Se connecter主人公はある日、突然、真上から鉄骨が落ちてきて、乙女ゲーの世界で【ウィナフレッド・ディカーニカ】——ウィナとして男から少女へと生まれ変わる。 そうしてウィナはこの異世界で一つの目的を持つ。 それは悪役令嬢であるフィロメニアをバッドエンドから救うことだ。 初対面ではボディーブローを入れてしまったが、十年後、ウィナはフィロメニアの御付きメイドになっていた。 けれど【霊獣召喚】の儀式になぜかウィナは巻き込まれ、フィロメニアの霊獣となってしまう。
Voir plus――自分より大きな、そして重たいものに潰されるという経験をしたことがある人はそういない。
自慢じゃないけど俺はある。それも
一度目は終電で帰った会社からの帰り道――俺は唯一の日常の癒しだった乙女ゲーアプリへ夢中になっていたときだ。
男なのに乙女ゲーをやっているというのも人に聞かれたくはない話だが、理由があった。 世界観はファンタジー……なのにライブなどのアイドル要素があって、なぜか歌唱力やダンス力が戦闘ステータスにも関わるという奇抜な学園乙女ゲー。 そんなゲームにとある要因でドハマりした俺の視線は、スマホの画面のみに注がれていた。 いや、たぶん、そうじゃなくてもそれは起こったと思う。 ――ぶっとい鉄骨が真上から落ちてきて、俺に直撃したのだ。 建設現場のある道だったから、そこから落ちてきたんだろうなぁ。 なんでそんなことになったのか知らないけど、痛みを感じる余裕もなく即死した俺はそうして現代日本での生を終えることになる。けれど、俺という存在は終わらなかった。
その次に自分が日本という国で社畜をやっていたと思い出すのは、かなり時間と場所が飛ぶ。 体感時間にしてみれば五年三ヵ月ちょい。しかも場所は別世界……いや、異世界か。俺は騎士の家で養子として引き取られた少女へと転生していたのだ。愛称をウィナ――【ウィナフレッド・ディカーニカ】として。
そして、五歳のときに両親が仕えている公爵家へを訪れる。 そこで出会った同い年の少女を見て、俺は全てを思い出した。彼女は【フィロメニア・ノア・ラウィーリア】。
俺が死ぬ直前にプレイしていた。乙女ゲーの悪役令嬢だった。 ◇ ◇ ◇ ――さぁ、二人ともお庭で遊んできなさい。そう言われて、俺はフィロメニアの遊び相手として連れてこられたのだと察した。
仏頂面で気が強そうだがお人形のように可愛い彼女を前に、俺はテンションを上げざるを得ない。
記憶を取り戻し、実質的年齢三十歳近いにも関わらず、俺はノリノリで彼女の手を引く。もしかしたら、まだ五歳の少女、ウィナフレッドとしての意識がそうさせたのかもしれない。
けれど、なによりフィロメニアというのちの悪役令嬢は、俺のお気に入りのキャラクターでもあったのだ。その乙女ゲーを最初に始めたのは単なる気まぐれで、ヒロインがイケメンたちと様々な恋をしたり、困難を乗り越えるサクセスストーリーを何も考えずに見るのが目的だった。
けれど、いくつもルートのどれを進んでも、終始一貫して悪役に徹するフィロメニアに対して、俺にはある種の感情が芽生えていた。 どのエンディングを迎えても、どんな選択肢に進んでも、最後には悲惨な死を迎えてしまう彼女を――俺は好きになってしまった。 知略を巡らせ、他国であっても利用できるものを利用して、自分の手が汚れることを厭わず敵対する悪役令嬢。 社会の波に流され、生きてるのか死んでるのかもわからないような生活をしていた俺には、それが眩しく見えた。だから、生まれ変わったその世界で、俺は言った。
「フィロメニアしゃま! おともだちになりましょう!」
俺の言葉に彼女は微笑む。
そして、俺のボディブローがフィロメニアのみぞおちに刺さった瞬間である。
一応、言っておく。
暴力はいけないとは思う。特に体は女とはいえ、魂は男の俺が五歳の少女の無防備なお腹に拳を叩き込むなど持って他だ。
ついでに言うと数年後に王太子と婚約することが決まっている国家レベルで重要な令嬢でもある。 けれど、騎士家で育った俺には両親からひとつの精神を叩き込まれていた。 ――ナメられたらやれ。やっていいやつならそのまま殺れ。 である。たぶん、両親的には公爵家の娘は別だと言いそうだが、記憶を取り戻した直後だった上、五歳という未熟な脳みそはその分別がつかなかったんだろう。
気がつけばフィロメニアは胃の内容物を、美しい草花の養分として捧げていた。
