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第82話

Author: 一燈月
小夜からの電話があった時、樹は若葉の寝室にいて、若葉はその会話をすべて耳にしていた。

樹はゲームをしながら、首をかしげて言った。

「うん、ひいおばあちゃんと食事するんだって。でも、僕、全然心当たりがないや。ママの親戚なんだろうけど」

ひいおばあちゃん?若葉は心の中で首をかしげた。

彼女が今回帰国した目的の一つは、小夜を叩き潰し、すべてを奪うことだった。

そのため、ずいぶん前に陽介に命じて小夜の素性を徹底的に調べさせていた。ごく普通の家庭の出身で、身近な親族についても調査済みだったが、そのような親戚がいるとは初耳だった。

だが、今はそんなことを考えている場合ではない。

「樹くん、ママが電話をくれたってことは、この間のことをもう許してくれたのよ。今、お家に帰れば、パパももう怒ったりしないんじゃないかしら」

若葉は、探るような口調で言った。

樹はそれを聞くと、力いっぱい首を横に振った。

「だめだめ、パパが僕を怒るのは、僕がパパの言うことを聞かないからだよ。ママが許してくれたかどうかは関係ないんだ。まだ帰れないよ」

外にいるうちはまだいい。家に帰って、万が一、ひいおじいちゃんのところに送られたりしたら……

樹はぶるっと身震いすると、可哀そうに若葉を見上げた。

「若葉おばさん、僕がここにいるの、迷惑だった?」

小夜が長谷川家で全く地位がないと聞くだけで、若葉は嬉しくなる。その言葉に、彼女は美しい瞳を細めて笑った。樹の頭を撫でて、優しい声で言った。

「そんなわけないじゃない。好きなだけいていいのよ。ここが、あなたの家なんだから」

「若葉おばさん、大好き!」

樹は嬉しそうに彼女の胸に飛び込み、ころりと一回転した。

若葉は彼をあやしながら、ここぞとばかりに目的を切り出した。

「樹くん、明日、私が送って行ってあげようか?」

「え?」

樹は少し躊躇した。

ママと若葉おばさんの仲が良くなってほしいとは思う。そうすれば、若葉おばさんと遊ぶのに、ママに隠れる必要がなくなるからだ。でも、久しぶりにママに会うのだ。明日、ママを悲しませたくはなかった。

若葉は彼の躊躇を見抜き、言葉を変えた。

「あなたのママとの再会を邪魔したりしないわ。ただ、あなた一人で行かせるのが心配なの。

危ないでしょう。送って行ったら私はすぐに帰るし、食事が終わったら、また運
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