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第 5 話

Autor: 江上開花
夕暮れ時。

最後の夕陽の光が地平線の向こうへと沈んだ。

亜夕美はもうこの家で泊まるつもりはなかった。車を庭に停め、

家に入る。

リビングを通り過ぎるとき、視界の端に食卓の人影が見えたが、完全に無視してそのまま階段を上がろうとした。

しかし波風を立てたくない彼女に対して、わざわざもめごとを仕掛けてくる者がいた。

「亜夕美さん、帰ってきたの?ご飯まだでしょう?一緒に食べましょ」路加が声をかけてきた。

将臣は箸を乱暴に置き、冷たい視線で亜夕美を睨みつけた。「ようやく帰ってきたか。まだ救いようがあるってことか」

「将臣、そんな言い方しないで」路加はたしなめた。

亜夕美は聞いているだけで吐き気を覚え、足早に階段を駆け上がった。

主寝室のクローゼットに入り、半分以上を路加に占領されたスペースには目もくれず、金庫を開ける。

しかし中は空っぽだった。

――いや、完全に空ではなかった。写真が一枚だけ置かれていた。将臣と路加が寄り添う写真。あからさまな挑発だった。

この金庫は元々将臣のものだったが、彼が使わなくなった後、亜夕美が子育て中で身につけられないアクセサリーを入れていた。

将臣は家にいくつもある金庫の中身など関心がなかった。そのため、誰が中を漁ったかは明白だった。

亜夕美は冷笑し、写真を手にそのまま階下へ。

食卓では、路加が脩太に食事をよそっていた。

そこに一陣の風とともに写真がテーブルにたたきつけられた。路加が悲鳴を上げる。器は路加の手を離れ、スープが四方に飛び散った。

将臣は亜夕美の腕を強く引っ張って亜夕美を路加から遠ざけ、脩太は路加を守るように亜夕美の前に立ちはだかった。二人は警戒心むき出しで亜夕美を睨みつけた。

「亜夕美!」

「ひどいママ!路加おばさんをいじめるな!あっち行ってよ!この悪魔!早く出て行け!」

父子は完全に一体となって亜夕美を責め立てた。

油断していた亜夕美は、将臣に乱暴に突き飛ばされ、後頭部を壁に強く打ちつけた。

視界が真っ暗になり、しばらく世界の音が消えた。

しかし脩太の声だけは、鋭く、痛烈に亜夕美の心を貫いた。まるで母性そのものをズタズタに引き裂かれるような衝撃だった。

床に座り込んだ亜夕美の周りには、執事をはじめとして数人の使用人が面白がるような表情を浮かべていた。そして目の前には、まるで敵を見るような目つきの父子の姿があった。

――なんて滑稽なんだろう。

ここが彼女の「家」であり、この人たちが「家族」なのだ。

後頭部からは熱い感触が広がる。

手を伸ばすと、血で濡れていた。

将臣の顔色が変わった。ようやく異変に気付き、慌てて亜夕美を起こそうとした。そして執事に命じた。「湯川、医者を呼べ!」

だが、亜夕美はその手をありったけの力で払いのけ、壁に手をついて立ち上がった。目を閉じて、眩暈が収まるのを待ち、再び目を開ける。そして、目の前にいる敵意むき出しの父子を構わず、路加のもとへ歩み寄った。

横にあった金庫を持ち上げ、ダイニングテーブルにたたきつけた。

「中に入っていたものを返しなさいよ!」

大理石のダイニングテーブルには蜘蛛の巣状のひびが入る。テーブルの上にある料理は、あちこちに飛び散り、めちゃくちゃな状態だった。

路加は体をすくめ、内心の勝ち誇った笑みを隠すように困惑の演技を始める。「亜夕美さん、何のことかわからないわ。この金庫は将臣が私の大事なものを保管するようにってくれたのよ……」

路加の言葉で将臣はようやく金庫に目を向けた。「これは確かに俺があげた金庫だ。なくした物があるなら、また買えばいいだろ。なんでこんな大騒ぎするんだ?!」

その時、執事がゆっくりと前に出てきた。「物置に似たような金庫がございます。中に何点かアクセサリーが……奥様が探しているものかもしれません」

その陰で、路加は亜夕美に向って勝ち誇ったようなウインクをした。

――また、私の勝ちね。

亜夕美だけに向けられたその笑みは一瞬で消えた。

亜夕美は無表情のまま路加を見つめる。亜夕美の目の奥の黒色がより一層深く冷たくなっていく。路加はその目に、悪魔が宿ったような恐怖を感じてゾクリとする。

「すぐにその金庫を探して持ってこい」将臣が執事に命じた。

しばらくして使用人が埃まみれの金庫を運んできた。

全員が静まり返った中、淡々と亜夕美は金庫を開け、中身を取り出し、手早く袋に詰めた。

動いているのは彼女だけだった。他の人々は距離こそ違えど、誰一人としてこの瞬間に近づこうとはしない。沈黙に包まれたリビングには、嵐の前触れのような緊張が漂っていた。

首筋から流れ落ちた血は、服の胸元や背中もすっかり赤く染めた。

将臣の表情が引きつった。「たかがガラクタのために、ここまで家をかき乱すか?ほら、物は帰ってきたんだろ?早く医者に診てもらえ……」

亜夕美は心底ばかばかしい、と嘲笑した。

彼女のトロフィーも、アクセサリーも価値のないガラクタと呼ばれる。亜夕美自身が、取るに足らない存在として扱われているということだ。

彼女はスマホを取り出し、警察に電話した。「夫が愛人と共謀して私に暴力を……」

一同の顔色が変わった。

将臣が慌ててスマホを取り上げようとするが、亜夕美は彼に押される形でそのまま床に倒れ込んでしまった。

まだ警察と通話中だったスマホに向って怯えながら訴えた。「助けてください!殺されそうです!」

将臣は頭に血が上り叫んだ。「亜夕美!気が狂ったか!」

将臣は警察を恐れるというよりも、恥をかかされるのが嫌だった。

有名な資産家である将臣の顔は誰もが知るところだった。家庭内暴力の噂が流れたら、それだけのイメージダウンになるか。

亜夕美は涙を流しながら続ける。「彼に脅されてるんです!ううっ……」

「……」

電話を切った後、亜夕美はゆっくりと顔を上げ、路加を見据えた。

――演技が得意なのは、あなただけじゃないわよ。

本当はもう彼らにかかわりたくなかった。だが、路加の横暴に我慢ならなかった。

以前は将臣のメンツを気にして我慢していたが、それがかえって路加をつけあがらせた。

だったらもう、誰にも平穏な暮らしはさせない。

路加……辰川家夫人の座をすんなり奪えると思わないでね。そんな甘い話はない!

亜夕美はそのまま、弁護士に連絡して財産分与契約の見直しを依頼し、続けて旭にも連絡した。【ねぇ、私の復帰に向けて話題作りが必要だって言ってたよね?ちょうどいいネタがある。将臣が愛人と私に暴力をふるったの。記者を連れてきて】
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