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第1008話

Penulis: 夜月 アヤメ
忘れてしまったのも、無理はなかった。

体調が思わしくない今、何かを言いかけて、ふと忘れてしまうこともある。

たぶん、それほど重要なことじゃなかったのだろう。

もし本当に大切な話なら、簡単には忘れないはずだ。

若子が傍にいて、甲斐甲斐しく世話を焼く姿を見ながら、千景の胸には言葉にできない想いが渦巻いていた。

―若子、もし俺が、君を好きになったらどうする?

そう、あのとき、言おうとしていたのはその一言だった。

心の中に抑えきれない衝動が湧き上がった。

けれど、その瞬間に西也が現れて、その想いは押し込められてしまった。

そして今になって、千景は気づいた。

―仮に、伝えたところで、どうにもならなかっただろう。

若子には夫がいて、子どもがいる。

幸せな家庭がある。

自分は―ただの逃亡者にすぎない。

自分の家族すら守れなかったような男に、人を愛する資格なんて、あるはずがない。

若子が笑っていられるなら、それでいい。

これ以上、彼女に重荷を背負わせたくなかった。

修と西也だけでも、十分に彼女を苦しめている。

自分まで、そこに割り込む必要なんてない。

......

その頃―

侑子の検査結果が、ようやくアメリカの病院から出た。

結果は、やはり心臓移植が必要だというものだった。

心臓は世界中でも非常に希少なものだ。

適合するドナーを見つけるのは、決して簡単なことではない。

それまでは、薬と定期的な検査で持ちこたえるしかない。

処方箋も出されたが、修のもとには別の厄介な知らせが届いた。

主治医からの電話。

診断結果を聞くうちに、修の顔色はみるみる険しくなり、疲れきったように眉をひそめた。

医師の言葉が耳に重く響く。

―検査の中で、腫瘍が見つかりました。ただ、それが良性か悪性かは、まだ分かりません。

不安と焦燥が、修の胸にずしりとのしかかってきた。

その知らせは、まるで重たい爆弾のように修の胸に落ちた。

恐怖と不安で、全身が冷たくなっていく。

「俺の胃の腫瘍って......酒とか、悪い生活習慣のせいですか?」

修はかすれた声で訊ねた。

国内にいたとき、すでに医者から酒を控えるよう忠告されていた。

なのに、自分はそれを無視して、身体をボロボロにし
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hayelow488
若子にとってビンセントが一番信頼しあえて相性がいいのでは?若子には、また恋してほしい。ビンセント、侑子や西也みたいに悪質に変貌しないでね。
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