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誠実そうな彼が偏愛したのは、私じゃなかった

誠実そうな彼が偏愛したのは、私じゃなかった

By:  あおにゃんこCompleted
Language: Japanese
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私、須藤花音(すどう かのん)、誕生日はエイプリルフール。 なのに、付き合って五年になる彼氏・松本律希(まつもと りつき)は、毎年一日早くお祝いしてくれる。 だって、エイプリルフール当日に、幼なじみの中林莉々(なかばやし りり)と過ごす時間を、無駄にしたくないからだ。 今年は「埋め合わせする」と言って、ようやく二人きりで誕生日を祝ってくれることになった。 周りからは「あの日、プロポーズされるよ」と囁かれていた。 エイプリルフール当日。 私はばっちりメイクをして、新調したワンピースを着て、待ち合わせの場所へ向かった。 花びらが舞い散る中、律希が私の前に片膝をついた。 私が言葉を発しようとしたその瞬間―― 指輪ケースから、どばっとインクが噴き出した。 「ハッピーバースデー!真っ黒さん」 「結婚に焦ってる女、怖いね。エイプリルフールのプロポーズを本気にするなんて」 莉々がスマホを掲げて、夢中で連写している。 律希は彼女を止めるどころか、一緒になって笑い出した。 「泣きたきゃ我慢しろよ。 莉々と『お前は泣かない』って賭けてる。負けさせるなよ」 私は無表情のまま、顔のインクを拭った。 心は完全に冷え切っていた。