常識的に考えれば最悪な行動である。両親の首が物理的に飛ぶところだった。 けれど、そうはならなかった。あれから月日が経ち、様々なことがあって、今――。
――俺はフィロメニアの御付きのメイドとして働いている。 普通は初対面で腹パンしてきた相手をそんな近しい立場に置くわけない。 けれど、あいにくフィロメニアは普通じゃなかった。 なぜか俺は彼女に気に入られ、長い時間を共に過ごしている。そうして推しの近くで二度目の人生を送って十年の月日が経ち――その時がやってきた。
フィロメニアと俺は今年で十五になる。 乙女ゲーの舞台となる、モルドルーデン王国貴族の子たちが集う学園へ通い始める年齢だ。その前に、この国の貴族にとっては人生で最も重要ともいうべき儀式が存在する。
乙女ゲーの主人公は学園入学直後に来る話ではあるが、他の貴族は入学前に済ませておくものらしい。 それは――【霊獣召喚の儀式】。 【霊獣】っていうのはわかりやすく言えば使い魔とか召喚獣みたいに、魔力で呼び出して一緒に戦ってくれる相棒だ。 王国の貴族はこの儀式を経て、自分だけの【霊獣】を召喚し、共に研鑽を積み、国を守る力を培う。 【霊獣】こそが王国の強さの象徴であり、強力な【霊獣】を使役していることが有能さの証でもあるのだ。そんな大事な儀式のときに、フィロメニアの傍にいられないことが俺は嫌だった。
護衛の兵士はいるものの本来なら使用人は連れてはいけないという決まりらしいが、俺は無理を言って彼女に同行した。 儀式を行う神殿へ一緒に行って、ポンと召喚して、お屋敷にささっと帰るだけ。俺はフィロメニアの隣にいればいい。
それだけで、本質的に我儘で不安定な彼女の精神は落ち着くのだ。そんな簡単な一日だと思っていたら――。
――俺の二度目の人生は大きく変わってしまった。
真っ暗闇な会場に、ふつふつと緑と赤の光が湧いてくる。 観衆の声は様々だ。 その始まりを待ちわびる声。初めて使うサイリウムに困惑する声。そして、舞台に立つ二つの人影に歓声を抑えきれない声。 そして、魔法で拡大された楽器の音が始まる。 同時に、スポットライトに照らされたのは――。《共に在る覚悟を問われれば答えは一つ。【汝、終焉において我が名を呼ぶのなら】 運命ですら捻じ曲げる意志を》 ――俺とフィロメニアだった。 この一ヵ月、必死に練習したステップを踏み、歌声に会場が湧く。 前に見た舞台のように、厳かな雰囲気などではない。 観衆は皆立った状態で、俺とフィロメニアが腕を上げて手を叩いてみせると、同じように前奏に合わせて手拍子が鳴った。 帝国で流行っているらしいポップな曲調だ。《決められた未来は訪れるのを今かと待っている。けれど抗うために星へと願う》 舞台は専用に作った特注のもの。 中央に円状の舞台があるのは変わらないが、それに至る橋が舞台袖から続いている。 俺とフィロメニアはその橋の真ん中で互いを意識しつつ歌う。《【それが朝であろうとも、常に星はそこにある】 物語はすでに始まっている》《【それが昼であるからこそ、常に星は見つけられることを待ちわびている】 流されそうになる運命の放流》《【それが夜であるならば、常に星は見つめてくださっている】 抗う力を腕に込め》 星典を引用した古代口語を含んだ歌詞は、この王国でも新鋭の音楽家に作らせたものだ。 発音が難しい部分があるが、俺の【模倣】は完全にそれをトレースすることを可能にしている。 ちょっとズルかもしれないけれど。 《いま突き出す拳を星空へ。明日の世界へ》 そしてサビへ向かって曲が盛り上がっていく。 観衆の熱が、ラウィーリア領製のサイリウムの動きとなって伝わってくる。 俺たちは中央の舞台へたどり着き
決闘から少し経ったある日、フィロメニアと俺は学園長に呼び出しを食らっていた。 俺は絶対に怒られるとビクビクしていたけれど、フィロメニアは涼しい顔で部屋に入る。 そこでは学園長が温和そうな笑みをたたえていて、とりあえず扉の横へと控えるように立った。 「久しぶりに良いものをみせてもらった。フィロメニア君」 開口一番そう言われ、フィロメニアはゆっくりと頭を垂れる。 「騒ぎを起こして申し訳ありません。学園長殿」 慌てて俺もお辞儀をするが、学園長は目を丸くして頭を上げるように言う。 「いや、すまない。皮肉ではないのだ。学園という揺りかごの中に長くいると、つい刺激に乏しくなる。正直に言って、愉快痛快といったところだった」 その言葉に部屋の雰囲気を弛めるように、学園長は椅子を回して体を斜めに向けた。 俺たちは顔を合わせる。 