦いでいる。ヒースはシャツの襟元を正し、無精髭のなくなった顎を落ち着かなげに撫でる。

 元は白だったのだろうが黄ばんでしまった粗末な麻のブラウスに、首元の痣を隠すためのスカーフ、つぎはぎだらけの茶色いスカート。リコリスの私服なのだろうが、デートという単語には程遠い服装だ。

「ごめんね、こんな格好で。これしか持ってなくってさ」

「それは構わねえが……本当に抜け出して問題ないのか?」

「全然大丈夫。シスターたちはまだミサの片付けやってるし、司祭や司教たちは午後は会議だからバレようがないよ。どのみちバレたところで放っておかれるんだけどね」

 それじゃあ早く行こう、とリコリスはそっとヒースのジャケットの袖口を掴んだ。ヒースは一瞬固まっていたが、はあと溜息をつくと、リコリスの手を振り解く。そして、ヒースは子供にしてやるように手を繋ぎ直すと、リコリスを連れて地面から草の芽が顔を出し始めた墓地を出た。

 教会を出てすぐの広場は、ミサの直後ということもあって人々で賑わっていた。富裕層狙いと見られる物乞いの姿もあちらこちらで散見された。

 老舗のビストロに洗練されたリストランテ。カジュアルなトラットリアに夜になると街の人々や巡礼者で賑わう酒場。教会前の広場を抜けると、二人は様々な飲食店が立ち並ぶ中央通りを歩いて行く。

(――この辺り、ミュゲが生きてたころによく来たな。記念日の食事をあそこの店で――)

(……この辺、私が昔物乞いしたりゴミ漁りしてた場所だ……。飲食店が多いこの辺りは残飯が多いから……)

 手を繋ぎながらも別々のことを考えていた二人は、ふいに通りすがりの人からじろじろと観察されていることに気づいた。なあ、とヒースは傍らを歩く少女に耳打ちをした。

「天恵の神子様がこんなところを出歩いてるせいで周りから見られてるぞ」

「これは私のせいじゃないよ。どっちかっていうとヒースのせい。五年間ずっと浮浪者みたいな格好で世捨て人みたいな生活をしていたヒースが急に身綺麗になって、最近はいそいそとマルシェに通ってるって。その上白昼堂々若い娘を連れ歩いてるとなったらまあ当然だよね」

「ほぼ原因お前じゃないか!」

「ちょっとよくわかんないなあ」

 リコリスはわざとらしさを隠そうともせずに小首を傾げてみせる。そして、ぎゅっとリコリスは強くヒースの手を握り返すと囁き返す。

「あんな連中、気にしなくていいよ。私たちは別に後ろ指さされるようなことをしてるわけじゃないんだから。こんなことでおどおどしてたら格好のゴシップのネタにされるだけ。堂々としてよう」

 それにもうヒースの変貌に関してはネタにされてるんだし今更だよ、とリコリスは笑う。確かにそれはリコリスの言う通りなので、それもそうかとヒースは肩をすくめた。

(まあ、こんなことでもこの子が笑ってくれるのならいいか)

 釈然としないながらも、ヒースはリコリスの手を引いて歩く。すると、曲がり角から茶色いトラ猫がひょいと姿を現した。

「あっ、ねこっ」

 ひょいとヒースの手からリコリスのそれが離れる。リコリスは地面にしゃがみ込むと、ネコの鼻先に自分の手を近づけた。しかし、猫はシャーッとリコリスに威嚇すると、踵を返し、元来た道を引き返していってしまった。

 あーあ、リコリスは残念そうに肩を落とす。年齢よりも幼く無邪気な一面が可愛らしいな、とヒースは感じた。猫を見つけては歓喜し、その猫に袖にされては落ち込む。その子供っぽさが愛しく尊いと思ってしまった。

(いやいやいや、こいつの強引さに感化されたわけじゃない。今のは子供に対する大人の一般的な感性だ。特別な意味はない)