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Chapter 1

第1話

私、須藤花音(すどう かのん)、誕生日はエイプリルフール。

なのに、付き合って五年になる彼氏・松本律希(まつもと りつき)は、毎年一日早くお祝いしてくれる。

だって、エイプリルフール当日に、幼なじみの中林莉々(なかばやし りり)と過ごす時間を、無駄にしたくないからだ。

今年は「埋め合わせする」と言って、ようやく二人きりで誕生日を祝ってくれることになった。

周りからは「あの日、プロポーズされるよ」と囁かれていた。

エイプリルフール当日。

私はばっちりメイクをして、新調したワンピースを着て、待ち合わせの場所へ向かった。

花びらが舞い散る中、律希が私の前に片膝をついた。

私が言葉を発しようとしたその瞬間――

指輪ケースから、どばっとインクが噴き出した。

「ハッピーバースデー!真っ黒さん」

「結婚に焦ってる女、怖いね。エイプリルフールのプロポーズを本気にするなんて」

莉々がスマホを掲げて、夢中で連写している。

律希は彼女を止めるどころか、一緒になって笑い出した。

「泣きたきゃ我慢しろよ。

莉々と『お前は泣かない』って賭けてる。負けさせるなよ」

私は無表情のまま、顔のインクを拭った。

心は完全に冷え切っていた。

律希が立ち上がった。

ウェットティッシュを一枚取り出すと、私の顔を適当に拭った。

「はいはい、ただの冗談だって。そんなにカリカリすんなよ。

今日はエイプリルフールだぞ。こんな日にプロポーズを本気にする方がおかしいだろ。

莉々の言う通りだ。お前が結婚に焦ってるから、簡単に引っかかったんだよ」

周りがさらに笑い声をあげた。

「莉々、それヤバくね?マジで笑える」

「見ろよ、あの顔。まさか本当に泣く気かよ」

結婚に焦ってる。

私はそう呟いた。胸の奥が締め付けられるようだった。

莉々がワイングラスを手に、優雅に近づいてきた。

「花音さん、怒らないでよ……ごめんなさい。律希とこんな賭けをするのではなかった」

言い終わらないうちに、彼女はグラスの中のワインを私の顔めがけて勢いよくぶちまけた。そして大げさに叫んだ。

「あっ!滑っちゃった」

胸元に広がるべたべたしたワインの染みを見下ろし、とうとう我慢の限界が来た。

テーブルの上のシャンパンボトルを掴み、迷わず彼女の頭から浴びせた。

泡が彼女の丹念に整えられた巻き髪を伝って、惨めに滴り落ちた。

莉々が金切り声をあげた。

「あんた、正気か!」

空になったボトルを置き、冷めた目で彼女を見つめた。

「毎度毎度、滑ったとか、やらかしたとか。そんなに不器用なら、病院で診てもらいなさいよ」

「花音、やりすぎだ!」

律希が私を押しのけた。よろめきながら二歩下がり、やっと体勢を整えた。

彼は莉々を抱き寄せ、大事そうに髪や頬を拭き始めた。

その光景を眺めながら、背筋に寒気を覚えた。

さっき私が莉々にワインをかけられた時、彼は微動だにしなかったのに。

彼の取り巻き連中もすぐに集まってきて、こぞって私に怒りの視線を向けた。

「どういうつもり? 莉々が謝ったのに、よくもそんなことができるな」

「そうだよ、ただの冗談だろう。そこまでする必要あるか?さっさと莉々に謝れ」

この五年、こんな光景を何度も見てきた。

莉々が少しでも哀しそうな顔をするたび、彼らは彼女の忠犬のように群がり、私に頭を下げさせる。

要するに、律希が私を大事にしないからだ。だから彼の友人たちも、私をこんなにも軽く見る。

心が完全に冷え切った今、不思議と感情は静まり返っている。

「律希。別れよう」

個室に、一瞬だけ異様な静けさが降りた。

律希は莉々の顔を拭く手を止め、怒りを込めて冷笑した。

「は?お前が謝れば済む話だろうが。別れで脅すなんて?

