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天狐上司のもう一つの顔②

Author: 当麻月菜
last update Last Updated: 2025-10-08 18:30:43

 長いミーティングの後、主任と呼ばれている男性社員から指示された仕事は、見慣れた商品名と数字の打ち込みと、ボツになった企画の数々を一つのデータにまとめることだった。

 誰でもできる単純で簡単な仕事だが、美亜はニコッと笑って引き受ける。

 このご時世、お茶くみなんかはないけれど、雑用全般は派遣社員の仕事。電話を取り次いだ挙句「あーもー忙しいんだから、後にして!」と言われ、頭をペコペコ下げながら相手先に謝るのも派遣の役割。

 美亜はアルバイトの経験があまりなく、派遣で働くのも初めてだった。事前に兄の俊郎から、働く際の心構えを教えてもらったが、パールカンパニーで働き出してから葛藤したり悩んだりしたことは数知れない。

 他の職場がどうなのかわからないが、パールカンパニーは正社員と派遣社員との線引きがとても細かく、美亜はやりたいのにできないジレンマと、一線を引く正社員たちの態度に少々病んだ。

 兄に愚痴り、諭され、足を引きずるようにして出社すること一年。何となく自分の立ち位置がわかってきた。

 その後、商品企画部に移動して綾乃と香苗と出会って、今は派遣社員としての働き方を少しは覚えたつもりだ。要領も、ちょっとだけ良くなった。

 割り切った気持ちで淡々と仕事をこなしていた美亜は、パソコン画面に表示されている時計に目を向ける。お昼休憩の10分前だった。

 やる気に満ち溢れていた初期の頃は、終わり次第報告に行って「次の仕事をくださーい」と言って迷惑な顔をされた。

 その度に傷付く自分がいたけれど、今は完了報告は昼一にして、トイレで時間を潰そうとそっと席を立つ。

 遅れて香苗が席を立つのが見えた。おそらく自分と同じ考えなのだろう。

「──ねえ星野さん、来週の金曜日って暇?」

 女子トイレに入った途端、追いついた香苗から問い掛けられ、美亜は満面の笑みで頷く。

「暇、暇、超ぉー暇です!」

「おっけ。じゃあ、合コン大丈夫だよね?」

「ええっ!?私が、ですか?お誘いしてくれてるんですか??」

 これまで人数合わせですら合コンに誘われなかった美亜は、あからさまにオロオロする。

 しかし、嬉しさはダダ漏れしていたので、香苗に変な誤解を与えることはなかった。

「そうよ、星野さんと一緒に合コンに行きたいの」

 慈愛に満ちた言葉に、美亜は香苗の腰に抱きつく。

「ありがとうございます……好きです」

「ふふっ。ごめん私、結婚相手は国外の人って決めてるの」

 艶やかな笑みを浮かべて美亜をあっさりフッた香苗は、将来海外移住を計画している。コネを広げるため、頻繁に食事会という名の合コンを企画している。

 出会い系アプリが怖くて手が出せない美亜は、この誘いに新たな出会いがあるかもと期待が膨らむ。

「今回のメンバーは期待してね。病院シリーズだから」

 追加された情報に、美亜は首を傾げる。

「シリーズって何ですか?」

「ん……えっと、医者と技師、あと看護師」

「なるほど、確かに病院シリーズですね」

「そうなの。医者で揃えても良かったんだけど、あのジャンルは当たり外れが激しいから。ま、全員ハズレなら、食に走ればいいし。会場さぁ、ちょっと奮発してもらったんだ」

「えー……私、払えるかなぁ」

「お馬鹿。安心しなさい。男子のおごりってことで話はつけてあるわ」

「ねえさん……超好き」

「もうっ、星野さんったら調子いいわねー」

 グロスを塗り直しながら会話をしていた香苗は、再びぎゅっと抱きついてきた美亜に苦笑する。

 そんな中、パタパタと足音が近づいて来たかと思ったら、「さぼりみぃーけっ」という声と共に綾乃が顔を出した。

「浅見さん、星野さんに来週の合コンのこと言いました?」

「うん、今伝えたとこ。行けるってさ」

「やったぁー。三人で合コンって初めてですよね」

 当日、何着てきます?と、女子高生みたいにはしゃぐ綾乃に美亜はぎょっとする。

「長坂さん、結婚する人いるのに合コンしていいんですか!?」

「うん。別にヤルわけじゃないし、ちょっと楽しく食事するくらいはセーフでしょ。あっちも、飲み会ぐらいは参加してるだろうし」

「……ヤルって」

「あははっ、星野さん顔赤いよ」

 初恋も初カレも二十歳を過ぎてから経験した美亜は、未だ純朴さが残っている。かろうじてバージンではないけれど、露骨な表現にまだ耐性がついていない。

「だ、だって!だって!まだ昼間だし、明るいし!」

「別にヤルのは夜に限ってのことじゃないでしょ。それに夜でも電気付けたままスルときあるしねぇ」

「そうそう。あと、昼間のエッチもなかなかいいもんだし」

 真顔で会話をする香苗と綾乃に、美亜はさらに顔を赤くしてワタワタすることしかできない。

 そんな美亜を見て、香苗と綾乃はクスクスと笑う。

「星野さん、当日は何があるかわからないから、勝負下着で来なよー」

「途中で抜けたくなったら、いつでも言ってね」

 初心な美亜を馬鹿にすることなく、アドバイスをする二人に嫌味はない。

 こういう時、この部署に異動して本当に良かったと思う。

 でも、毎度繰り広げられる香苗と綾乃のあけすけな会話に、いつか自分もついていける日が来るのだろうかと、美亜はほんの少し寂しい気持ちになった。

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