 そう己に言い聞かせると、ヒースはリコリスに手を伸ばし、彼女が立ち上がるのを手伝う。先ほどよりも自然に手を繋ぎ直すと、ヒースは何気ないふうを装って彼女へ問うた。

「猫、好きなのか?」

 すると、リコリスはこくりと頷いた。彼女の視線はまだ未練がましく、猫が消えていった曲がり角に向けられている。

「神子としての模範解答をするなら、この世に生きとし生けるものすべてを愛しく尊いと思っているよ」

「お前個人としての回答は?」

「四つ足のもふもふした哺乳類は大体好きなんだけど、猫は特別かな。捨て子だった時代には食べ物を分け合ったりして仲良くしてたんだけど今はもうダメみたい」

 修道服につけてた香のせいかな、とリコリスは自分の手首をすんすんと嗅いでいる。それを見ながらヒースはうーんと唸った。

(猫飼ってるから見にこない? は駄目だよなあ。家に女連れ込む男の常套句だしなあ。っていうか、そもそも俺、猫飼ってないし。……でも年頃の女の子だ、もうちょっとだけでもましな格好をさせてやりたいよな)

「ヒース、どうしたの? なんか難しい顔してる」

「気にするな、大体お前のせいだ」

「それで気にするなってのも無理があるでしょ。それより早く行こうよ。人気のカフェだから売り切れちゃうかも」

 はいはいわかったよ、とリコリスに手を引かれる形になってヒースは歩き出した。自分が彼女の手を引いていたはずがいつの間にか逆になっていたのが何となくおかしかった。

 二人がカフェ・オレゾに辿り着くと、日曜日の昼下がりということもあって、大変賑わっていた。先客が数人いるということで、二人はメニューを見ながら待つこととなった。

「わあ、これが噂のイチゴタルト! すっごいきらきらつやつやしてて宝石みたい! だけど、あっちのイチゴパフェも美味しそうで捨てがたい!」

 悩ましいのか、メニューに描かれたイラストを眺めるリコリスの表情がくるくると変わる。年相応の少女らしくきゃあきゃあと早口に捲し立てるリコリスをまあまあ、とヒースは制する。

「気になるならどっちも頼めばいいだろう? 俺がパフェを注文するから、それをつまめばいいだろ? どのみち俺一人でこのパフェを食べきるのは難しいしな」

 そういうなら、とリコリスは引き下がる。ヒースはメニューをぱらぱらとめくり、飲み物のページを開く。

「お前は何飲むんだ? 俺はブレンドコーヒー一択だけど」

「……ヒース、もしかして甘いの苦手?」

「それが酒飲みの性なんだからしょうがないだろ」

「ごめん……なんか私一人だけ盛り上がっちゃって……。無理やり連れてきちゃったみたいだね」

「別にそんな顔させたくて連れてきたわけじゃない。それに、俺もここのコーヒーが美味いらしいって最近マルシェで聞いて気にはなってたしな」

「それならいいんだけど……本当に大丈夫? 無理してない?」

「大丈夫だって。俺のことは気にしなくていいから好きなの選べ」

「じゃあこのクアトロベリーティーっていうのを。なんか期間限定って書いてあるし」

「期間限定に釣られるとはとんだ俗物の神子様だな」

 今はいいの、とリコリスは頬を膨らます。そういった仕草がいちいち幼くて、何かをヒースの心を掻き回していく。

「今は神子アプローズじゃなくて、ただのリコリスだからいいの。リコリスはイチゴが大好きな女の子なんだから、何も問題ないでしょ?」

 ヒースがメニューの下部の小さな文字に目を凝らすと、「※イチゴ、ラズベリー、ブルーベリー、クランベリー」と記されていた。確かにこれは俗人のリコリスでなければ頼むのを躊躇う。教会では秘伝のブレンドのハーブティーか水しか口にしないのが常だ。ワインも口にしないことはないが、それもミサや儀式のときだけだ。