いいぜ、別れてやるよ」

彼がポケットからもう一つのベルベットの箱を取り出し、開けた。

中には本物のダイヤの指輪が収まっていた。

彼は莉々の手を引き、その指輪を薬指に嵌めた。

「実はな、お前が冗談を笑い飛ばせる奴なら、後でサプライズを仕掛けるつもりだったんだ。

でも、もうやる必要はないみたいだな」

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第1話
私、須藤花音(すどう かのん)、誕生日はエイプリルフール。なのに、付き合って五年になる彼氏・松本律希(まつもと りつき)は、毎年一日早くお祝いしてくれる。だって、エイプリルフール当日に、幼なじみの中林莉々(なかばやし りり)と過ごす時間を、無駄にしたくないからだ。今年は「埋め合わせする」と言って、ようやく二人きりで誕生日を祝ってくれることになった。周りからは「あの日、プロポーズされるよ」と囁かれていた。エイプリルフール当日。私はばっちりメイクをして、新調したワンピースを着て、待ち合わせの場所へ向かった。花びらが舞い散る中、律希が私の前に片膝をついた。私が言葉を発しようとしたその瞬間――指輪ケースから、どばっとインクが噴き出した。「ハッピーバースデー!真っ黒さん」「結婚に焦ってる女、怖いね。エイプリルフールのプロポーズを本気にするなんて」莉々がスマホを掲げて、夢中で連写している。律希は彼女を止めるどころか、一緒になって笑い出した。「泣きたきゃ我慢しろよ。莉々と『お前は泣かない』って賭けてる。負けさせるなよ」私は無表情のまま、顔のインクを拭った。心は完全に冷え切っていた。律希が立ち上がった。ウェットティッシュを一枚取り出すと、私の顔を適当に拭った。「はいはい、ただの冗談だって。そんなにカリカリすんなよ。今日はエイプリルフールだぞ。こんな日にプロポーズを本気にする方がおかしいだろ。莉々の言う通りだ。お前が結婚に焦ってるから、簡単に引っかかったんだよ」周りがさらに笑い声をあげた。「莉々、それヤバくね?マジで笑える」「見ろよ、あの顔。まさか本当に泣く気かよ」結婚に焦ってる。私はそう呟いた。胸の奥が締め付けられるようだった。莉々がワイングラスを手に、優雅に近づいてきた。「花音さん、怒らないでよ……ごめんなさい。律希とこんな賭けをするのではなかった」言い終わらないうちに、彼女はグラスの中のワインを私の顔めがけて勢いよくぶちまけた。そして大げさに叫んだ。「あっ!滑っちゃった」胸元に広がるべたべたしたワインの染みを見下ろし、とうとう我慢の限界が来た。テーブルの上のシャンパンボトルを掴み、迷わず彼女の頭から浴びせた。泡が彼女の丹念に整えられた巻き髪を伝
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第2話
律希の視線は氷のように冷たかった。莉々が指輪を光にかざし、得意げに私を一瞥した。「残念ね、誰もがそれほど幸運に恵まれるわけではないわ」 私はその指輪に視線を落とした。三か月前、雑誌で見つけて嬉しそうに律希に見せたあの指輪だった。あのとき、彼は不機嫌そうに雑誌を払いのけた。「そういう風に結婚を匂わせるのやめて。ほんとウザいんだよ。買ってやらないからな」なのに今、その指輪は莉々の手にぴったり収まっていた。サイズも完璧。本当に私のために買ったものだったのか。私は自嘲気味に笑った。「別にいいわ。もういらない。五年だよ、律希。私の我慢にも限界がある。あんたたちに踏みにじられて笑われる筋合いはない」口元を引きつらせようとしたけれど、うまく笑えなかった。「終わりにしよう」くるりと背を向け、出口へ歩き出した。背後から怒鳴り声が飛んできた。「花音!戻って謝れ。さもないと本当に別れるぞ」見下した命令口調だった。彼はまだ、私がただ拗ねているだけだと思っていた。私は足を止めなかった。ドアの外からひんやりとした夜風が頬を打った。かつてないほど、頭が冴え渡っていくのがわかった。もうこんな茶番は十分だ。……家に着くと、雨が激しかった。遠くで雷がゴロゴロと鳴り、それと同じように、私の心も、穏やかではいられなかった。玄関で指紋認証を試すが、反応しなかった。パスワードもエラーだった。戸惑っていると、モニターから律希の声がした。「押すなよ。