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第4話

Author: 麦野 久
飛行機を降り、車を乗り継いで、丸二日をかけた末に、ようやく実家へとたどり着いた。

足元にはもう実家の牧草地が広がっているというのに、私は、なかなか家のドアを押す勇気が出なかった。

かつて遥斗がこの地へ出張で訪れ、私たちは恋に落ちた。そして私は、すべてを振り切るようにして、彼と共に南へと向かったのだ。

母は最初から反対していた。けれど、私の頑固さには敵わなかった。

だからこの十年、私が受けた仕打ちや辛い思いを、一度だって母に話したことはなかった。心配をかけたくなかったからだ。

今こうして帰ってきた私は、一体どんな顔で母に会えばいいのだろう。

その時、ドアが開いた。

目の前に、母が立っていた。

十年という月日は、私をやつれさせ、母をいくらか老けさせていた。

私たちは互いの顔を見つめ、示し合わせたかのように、その瞳に涙を溜めた。

母は、痩せてしまった私の肩を抱きしめた。

「おかえり。帰ってきてくれて、よかった。

あなたを手放すなんて、損をしたのは篠崎家の方よ」

私がなぜ帰ってきたのか、何も話していないのに、母はすべてを察してくれていた。

私はもう堪えきれず、母の胸で、心のままに泣いた。

でも、母の言う通りだった。この涙を流し終えれば、これからは良い日々が待っている。

新しい生活が始まった。毎朝、窓を開ければ、見渡す限りの広大な緑の牧草地が目に飛び込んでくる。

今日の階下は、朝からひときわ賑やかだった。母が下から私を呼んでいる。

「陽菜、明日はあなたの誕生日よ。ママが用意したプレゼントを見にいらっしゃい!」

広々としたリビングには、いくつものハンガーラックが並べられ、そこにはため息が出るほど美しく、華やかなドレスがずらりと掛けられていた。

母が私の手を取る。

「あなたに会いたくなるたびにね、こうして服を買っていたの。そうしたら、いつの間にかこんなに溜まっちゃった」

心の中に、温かさと切なさが込み上げてくる。ただ、帰ってきてよかったと、そう思った。

ここが、私の本当の家なのだ。

母は私に一枚一枚ドレスを試着させながら、寸法を直していく。

「あなたは昔、こういう色とりどりの華やかな服が好きだったじゃない。今の格好は地味すぎるわ!

今日は絶対に、あなたに一番似合う一着を選ぶのよ。明日はみんなをあっと言わせないと」

この数日、母
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