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天狐上司のもう一つの顔⑥

Author: 当麻月菜
last update Last Updated: 2025-10-12 19:59:50

 美亜の家系は女性に限り、昔から不思議なものが見えた。祖母と母、それと美亜だけに受け継がれる能力だ。

 といっても、見えるだけで他に何もできやしない。兼業農家の星野家では、そんな能力は無用の長物で、美亜にとっては呪わしいものでしかなかった。

 幼い頃から美亜は、田舎道で三つの目を持つお坊さんとか、真冬の河原でじっとしている女の子とか、中央分離帯でボール遊びをしている男の子とか、自動販売機と壁の間に挟まってブツブツ呟いている作業着の男とか──そんな摩訶不思議なものを見てしまっていた。

 母親も祖母も同様に見えていたので、星野家では「あ、やっぱあんたも見えるんだ」と別段大騒ぎすることはなかったが、「変なものが見えることは絶対に口にするな」と厳命した。

 素直に頷いたみたものの、幼い美亜にとって、人ならざるものとそうでないものを区別するのは難しかった。

 見た目からおかしいのは、すぐにわかる。有り得ない所にいる人っぽい何かも、半透明な人も無視の対象だとわかる。

 だがしかし、限りなく人に近いは存在する。

 一緒に遊んでいた友達が急に増えたり、友達の家に遊びに行った際に、赤ちゃんがハイハイしていたり。友達のお父さんの後ろに奇麗な女性がいたり。

 悪気は無かった。でもうっかり口にしてしまうことは防ぐことができなくて、気付けば美亜は「嘘つき」と呼ばれるようになった。友達は一人、二人と去っていった。

 美亜は嘘は吐いていない。見たままを口にしただけ。しかし稀眼を持たない人にとっては、美亜は嘘つきでしかない。

 その結果、美亜は孤立し、虐めを受けるようになり、だんだん学校を休むようになった。両親も祖母も兄も、学校を休み続ける美亜を咎めることはしなかった。

 学校に行きたいのに行けないジレンマを抱えて自宅に引きこもっている間、美亜の心の拠り所はテレビだった。

 画面越しに見る都会は夜がなくて、色んな人がいる。ここでなら自分はきっと自分らしく生きていける。

 そんな願望から美亜は都会を目指し、再び学校に行くことにした。無視をされ、陰口をたたかれても、ぐっと堪えてとにかく短大まで出た。変なものを見てしまう能力は、受験勉強中にいつしか消えた。

 そうして普通の人として手に入れた、都会暮らし。

 なのに……まさかここで、自分のコンプレックスをさらけ出されるなんて夢にも思
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