さっき遠隔でロックをリセットした。あんなとこで別れるとか言ったんなら、俺の家に入れるな。過ちを認めて莉々に謝れ。じゃないと許せないからな」冷たい風に震えた。私が小さい頃に両親が離婚し、どちらからも引き取ってもらえず、真冬に家の外に締め出された。彼は知っているのに……その翌日、彼は私をここに連れてきて、こう言った。「花音、これからここはお前の家だ」「約束する。もう誰もお前を追い出したり、門前払いになんてさせない」あの誓いが耳に残っている。なのに今、私を放り出したのは、その誓いを立てた彼自身だった。濡れたドレスが肌に張り付き、骨の芯まで冷たかった。心も同じだった。モニターから、莉々の甘ったるい声が聞こえてきた。
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第3話
莉々が現れると、私はいつも簡単に捨てられる脇役だ。スマホがブルルと震えた。画面には律希の文字。【こんな夜中にどこ行った?】【いい加減にしろよ。さっきのは冗談だって】【莉々が謝らなくていいって言ってたし】【戻ってこい。パスワードも元にしたから】【莉々と飲みすぎて頭が割れそうなんだ。帰ってきて彼女の世話をしてくれ】並んだ文字を見て、思わず笑えた。いつもそのパターンだった。何があっても、優先されるのは莉々の気持ち。彼女であるはずの私は、いつの間にか二人の世話係にされていた。スマホをしまおうとしたら、またメッセージが届いた。【花音、あのときのお母さんにはちゃんとした事情があったの】【本当に会いたい。お願いだから、お母さんのことを嫌わないで……こっちに来て一緒に住んでくれない?】【来てくれるなら、隆文(たかふみ)が会社に入れてくれるって】画面をじっと見つめる。一瞬、心が揺らいだ。思わず指が動いた。【うん】送信したあと、律希とのトーク画面を開く。しばらく眺めて、ブロックした。顔を上げ、遠く漆黒の夜空を見つめた。この街に、もう未練はない。深夜近くなり、ようやくホテルに辿り着いた。シャワーを浴びても、心の冷たさは癒えなかった。意識が遠のくように眠りに落ち、長い夢を見た。夢の中で神父から結婚の誓いを問われ、私は幸せそうに頷いた。次の瞬間、花嫁は莉々にすり替わっていた。そして私はピエロの衣装を着せられ、大勢の人に指を差され、笑われていた。はっと飛び起きると、全身冷や汗まみれだった。手を額にあてると、熱があった。解熱剤を二錠無理やり飲み込んだ。少し考えた末、やはりタクシーを呼んで、律希とのアパートへ戻り、自分の荷物をまとめることに決めた。ドアを開けた瞬間、強烈な酒臭さと香水のにおいが鼻をついた。ソファには莉々のレースの下着やミニスカートが、無造作に投げ捨てられていた。同棲を始めた当初から、莉々はこの家のもう一人の女主人みたいに振る舞っていた。パスワードを知っており、いつでも勝手に入り込んでくる。時にはベッドにまで上がり込み、私と律希の間に寝転がる。私が文句を言うたび、律希は決まってこう言った。「小さい頃から一緒に育った兄妹みたいなもんだ。
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第4話
「花音、いつ帰ってきた?昨日酔っ払ってただけだ。暑いから服を脱いだだけで、莉々とは何もしてない」私は無視して、荷物を詰め始めた。このスーツケースは、最初にここへ引っ越してきた時に持ってきたもの。二度と開けることはないと思っていたのに、こんなに早く出番が来た。自分の荷物だけをまとめ、鏡台に並ぶダイヤのアクセサリーには、一目もくれなかった。私の態度を見て、律希の苛立ちが募っていく。「何をしてるんだ。まだ怒ってるのか?」私は五年間ずっと身につけていたお揃いのネックレスを外し、テーブルに置いた。「怒ってなんかいない。拗ねてもいない。律希、あんたには吐き気がする。今さら別れを告げるなんて、後悔しかない。さようなら」彼は眉をひそめ、まだ私が彼に未練があると思っていた。「別れだと?今までずっとお前の生活を支えてきたんだぞ。渡してるサブカードを止めれば、お前一人じゃすぐ立ち行かなくなる。離れたところで、すぐ泣きついてくるなよ」卒業後、私は彼の起業を支え、会社が軌道に乗るまで心血を注いできた。なのに彼は、一度たりとも私に給料を払ったことがない。