 先客たちが店員に案内されていくと、やがて二人の番がやってきた。二人は隅のテラス席に案内されると、椅子に腰を下ろした。こういったときには椅子を引いてやるのがマナーだったな、とヒースは席についてから思い出す。こういったことが久々だとはいえ、男として不甲斐ない。

「ご注文はどうなさいますか?」

 店員はヒースへとそう問うた。ヒースはこれと、これと、とメニューの上に指を走らせながら店員に注文を述べた。

「イチゴパフェとブレンドコーヒー、イチゴタルトとベリーティー」

 クワトロベリーティーね、とリコリスが横から訂正を入れる。店員はかしこまりましたと恭しく一礼すると去っていった。

「大丈夫か、寒くないか?」

「大丈夫、ありがとう」

 日が翳り始め、風が冷たくなってきていた。先ほど午後三時を告げる鐘が鳴っていたので、今は午後三時半ごろだろう。

 ほどなくして、注文した品がテーブルへと運ばれてきた。リコリスの前にイチゴタルトとクワトロベリーティーが、ヒースの前にイチゴパフェとブレンドコーヒーが置かれる。ごゆっくりどうぞと店員はトレイを持って去っていった。

「いただきます」

 リコリスは手を合わせると、フォークを手に取った。きらきらと光る大粒のイチゴにリコリスがフォークを突き立てているのを見ながら、ヒースはぼんやりとブレンドコーヒーのカップを傾けた。

(ん……おお、これはなかなか。評判になるのも納得だな)

 酸味と甘味の絡まり合った奥深いコクを楽しみながらも、ヒースは思考の半分では先ほどの思いつきをいかに実行に移すかを考えていた。ナンパっぽいのはよくない。だが、本人の好みも考慮したい。

 気づけば向かい側でタルトをつついていたリコリスが小首を傾げていた。いつの間にかタルトは残り四分の一ほどになっていた。

「どうしたの、ヒース。さっきから上の空じゃない? 何か考えごと?」

「いや、何でもない。それより、こっちも食ってみるか?」

 ヒースはティーカップをソーサーの上に戻すと、パフェのてっぺんの大粒のイチゴとホイップクリームをスプーンですくってリコリスに食べさせてやる。リコリスは口を開け、スプーンに食いつくと、蕩けそうな笑みを浮かべた。

「わあ、こっちもおいしい!」

 そりゃよかったと、ヒースはリコリスに食べさせたスプーンでパフェをすくうと、自分の口へと運ぶ。半分にスライスされたイチゴは甘酸っぱく、クリームは甘すぎずくどくない味わいだった。

(へえ、普段はほとんど食わねえけど、甘いものも悪くはないな。思ったよりすっきりしていて食べやすい)

「ほら、もう一口食っとけ」

 もう一口分ヒースはスプーンでパフェをすくうとリコリスの口に運んだ。リコリスは少し躊躇った後にパフェを口に頬張った。ヒースはパフェを食べすすめていると、もぐもぐと口を動かしていたリコリスが何やらもじもじとしていた。どうかしたか、とヒースは彼女を気遣う言葉をかける。