そりゃ俺たちにとってはまさに愉快痛快だったけれど、学園長がそう言うとは思っていなかったのだ。 フィロメニアは思うところがあるのか、眉をひそめる。 「失礼を承知で聞きますが、学園長殿はマリエッタの姦計に気づいていたと?」「彼女が好き勝手をしていたのは当然、把握していたとも」「ではなぜ止めなかったのです」 背を持たれて手を組む学園長に、フィロメニアは詰め寄った。 だが学園長は意に介していないように微笑みを崩さず応じる。「それがこの国の利となるか害となるか、見極めるに時間が必要だと判断した」「それだけですか? 遅きに失すれば殿下までもが神殿の思惑に取り込まれていました」「不満かね?」 俺にはまだその「思惑」とやらが理解できていないけれど、フィロメニアには面白くない状況なのはわかる。 言われた通り、不満そうな顔でフィロメニアが黙っていると学園長は続けた。 「……学園の成り立ちもそう単純なものではない。それにマリエッタ教諭の行動は問題だが、シャノン・コンフォルト
「ウィナちゃんッ!」「ウィナフレッド!」 その魔法の閃光が炸裂する瞬間、思わずクレイヴとシャノンは叫んでいた。 三人と三体の同時攻撃。 そんなものをまともに食らえば、いくらウィナとはいえ無事ではないだろう。 衝撃に舞う爆煙が晴れたとき、そこに倒れ伏せる少女の姿をクレイヴは幻視する。 だが――。 その煙の中から現れたのは、三対の巨大な光翼だった。 羽根のない、透き通るガラスのようなそれはゆっくりと羽ばたくと、視界が晴れる。 ――そこには二人の少女がいた。 片方の金髪の少女は目を瞑り、強い意志を感じさせる表情で、魔法の炸裂の前からも一歩も動かず。 そしてもう片方の緑の髪の少女は、後ろに向けて剣と腕輪を構え、悠然とそこに立っていた。 どちらも、キズ一つない。 相対する敵に出来うる最大の攻撃を受け止めたのだ。「ウィナちゃん……!」 隣でシャノンが安堵の声と共に崩れ落ちる。 だがクレイヴは、目の前の光景に畏怖を感じていた。 ――なんという力だ。 相手は実戦の経験の少ない学生とはいえ、その血脈に証明された才能ある家の者たちだ。 彼らが束になってもウィナを倒すどころか、一撃も入れられないとは。 見ればセルジュは頭を抱えてその光景を疑い、ファブリスは膝をついて呆然としていた。 ジルベールだけが、震える声でウィナに叫ぶ。 「て、てめぇは……!てめぇは何モンなんだ!? なんなんだてめぇはぁぁ!?」 問われたウィナは振り返り、ニヤリと笑った。 「公爵家のメイドだ。以後、お見知り置いとけ」 瞬間、彼女の左腕がわずかに光を放つ。 ウィナは大きく息を吸うと、それに伴って周囲の魔力までもが吸い込まれるように動いた。 そして、彼女の全力の咆哮が空気を震わせた。 「うああああぁ
「来たのか」 そう言われて、俺はこめかみを掻く。 偉そうなことを言っておきながら遅刻なんて、フィロメニアを失望させるところだった。 「ごめん、寝坊した。ちょっと道も混んでてさぁ。苦労したよ」 適当な言い訳を思いついたまま口に出すと、視界の横に目を見開いたマリエッタが見える。 だがフィロメニアはそんなことには関心も示さない。 代わりに、どこか懇願するような顔で聞いてきた。「私といれば、これからも同じようなことが……いや、これ以上の苦労が待っているぞ。それでも――」「――だからこそ」 そんな質問、俺の答えなんてわかっているだろうに。 けれど、思いは言葉にすることも大事なのだ。 名を呼べる距離にいても、手を握れる距離にいても、それは変わらない。 だから、俺はこの先も続くこの世界に対して言う。 「俺はそばにいるよ。フィロメニア」 返ってきたのは、零れるような笑顔と、名を呼ぶ声だった。 「ならば来い――ウィナ!」「あいよ!」 勢いよく答えると、腕輪が金属音を立てて変形する。そして、俺の体は風のような光に包まれた。 一歩ずつ階段を下る度、体に力が漲ってくる。 霊獣の姿となった俺を見て、決闘場はどよめきに包まれた。 俺は階段を下った先にいた知った顔へ笑いかける。 シャノンは姿が変化した俺に戸惑いながらも、涙でぐちゃぐちゃになった顔で近寄ってきた。 「ウィナ……ちゃん? 大丈夫なの……?」「シャノンこそめっちゃ目腫れてるけど大丈夫? ほい、ハンカチ。鼻水はかまな――かむなっつの!」 ズビーッと盛大に鼻水を噛んだシャノンに抗議すると、「ご、ごめん、洗って返すから……!」とか言っている。 当たり前だろ! 呆れているとそ