その代わりクレジットカードの家族カードを渡し、こう言った。「もう社長夫人だ。従業員扱いするわけにいかないだろ」当時は愛の言葉だと信じていた。今では、ただ耳障りな雑音にしか聞こえない。そのカードもテーブルの上に置いた。もう何もかも借りはない。立ち去ろうとすると、莉々がバスローブ姿のまま駆け寄り、私のスーツケースを押さえた。「ダメよ。荷物検査をさせて。律希に愛想を尽かしたって言うなら、もらったアクセサリーは全部置いていきなさい」律希は腕を組み、それを黙認するように立っていた。「莉々の言う通りだ。別れるならきっちり清算しろ。後で面倒くさくなるからな」その目つきは、まるで万引き犯でも見るようだった。「何も持ってない。もらったものは全部、鏡台の上に置いてきた」莉々が嫌味ったらしく言い放った。「本当?親も行き場もない人間ほど、手癖が悪いものでしょ。金にがめついくせに、潔白ぶるなんて、気持ち悪い」私は五年間愛し続けた男を見つめた。「律希、あんたもそう思うの?」彼は苛立たしげに目を逸らした。「潔白なら、見せて何が悪い?
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第5話
スーツをビシッと決めた品のある男が、数人のボディガードを従えて私に近づいてきた。律希のこめかみに冷や汗が伝った。彼はこの男を知っている。彼の父親がここ数ヶ月、必死に面会を求めていた相手。業界の大物、佐伯隆文(さえき たかふみ)だ。「佐伯社長?どうしてここに……」律希は声を震わせながら、必死に言い訳を絞り出そうとする。「いえ……ちょっと口論になっただけで、ただのカップル喧嘩です。みっともないところをお見せして……」隆文の視線は、私の腫れた目元と、足元のボロボロなスーツケースへと落ちた。その瞬間、周囲の空気が凍りついた。「松本家の息子が、女の子を粗末に扱うことを『カップル喧嘩』と言うのか?」「ち、違うんです!話せば分かっていただけます……」「話す必要があるか?」取り乱した律希が支離滅裂なことを言いかけたが、隆文が言葉を遮った。「どれほど俺の娘を踏みにじったか、わざわざ聞く必要があるのか?お前のような男が、娘と釣り合うと本気で思っているのか?」律希の顔からすっかり血の気が引いた。「む、娘……?」隆文は痛ましげに私を見つめ、大股で私の前に歩み寄った。「父さんが遅くなって、すまない」頭の中が真っ白になった。まさか母の再婚の相手、私の継父である隆文が来た。急ぎ足の足音が響き渡り、見覚えのある姿が駆け込んできて、私を強く抱きしめた。「花音!お母さんが来たからね、もう怖くないよ」それは母、佐伯美紀子(さえき みきこ)だった。「やっぱりと思ったわ。真夜中に電話が来て、苦しいって泣きじゃくりながら言うものだから…… 胸が張り裂けそうだったの」温かくて懐かしい腕の中で、鼻の奥がツーンと熱くなり、涙があふれた。ずっと張り詰めていた心の糸が、母の前で一気に解けていくようだった。思い出した。昨夜、熱にうなされ、朦朧とした意識のまま、長年連絡を絶っていた継父に連絡したのだ。継父がそっと母の背中を叩き、優しく言った。「美紀子、泣きすぎだ。さあ、花音を連れて家に帰ろう」律希は信じられないといった目で私を見つめていた。いつも従順だった彼女と、絶大な権勢を持つ佐伯家の関係者という二つのイメージが、頭の中で結びつけることができなかったようだ。抱きしめていた腕をそっと緩め、
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第6話
普段は莉々の言いなりな律希が、この時ばかりは顔を真っ青にして怒鳴った。「黙れ!余計なことを言うな」莉々の手を振りほどき、振り返った顔には、すがりつくような愛想笑いが浮かんでいた。「美紀子さん、佐伯社長、どうかお怒りにならないでください。莉々はまだ若く分別が足りません。古くからの付き合いの身内同然で、兄妹のように育っただけです。花音とのことは全て誤解です。真剣に結婚を考え、式の準備も進めているところです」そして、私に向かって親しげに言った。「花音が悪いんだよ。ずっと両親に会わせてくれなかったから、話が進まなかっただけだ。そうじゃなきゃ、こんな誤解など起きるはずもない」私は鼻で笑った。