「もしかして冷えたか? 茶のお代わり頼むか?」

「……口」

「口?」

「か、間接キス……初めてだったのに」

「たかが間接キスで騒ぐなよ。自分を〝女〟にしろとかなんとか迫ってきた奴がこの体たらくでどうするんだよ」

 それはそうだけど、とリコリスは居心地悪そうに視線を逸らす。ヒースはリコリスの顎に指を這わせると、顔を近づける。

「何なら本当にキスしてみるか? どうせそっちも初めてなんだろ?」

「そ、それは……」

 二人の鼻と鼻が触れ合う。息に混ざるコーヒーの苦味とイチゴの甘酸っぱさが交錯する。

 二人の視線が絡み合う。リコリスの赤の双眸が不安と微かな期待で潤んだ。

「悪い。冗談が過ぎた」

 軽くリコリスの鼻先に唇を触れさせると、ヒースは彼女から顔を離す。あまりのことにリコリスは顔を耳まで真っ赤にさせていた。

「もおおおおお! 何するの!!」

「こういうことがお望みかと思ったけど違ったか。すまん」

「そうだけど、そうじゃなくて!! もう、ヒースのばかっ」

「ほら、声を抑えろって。あんまり騒ぐと店に迷惑だし、今日の夜にはディオース中を噂が駆け巡るぞ」

「誰のせいだと思ってるの!!」

「だから悪かった、やり過ぎたって。もう一杯、茶を奢るから落ち着けって」

 ヒースは目配せで店員を呼ぶと、季節のフレーバーティーを注文した。しばらくするとミモザティーなるものが店員によって運ばれてきて、それを口にするころにはリコリスも平静を取り戻していた。

「そういえばお前、好きな色とかあるのか?」

 なんてことはないふうを装って、ヒースはリコリスに探りを入れた。んー、とリコリスは鼻に抜けていくミモザの香りを楽しむと、ヒースの問いに答える。

「好きな色は特にないかな。嫌いな色はあるけど」

 好き嫌いが激しそうに見えるリコリスにしては意外な答えだった。嫌いな色? とヒースは聞き返した。

「赤と青。私の運命を縛る色だから」

 終滅の夜エクリプスの月の赤色。選定の儀式の夜の月の青色。そして、青く光る双眸と薔薇の痣。それはリコリスが嫌っているものの色だった。

「じゃあ、好きな服のテイストとか」

「服なんて着れれば何でもいいよ。そんなのにこだわれる環境で育ってこなかったし。強いて言えば首元が隠れる服が好きかな」

 うーんとヒースが唸っていると、ミモザティーを飲み干したリコリスが訝しげに眉根を寄せた。煮えきらない態度のヒースにリコリスは舌鋒鋭く追及する。

「さっきからどうしたの? ヒース、何か変だよ」

 それに対していや、あの、とヒースは歯切れの悪い返事をする。しかし、じっとりとしたリコリスの視線に負け、ヒースは口を開いた。

「なあ、今度うちに来ないか?」

「え、あ、そういう……そういうこと!? 確かに私もそういう関係になりたいとは言ったけど、ちょっと大人の階段をすっ飛ばし過ぎなような気がっ……」

 だから嫌だったんだよと思いながらヒースは深々と溜息をつく。男が女を家に誘うというのは、大体の場合そういう意味でしかない。

「喚くな、この色ボケ娘。俺はただ、妻が若いころの服をお前にやりたかっただけだ。お前みたいな若い娘がそれしか服を持ってないんじゃなんだからな」

「あ、そういう……」

 リコリスはほっとしたような残念なような思いだった。成人済みだとはいえ、まだまだ子供の部分をヒースには見抜かれてしまっているように思う。大人の女ならこの程度のやりとりはクールにいなせないといけないに違いないとリコリスは心に刻み込んだ。

「そういうわけだから、来週も今週と同じ場所でいいか? うちに来るのが嫌だったら嫌って言っていいんだぞ。適当に似合いそうな服見繕ってくるから」

「ううん、行く。行きたい」

「わかった、それじゃあ来週、いつもの時間にいつもの場所で」

 それじゃあそろそろ行くか、とヒースは腰を上げる。リコリスも椅子から立ち上がる。

「ありがと、ヒース。今日、楽しかった」

「来週もその言葉を聞けるようにせいぜい頑張るよ」

 ヒースはジャケットの内ポケットからカーキの革財布を取り出すとさらりと二人分の会計を済ませた。教会前の広場まで送っていく、とリコリスと手を繋ぐとヒースは歩き出す。

 午後五時を過ぎたディオースの街にまだ冬の気配が残る風が吹き抜けていった。中央通りの街灯にはオイルランプが灯り始めていた。

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