正月のたび、何度実家へ連れて行こうと誘ったと思っているのか。彼は毎回イライラして拒んできた。「追い詰めないでくれ。仕事がやっと軌道に乗り始めたばかりだ。こんな時期に結婚なんて縛られたくない」それが今になって、さも待ちきれなかったかのような顔をしている。継父との仲は、あまり良くなかった。昨日、高熱を出した私は、長年ブロックしていた継父の番号を一時的に解除し、【ひどい目に遭った】とだけ送った。返事が来る前に、また怒りに任せて再びブロックした。律希には、私の両親が離婚したことしか話していない。うちが貧しいなんて、一度も言ったことがない。特に継父のことは一切だ。継父は感情表現の苦手な人だが、私との関係を直そうと努力し続けてくれていた。「いい加減にしなさい、律希」私は冷めた瞳で彼を見据えた。あまりに見苦しい足掻きぶりに、心底嫌気が差した。「あんたと莉々、本当に似た者同士ね。どっちも図々しいんだから」もうこの二人と、一言も話す気になれなかった。母の手を握り、静かに言った。「お母さん、隆文さん、行きましょう」律希が飛びかかってきたが、ガードマンに阻まれた。人の壁越しに、彼は必死に声を張り上げた。「花音!俺たちの子どもを、生まれながらに父親なしにする気か!」「律希、あんたが正気?」 私は鋭く遮った「私を繋ぎ止めるために、そんな嘘までつけるなんて、卑怯に過ぎないよ」「嘘じゃない!誓って嘘じゃない!先月、お前が過労で倒れた時、血液検査で妊娠が分かってたんだ。昨日の誕生日に
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第7話
「妊娠したくらいで、律希があんたの言いなりになると思ったら大間違いよ」パンッ!この一発を叩き込んだのは、母じゃない。律希だった。「律希、私を殴るの!?」莉々は衝撃で床に崩れ落ち、赤く腫れた頬を押さえて叫んだ。「よく聞け」律希は烈火のごとく怒鳴りついた。「俺とお前は家同士の都合でつながっているだけだ。生まれてこのかた、お前のことをただの妹としか思ったことがない。余計な口を利くな!これから一瞬たりとも花音に失礼な態度を取ったら、許さない」彼は莉々を乱暴に押しのけた。そして、継父と母のほうへ振り返った瞬間、表情はまるで別人のように媚びた愛想笑いに変わった。「佐伯社長、美紀子さん。莉々はただ興奮していただけです。どうかお気になさらないでください」ビジネス界で、継父の冷酷な手腕を知らぬ者はいない。それ以上に彼が恐れているのは、母の存在だった。都内有数の名家・須藤家の当主の元妻、その名は美紀子。律希はどれほど愚かでも、ここまできて流石に気づいた。私が須藤家の令嬢だということに。彼は私をじっと見つめた。その瞳に浮かぶのは、偽りの愛情だけではない。狂熱と強欲そのものだった。須藤家と佐伯家、両家と繋がりを持てれば、松本グループは半世紀安泰だ。これほど強力な後ろ盾を、彼が手放すはずもなかった。その下心が見え透いて、私は吐き気を覚えた。必死に気持ちを抑え、爪が手のひらに食い込むほど強く拳を握りしめた。痛みが理性を呼び戻してくれた。「妊娠したからって何?仮に本当に宿してたとしても、まだ生まれていない子どものために、あんたみたいなクズと妥協するつもりはない。よく聞きなさい。この子は私だけの子。産もうが産むまいが、もうあんたには一切関係ないの」私は背を向け、母の手をぎゅっと握りしめた。「お母さん、隆文さん。行きましょう」「花音!待て!そんな仕打ちはないだろう、俺たちの子供なんだ」律希が飛びつこうとするも、ガードマンにしっかり阻まれた。私は迷わずヘリコプターへ乗り込んだ。ローターが巻き起こす突風が、私の髪をかき乱し、轟音が彼の叫びをかき消した。扉が閉まった。窓越しに、芝生の上に崩れ落ちる律希が見えた。風にあおられてよろめき、見るも無惨な姿だった。
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第8話
「何十年の財産をパーにする気か!」電話の向こうで、律希の父が激しく咳き込んだ。「松本グループの株はストップ安まで暴落した。今の市場は売り一色なんだぞ。今すぐ何とかしろ!できなきゃ帰ってくるな」電話は乱暴に切られた。耳障りなツーツー音が響いた。律希の顔から瞬く間に血の気が引いた。震える指で私の番号を押した。繋がらなかった。ブロックされている。仕方なく LINE を開き、必死にメッセージを打ち込んだ。【花音、ごめん。全部莉々が誘ってきただけだ。俺が愛してたのはお前だけだ】【頼む、返信してくれ。子供はちゃんと育てていこう。望みは全て叶える】画面に残されたのは、冷めたまま既読もつかない通知だけだ。まるで彼を嘲笑うように。……私は母に連れられて、病院のVIP個室に入った。母はベッドの傍らで、私の髪を何度も撫でていた。「花音、決心はついたの?」その瞳は痛々しく揺れていた。でも、どこか言い淀んでいるようでもあった。もし迷うなら……産んでもいいのよ」母が私の手を握った。「私が育てるわ。隆文も面倒を見てくれるから」私は首を振った。「いいの」頭の中ははっきりしていた。「あの人の血が流れている。そんな血筋、残す必要なんてない」顔を上げて窓の外を見た。「子どもには、愛のある家庭で育ってほしい。あんな男を父親だなんて、この子がかわいそう」母はそれを聞いて、一瞬で表情を曇らせた。「花音……お母さんのこと、恨んでるの?」沈黙が流れた。クラスメートに父親も母親もいないと笑われた日々は、そう簡単に消えたりしない。しばらくして、ようやく母は絞り出すように語り始めた。「あの頃……あなたの実のお父さんとは政略結婚だった。でも最初の二年間は、本当に幸せだったのよ」母は苦く笑った。「あなたができた頃、彼は毎日仕事帰りに遠回りして、私の好きな焼き餃子を買ってきてくれた。でも後で知ったわ。その道中で、彼は別の女に会いに行っていたって」胸が締め付けられた。そんな過去、聞いたのは初めてだった。「離婚しようと思った。でも、あなたに父親がいなくなるのが怖かった。須藤家の中であなたが孤立されるのも嫌だった。五年間耐えたけれど、あの女を家に連れ込んできた時、も
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第9話
「大丈夫。もう大丈夫だよ。これからはお母さんがいるから、誰にもいじめさせやしない」私は微笑んで、うなずいた。……退院の日、継父は即座に一冊の企画書を私の前に置いた。佐伯グループの新エネルギー・プロジェクトだった。「花音、このプロジェクト、君に任せる」断らなかった。すべての精力をそこに注ぎ込めば、余計なことを考えずに済む。私は休息を知らない機械みたいに働いた。会議、資料作成、市場調査。予定表は隙間なく埋め尽くされた。悲しみも怒りも、すべては前に進むための燃料に変わったのだ。三時間に及ぶ役員会議を終え、私は会議室を出た。廊下の突き当たりに、律希が立っていた。やつれていて、目の下にはくまが落ち、髭もろくに剃っていなかった。かつて意気揚々としていた松本家の御曹司は、今やまるで野良犬のようにみすぼらしかった。「花音!」彼は私の手首を掴んだ。声はしゃがれていた。私は眉をひそめ、足を止めた。「離して」律希を無視して、後ろにいる秘書に指示した。「警備員を呼んで」「離すもんか!」彼は充血した目をむいて叫んだ。「花音、戻ってきてくれ。ちゃんと話そう」周囲ではすでに同僚たちが、好奇の目を向けていた。ようやく私は彼の方へ顔を向け、冷ややかな視線を投げかけた。「松本。私たちの間に、話し合うことなんて何もない」私の冷たさに刺されたように、彼の全身が震えた。「何年も付き合ってきたのに、そんな簡単に捨てられるのか?結婚するって話してたじゃないか?莉々はもう送り返した。二度と会わない。やり直そう!」私は手を引き抜いた。「私が徹夜であなたの企画書を直している間、あんたは莉々とカラオケに興じていた。その時点で、私の気持ちは冷めきっていたの。私が高熱でうなされながら電話しても、あんたが莉々が足を捻ったの一言で電話を切った瞬間に、愛は完全に消え去った」彼の顔色がみるみる青ざめていく。「あんたが何度も莉々を優先した。そしてエイプリルフールにあんな侮辱的なプロポーズをした。そのすべてが、私に『諦め』を学ばせた」私は彼にぐしゃぐしゃにされたカフスを丁寧に直した。「今さらよりを戻せだなんて、私の記憶力が悪いと思っているのか?それとも、あんたの厚かましさが治ら
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